屋代線紀行(15)松代めぐり その1

1日目の午前中は、たっぷりと鉄道情景を満喫できた。これから日没までは、鉄道から離れ、松代の歴史名所観光を楽しむ事にしよう。なお、松代駅から東側の屋代駅までは、明日訪問する予定である。

この松代は、戦国時代、武田信玄と上杉謙信が覇権を争った戦いの地であり、川中島や善光寺平が控えている。江戸時代には、「真田十万石」こと、真田家松代藩の城下町として大いに栄え、南北に長い比較的コンパクトな町になっているが、見応えがある古刹や歴史的名所が多い。暫くすると、観光客が店に続々と入って来たので、そろそろ出発しよう。

早朝、自家用車を停めた町営観光駐車場【駐車場マーカー】の南には、世界的な版画作家で有名な池田満寿夫(ますお)美術館【赤色マーカー】がある(※)。

池田満寿夫氏は満州生まれであるが、終戦後の11歳の時、実母の郷里であった長野市に引き上げてきた由縁から、美術館が建てられたという。なお、残念ながら、平成9年(1997年)に池田氏は急逝している。団体の観光バスも引っ切り無しに発着しているので、この美術館を目当てにやって来る観光客も多いらしい。

個人的には、美術方面に疎いので、今旅では割愛しよう。松代駅に近いこのエリアは、松代城址に近く、松代観光の中心地になっている。城南側の武家町だった場所には、先程の池田満寿夫美術館、真田宝物館、真田公園、真田邸、旧松代藩文武学校、飲食店や観光駐車場等が集まる。また、数多くの旧家も点在しており、国や市の文化財指定も多い。その殆どが、非公開の私邸であるが、一般公開している旧家も少しある。

真田宝物館横に、松代観光案内所【案内所マーカー】があり、昼食前に観光地図やパンフレットを貰い、おすすめコースも教えて貰った。そのコースで散策してみよう。また、真田宝物館前には、大型観光案内図がある。


(松代観光案内所。駅には、案内所は無いので注意。)

(大型観光案内板。)

観光案内所の近くには、立派な門構えの小山田家【黄色マーカー】(内部非公開)があり、国登録有形文化財に指定された旧家になっている。甲斐武田家の重臣・小山田備中守こと、小山田虎満(とらみつ)の末裔と伝えられ、松代藩の次席家老として幕末まで務めた家柄であり、真田幸村の姉が嫁いでいる名家である。


(小山田家。)

真田公園に行くと、大きなテントが張られ、菊の展示会が開かれている。どれも見事な菊である。特に、凄い迫力の大菊は育てるのも大変であろう。


(大菊が並ぶ。)

(盆栽も展示されている。)

会場の入口横には、菊人形も。地元の歴史的有名人がモデルになっており、左から、松代藩八代藩主・真田幸貫(ゆきつら)、幕末の藩御抱え女流絵師・恩田緑陰(おんだりょくいん)、藩の重鎮・名士であった、長谷川昭道と佐久間象山(さくまぞうざん)との事。


(菊人形。)

見事な菊を見ながら進んで行くと、真田邸【青色マーカー】がある。国指定史跡になっており、江戸時代には、「新御殿」と呼ばれた現存する松代城関連の建築物になっている。敷地は約2,400坪、建物は約400坪の大名屋敷で、ここが松代町松代1番地になる(入場料大人200円、9時から16時30分まで、無休、撮影可)。


(国指定史跡の真田邸。)

江戸時代最末期の文久2年(1862年)、江戸への参勤交代制度が緩められた。江戸住まいを命じられていた、九代藩主・真田幸教(ゆきのり)の義母である貞松院(ていしょういん/父・真田幸良の未亡人、貞子の方)が、この松代に帰る為に隠居として建築された。

後には、幸教の隠居所となり、明治に入ると、真田家私邸として使われていた。屋敷全体が残っている大名屋敷(御殿建築)は、全国的にも珍しい。表門の冠木門(かぶきもん)横の受付で、入場券(大人200円)を購入しよう。入場すると、直ぐに式台があり、身分が高い人専用の玄関になっている。見学者は、此処で靴を脱いで上がる。


(真田邸式台。)

式台の右横に、通常使われていた玄関がある。格式の差が、かなりある。


(藩士や使用人が使った通常の玄関。)

入って左手に行くと、長い畳の回廊に繋がり、部屋が連なっている。冠木門(正門)から式台、回廊の接続口までの距離は短いが、奥行きがかなりあって、とても驚く。また、杉戸が四箇所にあり、表と奥の空間が仕切られている。


(真田邸の回廊。格式の高い畳敷である。)

なお、部屋の格式によって、襖の模様が違うとの事。35もの部屋があり、部屋を仕切る襖の高さは約1.75mであるが、天井は更に1.2-1.4m上方にあるので、とても高い。庭園が最も良く見える奥の部屋が、表座敷になり、接客や年中行事等に使われた。


(奥座敷。)

角の御化粧の間は、藩主家族の女性部屋で、主な部屋の中でも一番奥にある。南側には、この部屋専用の小庭園が付いている。襖の模様も、藩主やその家族用の部屋は違うとの事。


(御化粧の間。)

屋敷の南側には、近江小室藩の藩主で茶人である小堀遠州の流れを汲む、京風日本庭園「水心秋月亭(すいしんしゅうげつてい)」がある。暫くの間、縁側からの絶景を眺めてみよう。


(部屋から庭園を望む。)

(縁側から。)

小堀遠州は、あの古田織部の弟子であり、織部好みの侘びを発展させたと言われている。特に、庭園づくりは、それまで見られなかった直線を取り入れたり、芝生を植えたり等、斬新な作風であった。池山回遊式のこの庭園は、松代の周辺の山々を借景して、取り込んでいる。また、敷地内には、真田家の大名道具を格納していた土蔵が、外垣に平行して七つもある。

(つづく)


真田邸は、館内撮影可(現地の受付で確認済み)。
文化財管理者の長野市教育委員会文化財課より、真田邸の写真掲載承諾済み。

(※池田満寿夫美術館について)
建物設備の老朽化と入館者数激減のため、2017年7月に閉館した。
私設美術館のため、維持が難しいとのこと。

【歴史参考資料】
現地観光案内板、長野市教育委員会文化財PDF資料。

2019年9月20日 ブログから転載・文章修正・校正。

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