天浜線紀行(28)気賀駅 前編

時刻は午前10時前である。10時06分発の上り列車に乗車し、隣の気賀(きが)駅に向かおう。構内踏切を渡り、上り2番線ホームで待っていると、ハイキング姿の年配者が3、4人やって来た。ホーム向かいの駐車場の壁を見ると、近くの小学校の児童達が描いたカラフルな壁画がある。昔、新所原方を向いた貨物側線と長さ50m程の貨物ホームが、ここにあったという。なお、西気賀駅の貨物取り扱いは、昭和37年(1962年)8月に廃止になっている。


(元貨物ホーム・貨物側線跡の壁画。)

遠く向こうの踏切の警報機が、カンカンと鳴り出し、構内踏切も鳴り出す。鉄の車輪が転がる、コーと篭った音をレールに響かせながら、一両だけの列車が近づいて来た。


(上り124列車・TH2101の普通掛川行きがやって来る。)

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【停車駅】◎→列車交換可能駅 ★→登録有形文化財駅
西気賀◎★1006====1010気賀★
上り124列車・普通掛川行(TH2101・単行)
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チャイムが2回鳴り、ドアが閉まると、エンジン音の高鳴りと共に力強く発車する。最後尾からの正面には、姫街道の引佐峠(いなさとうげ)を擁する山々が見える。


(西気賀を発車する。※最後尾から撮影。)

線路が単線に纏まる。右窓に引佐細江(いなさほそえ)が見えたと思いきや、直ぐに離れ、緑の中の切り通し部と築堤部を暫く走る。そして、左右の視界が開け、両脇に田圃と線路遠くの向こうに町並みが見えて来る。学校の横を通り、所要時間4分で気賀駅に到着。駅間距離は2.9kmになる。30人程が乗降するので、活気がある駅だと直ぐに判る。朝一番の下り列車で会ったY氏が、この列車の運転士であった。軽く会釈して下車する。


(気賀駅に到着。)

浜松市北区気賀にある終日駅員無人駅で、二俣西線が金指(かなさし)駅まで、延伸開通した昭和13年(1938年)4月に開業している。起点の掛川駅から25駅目、44.8km地点、所要時間約1時間30分、標高4mになる。終点の新所原駅からは、12駅目、22.9km、約40分である。

気賀は、浜名湖支湖の引佐細江最奥部のふたつの川の河口周辺に発達した旧宿場町で、浜松市北区役所、銀行や商店街も集まる地域中心地になっている。地名の由来は、はっきりと判っていない。かつては、「気加」と書いたり、「けが」と読んだりしたという。古くは、この気賀一帯は、皇室直轄の庄園(荘園)であり、中世の頃には、気賀庄(けがしょう)と呼ばれていた。明治時代以降も「けが」と読まれていたが、国鉄二俣線が開通するにあたり、「けが」が「怪我」、「怪我」が「事故」を連想させる為、読みを「きが」に変更した。


(吊り下げ式の駅名標。国鉄時代のホーロー製や第三セクター後の観光駅名標も並ぶ。)

乗降客の多い主要駅のひとつであるが、東西伸びた単式ホーム配置で、列車交換は出来ない。隣の西気賀駅に交換設備がある為だと思われる。東側の天竜二俣方は、ゆるやかに左カーブしている。幼稚園が隣接しており、元気な子供達のはしゃぎ声が聞こえてくる。なお、ホーム端はスロープではなく、切妻状にカットされ、新しいステンレス柵が設置されている。


(天竜二俣方。)

両流れ屋根と縦型切羽板の大きな旅客上屋は、天竜二俣駅のものと良く似ている。長いガード柵がホーム上にあるのは、島式ホームの1面2線の列車交換可能駅であった名残であろう。なお、旅客上屋は雨や雪を避ける為のものであるが、蒸気機関車の煤煙が上から乗客にかかるのを防ぐ役割もあった。


(天竜二俣寄りからの旅客上屋とホーム。)

外観は良く似ているが、登り梁の構造は、天竜二俣駅はA型、この駅は逆Y型に組まれている。屋根のトタンも木板に貼りつけず、直葺きであるのが特徴である。8列の主柱があり、東端から2列目と3列目は内側にずれ、線路側の斜めの登り梁に蛍光灯跡と左右の柱間に補強がある。ここに待合所があったが、取り壊されてしまったという。


(元待合室付近の梁構造。)

(主柱上部の梁構造。)

東端の線路側の柱に、建物財産標も見つけた。しかし、かなり傷んでおり、年月は読めない。


(天竜二俣方にある建物財産標。)

この雰囲気がある旅客上屋の下を眺めながら歩き、向こう側に行ってみよう。西側の新所原方には、スロープと構内踏切、北に面した駅舎がある。広い構内が残っているが、保線の資材置き場になっているらしい。


(新所原方。)

ホームの向かいには、毎年春の観光まつり「姫様道中」の長い看板がある。桜並木もあるが、まだ、硬い蕾の状態になっている。この姫様道中は、街道時代の宮家・公家・武家の貴婦人の道中を再現した時代仮装大行列で、総勢100人以上が参加し、地元では大変な人気がある。時代考証に基づく仮装と当時の化粧法を再現した本格的なもので、桜の開花時期に合わせ、毎年4月第1土曜日・日曜日に開催される。


(姫様道中の観光看板。)

新所原方の構内踏切から、ホーム全景と旅客上屋を眺めてみよう。これだけの古い建築物なので、勿論、国登録有形文化財に指定されている。ホームの向かいには、側線とポイントの一部が残されているが、本線とは繋がっておらず、錆びて放置状態になっている。元は貨物側線で、ここに貨物ホームもあったかも知れない。


(気賀駅ホーム全景。手前には、側線跡がある。)

(新所原方からの旅客上屋切妻面。)

(新所原方からの旅客上屋下。)

ホームの嵩上げは、2回行われた跡があり、天竜二俣方が20m程カットされているらしい。廃止された線路側も住宅が迫っているので、遊休地として売却されたと思われる。実は、天竜二俣駅の旅客上屋の方が柱の本数も多く、大きく感じるが、気賀駅の方がひとまわり大きい。ホームの幅による錯覚であろう。天浜線内では、最も大きな旅客上屋になっている。

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道気賀駅上屋及びプラットホーム」◆

所在地 静岡県浜松市北区細江町気賀字上堀合427-1
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-0150
年代 昭和13年(1938年)3月建築、昭和34年(1959年)改修
構造形式 上屋(木造平屋建、スレート葺、建築面積229㎡)、
プラットホーム(コンクリート造、延長63m)。
特記 本屋の改札口の南に位置する。
コンクリート造、延長63mのプラットホームの上に、
桁行36m、梁間3.6m、木造切妻造、スレート葺上屋を乗せる。
トラス組で、架構を現す。
長く続く木造上屋が地方鉄道の往時の賑わいを伝える。

※文化庁公式HPから抜粋、編集。

新所原方には、大型の木造駅舎が残っているので、駅舎の中と駅前を見てみよう。駅舎とホームの間の広い線路跡のスペースには、大きな花壇を設置してある。丁度、地元の年配女性が手入れをしていた。


(ホーム側からの駅舎全景。)

(つづく)


2022年2月22日 ブログから転載・文章修正・校正。

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