草津温泉紀行 後編 草津温泉郷

さて、草津温泉への玄関口である長野原草津口駅に到着である。この駅は、吾妻線が渋川から初開通した昭和20年(1945年)当時は終着駅であり、この先の現在の終点である大前までの13.3km区間は、昭和46年(1971年)に延伸開通した新線になる。下り普通列車は、この長野原草津口止まりが多く、終点の大前まで行く直通列車は大変少ない。ホームは最近になって大改装された様子で、従来は列車交換が可能な島式ホームであったが、1番線が行き止まりの折り返し専用になり、2番線が上り下り共用に変更されている。なお、2番線外側にも側線が一本あるが、殆ど使われていないらしい。

大前方にある改札口に向かって歩いて行く。1番線が行き止まりのなった為、大前方の線路は埋め立てられて、駅舎とを結ぶバリアフリー通路になっており、跨線橋は廃止されたらしい。改札口の駅員氏に切符を手渡すと、草津温泉行きのバス乗り場は右の方向へと案内される。駅舎に横付けする様に長屋根が続き、その先に、大型観光バスが何台か並んで待っている。


(草津温泉ターミナル行きのバス。)

バス会社は、JRバス関東である。車体横には、懐かしいスワローマークが、大きく描かれている。勿論、あの国鉄の名残であり、JR民営化からこのマークが無くなって久しいので、嬉しい。また、駅周辺はダム工事による移転の為、商店・土産店等の商業施設は全く無い。駅のみがぽつんとあるので、殺風景になっている。

今日は乗客が多いので、1台では乗りきれず、2台のバスに分乗し、どちらもほぼ満員である。2台で総勢約100人位であろうか。年配客が多いが、意外に若い人も多く、後ろの席にはドイツ人らしいグループも乗車している。日本を代表する有名温泉地の為、東京や成田空港から遠く離れた、ここにやって来たのであろう。

運転士氏の発車アナウンス終わると、駅を発車したバスは、直ぐに橋を渡って右折し、長い坂を登り始める。ここから草津温泉までは、約30分の道のりである。吹き上がる心地良いエンジン音とふわっとした列車とは違う快適な乗り心地で、長い緩やかなワインディングを登って行くのも、鉄道と違う楽しさを感じる。元は国鉄バスであるので、これも鉄道所縁と考えよう。暫くすると、「草津よいとこ〜 一度はおいで〜♪ ア ドッコイショお湯の中にも〜 コーリャ 花が咲くヨ〜♪ チョイナ チョイナ」と有名な草津節が流れ始めて、車内は温泉観光地ムード一杯になる。また、温泉の熱源である草津白根山や、草津温泉の簡単な解説も合わせてアナウンスされる。

長いワインディングを登った頂上にある大きな道の駅を通過すると、急な下り坂になり、その直下が草津温泉郷である。バスは直ぐに右折をして、やや細い路地に入ると、バスターミナルに到着する。草津温泉バスターミナルは、鉄道駅の様に大きい。傾斜地に造られた三階建ての建物は、二階がバス発着場になっており、東京の副都心・新宿行き高速バスや軽井沢行きの連絡バス等も発着している。駅の様に、有人の出札口や待合ロビー、軽食兼土産店もある。下の一階には、正面玄関、待合ロビーと幾つかの食堂や土産店、三階は有料の温泉博物館になっている。なお、大正の頃から昭和30年代半ばまでは、軽井沢から軽便鉄道が開通していた。

運転士氏に運賃670円を支払って下車する。外気温は、標高が1,200mある高原の為、この昼間でも氷点下以下で、かなり寒い。バスターミナル正面玄関前の横断歩道を渡り、急坂を更に下ると、硫黄の香りが漂って来る。徒歩3分程度で、草津温泉のシンボルである湯畑に到着する。外気温も低い為、もうもうと湯けむりが上がる様は圧巻であり、他の温泉では中々見られない光景であるので感動する。


(湯畑。)

この湯畑は、緩やかな傾斜地にあるテニスコート三面以上ある大きなもので、最上部が温泉が湧き出している源泉、中央部が湯温を下げる木樋が何本も並び、最下部に大滝と言われる湯を落とす小池がある。周辺には、旅館や土産店が沢山立ち並び、見学用の遊歩道や誰でも無料で利用出来る足湯も設置されている。また、共同浴場の白旗の湯や、草津節や湯もみ歌を歌いながら高温の湯を大きな板でかき混ぜる実演をする、観光見学施設の熱の湯もある。

 
(最下段の温泉池と滑り樋。)

なお、湯畑源泉は湯温がやや高い為、この長い木樋に流して自然放熱しており、この時期は外気温が氷点下と低い為、木樋にカバーがかけてある。ふと見ると、猫が暖を取っており、大勢の観光客の記念撮影のモデルになっている。また、池の底等に見える黄色を帯びた白い物は、温泉含有成分の硫黄の塊である。一分間の湧出量は約4,000L、ドラム缶換算で20本分との事で、一日では莫大な量である。


(温泉猫。)

なお、草津温泉には幾つかの大源泉があり、この湯畑源泉と隣接する白旗源泉が最も古い。草津温泉の創基は不詳であり、室町時代には、湯治場として全国的に有名であったので、少なくとも600年以上、もしかしたら、1000年以上の歴史がある。特に江戸時代には、全国から湯治客や湯浴み客が大勢押し寄せたそうで、この草津一帯は徳川幕府の天領であったそうである。現在も、年間280万人以上が訪れる大温泉地である。また、草津にやや早く到着したので、近隣の飲食店で、軽い昼食を取る事にした。

今夜の宿は、湯畑直下・滝下通りの「湯宿松村屋五郎平(松村屋旅館)」である。巨大な木造三階建ての建物は、この草津独自の「せがい出し梁り造り」と言う建築様式で、二階部分が一階部分よりせり出しており、江戸時代以前からの老舗の風格を感じさせる。なお、建物は明治初期の竣工のもので、かつては、村の名主を務めた名家であった。建物は古いが、肩肘を張り過ぎ無い、贅沢過ぎ無い風情が庶民的で好みである。また、宿の正面向いには、共同浴場の千代の湯がある。草津温泉には、町中に10箇所以上の共同浴場があり、そのうちの3箇所の白旗の湯・千代の湯・地蔵の湯が観光客も利用する事ができ、その他の共同浴場は地元の人達の生活用である。なお、草津温泉では、共同浴場の湯めぐりはしてはならない掟がある。

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(湯宿松村屋五郎平。)

なお、湯畑を囲む様に旅館やホテルが沢山建ち並んでいるが、湯畑より下流の旅館が本当の老舗で、4軒程ある。湯は高所から低所に流れ、昔は、湯を汲み上げる電動ポンプが無かったので、自明の理である。また、湯畑周辺は大旅館や大型ホテルは少なく、古くからの中小規模のものが多いのが特徴で、有名温泉地によくある大型宿泊施設の厚かましさが無いのが良い。関東圏の有名ライバル温泉である箱根や鬼怒川と比べても、宿代が良心的で、贅沢を言わなければ、朝夕2食付き諭吉1枚から1枚弱で泊まれるのも魅力である。

紺暖簾を潜り、大きなガラス引き戸を開けて入ると、宿場風板張りの大玄関があり、愛想の良い若旦那が迎えてくれる。早速、部屋に案内され、踏み込み付きの二階角の大きな良部屋をあてがってくれた。温泉も24時間入浴可能との事。まだ、昼の午後2時を過ぎた所であるが、外の寒さで体が大分冷えているので、直ぐに入浴する事にしよう。

この宿には、露天風呂は無いが、丁度良い大きさの内湯がある。勿論、24時間源泉かけ流し、加水加温無し、循環無しの正真正銘の純天然温泉である。源泉は、先ほど観て来た湯畑源泉で、湯箱から落ちる湯の音が心地良く響き、期待を膨らませる。湯船は8畳程の市松模様の石造りで、船枠と壁は檜造りで年季を感じさせる。また、湯船の向かいには、昔ながらの大きなタイル絵が飾られており、江戸時代頃らしい入浴光景と草津節の一節も添えられていて雰囲気満点である。ここよりも大きな湯船の宿もあるが、掛け流しによるお湯の入れ替えスピードを考えると、この位が良いと思う。また、宿泊客も多く無いので、ゆっくりと入れる。


(湯宿の内湯。)

湯畑源泉は、硫黄泉でPH2前後という強酸性でありながら、硫黄臭は少なく、まろやかな湯ざわりが特徴である。湯は緑が薄くかかっている感じで、舐めてみると、昆布の様な少し塩っぱい味がする。また、湯温が熱いと感じる人も多いが、宿での温度調節無しの純天然温泉である事、日によって源泉湧出温度が多少違う事、季節による外気温差、体質による為であろう。その為、夏よりも冬の方が良いと感じる。熱く感じる場合は、湯船に入ったり出たりして、小休憩を取りながらが良い。これは、伝統的な草津温泉の入浴法にも通じる。

ゆったりと湯浴みを楽しんだ後は、畳の上でゴロゴロと寛ぎタイムである。温泉に来たと言っても特にやる事は無く、この草津温泉は湯治場としての歴史が大変長い為、周辺には、遊技場や観光施設はほぼ皆無である。結局、「湯浴みする、畳の上でゴロゴロと寛ぐ」の繰り返しである。どうしようも無いが、これが最高の贅沢ではなかろうか。夕方前、湯畑前のコンビニに行き、アルコールやつまみ等の買い出しと、巨大公共露天風呂がある西の河原方面の仲見世通りを少し見学する。宿に戻り、夕食後、深夜、翌早朝と、計4回湯浴みを十分に楽しめた。

翌日朝9時、宿から出された朝食をゆっくりと食べた後、宿代の支払いと挨拶を済ませて出発である。若旦那が丁寧に見送ってくれる。正直言うと、もう一泊したい気分であるが、次回にしよう。「また、いらして下さい」と見送ってくれた。

今日も気温は氷点下、風は無く、朝から快晴である。土産に、草津一美味いと若旦那が教えてくれた温泉まんじゅうを手配して、バスターミナルに向かう。帰路も、特急草津号で上野まで帰ろう。夏場ならば、浅間山麓の鬼押出し園や軽井沢散策、軽井沢から横川に降りて、有名駅弁の「峠の釜めし」の試食や碓氷峠鉄道文化むらの見学、または、しなの鉄道で小諸まで行き、小諸観光や八ヶ岳・野辺山経由の小海線乗車も面白い。

帰りの長野原草津口駅行きバスに、大勢の乗客が乗って来る。バスターミナルを10時過ぎに定刻発車し、国道292号線の長い坂を下って行く。前方には、青い空と雪を頂いた浅間山北麓が見え、帰りも、草津節が流れての見送りである。長野原草津口駅に到着し、帰りは自由席が混みそうなので、指定席を取る事にした。バス到着の約30分後に、上野行き特急草津2号が接続している。長野原草津口10時5分発、上野13時29分着である。駅のアナウンスに従い、ホームで待つ。特急が2番線に入線して来るが、どうやら、少し違う雰囲気である。車両は国鉄185系電車であるが、先年、特別に塗色変更された湘南色バージョン編成である。特急車両に国鉄115系普通電車と同じ深緑とオレンジのストライプは、若干の違和感があり、鉄道ファンの間でも賛否両論あり、これも真面目すぎるJR東日本の滅多に無い洒落として考えれば面白い。

指定された5号車禁煙、後方左側席に座る。列車は直ぐに発車し、規則的なジョイント音を奏でながら、吾妻線の長い坂を軽快に下って行く。行きよりも、若干、所要時間が早く感じる。吾妻線から、上越線、高崎線と順調に入る。高崎を過ぎると、大きな挨拶と共に、30代のにこやかな男性車内販売員がやって来た。お目当てのアレがあると思い、長ワゴンの様子を覗くと、アレがあった。


(たかべん・だるま弁当。)

早速、呼び止めて、お茶やおつまみと一緒に購入である。この駅弁「たかべん・だるま弁当」は、旅での高崎通過時には必ず下車して購入しているので、今回の温泉紀行も、この駅弁で締めたいと思う。釜飯の駅弁は信越線・横川の「峠の釜めし」が有名であるが、このだるま弁当も結構有名である。峠の釜めしよりも、やや濃い味付けが特徴である。また、最近、鉄道車両内での飲酒や飲食がし難い雰囲気になっているが、この温泉観光特急では気兼ねなく食べられるのが良い。懐かしの国鉄形車両であるので、雰囲気もあり、それも満足である。早速、頂く事にしよう。

ふと、車窓を見ると、冬の青空が気持良く広がっている。列車は滑る様に高崎線のロングレールを快走して、淡々と上野を目指す。駅弁で満腹になった為か、少しばかり、眠気に誘われてくる。一休み後には、上野に到着しているであろう。

(おわり/草津温泉編)


「湯Love草津」草津温泉観光協会公式HP
草津温泉松村屋旅館公式HP

2017年7月15日 FC2ブログから保存・文章修正・校正

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