草津温泉紀行 前編 長野原草津口へ

恒例のクリスマスから年末、そして、年明けと、仕事が多忙な日々が続いたが、正月明けに思いの外に連休となった。何処かに出かける良い機会であるが、寒の入りの時期で、連日寒い。鉄道旅行としては、些かまだ行動に不自由がある上、車窓からの景色もうら寂しい時期である。

そこで、日頃の都会の喧騒を忘れるにはと、定番ではあるが、温泉に行こうと思い立ったのである。早速、インターネットで候補地を探す。一口に温泉といっても近場遠場を含めて、無数にあるのは火山国日本らしいと感心し、急に決めるとなると、逆に困ってしまう。数時間悩んだ挙句、首都圏から一泊程度で気軽に行く事が出来、温泉の質を最重視すると言う条件で、群馬県北部の草津温泉に行く事にした。

草津温泉は言わずもがな、この関東近県どころか国内でも、超有名温泉である。そうであるには、理由があり、決して裏切る事は無いと言う保証もある。早速、インターネットで宿を探して予約した。今は、簡単に予算に合う宿が間際でも探せるので、大変便利になったと思う。勿論、鉄道ファンとして、鉄道利用を利用する。安い高速バスもあるが、鉄道と温泉の組み合わせも、良い風情があると感じる。

翌朝、朝6時に起床、今日もとても寒い。震えながら身支度を整える。一泊の予定であり、着替えを入れるバックも、小さいもので事足りるので身軽である。今回は敢えて、モバイル機器やデジタルカメラを携行せず、カメラ付き携帯電話のみにし、非日常を味わうのが第一と考えた。また、現地は日中も気温が氷点下であり、所有するカメラの動作保証外と言うのもある上、結露が故障原因にもなると考えられるので、そう判断した次第である。

東京の北の玄関口、上野駅に向かう。この上野駅から群馬高崎方面に向かうが、今回は、いつもの鈍行列車ではなく、思い切って特急を利用する事にした。まだ、正月雰囲気のいつもより人出が少ない上野駅に降り立ち、中央改札へ向かう。上野駅中央改札口横のみどりの窓口、今では、改札周辺は大改装されて綺麗になり、びゅうプラザと名前を変えたが、窓口の若い女性係から乗車券と特急券を購入する。今日は、臨時列車である「特急草津31号」の運転日であり、待合時間も十分ある上に、始発駅からの乗車になるので、自由席にしよう。運賃料金は、運賃2,940円と自由席特急券1,680円の合計4,620円である。JRの高速バスならば、副都心の新宿から直通で3,000円台であるが、鉄道を支援すると言う意味や定時信頼性、安全性も考えて納得したい。また、全てのバス会社ではないが、民間高速バス等のあまりにも安い運賃は不安であり、安全がおざなりになり易い事は、近年の数々のバス事故が証明していると思う。

上野駅の地上ホームで待つ。このホームは例の大変有名な頭端式ホームである。上野駅が北の玄関口としてのイメージはこのホームにあると言っても過言ではなく、青函連絡船接続の夜行優等列車が次々と旅立っていた頃が懐かしい。東北新幹線が出来てからは、そのイメージが大分薄らいでしまったが、今でも、そこはかとなくその面影を感じる。床や目線の高さの設備は一新されているが、覆いかぶさる高い吹き抜け天井や高架ホームの鉄桁下に往年の年季を感じ、全体的に薄暗く、北に開口部を面しているので、冷たい北風もどんどん吹き込んでくる。今では、中央改札口から見て右手は、水戸・いわき方面の常磐線特急ホームとして、左手は熊谷・高崎方面の高崎線の鈍行列車の発着ホームとして使われ、朝と夜には、北海道・札幌とを結ぶ寝台特急が発着する。でも、やはり、昔とは様変わりしてしまった感じがするのが、少し寂しい。

切符売り場の窓口嬢の案内で、14番線ホームで待っていると、構内にアナウンスが大きく響き渡り、お目当ての特急の入線がアナウンスされる。朝一番の臨時特急なので、待っている乗客は大変少ない。8時50分に列車がホームに滑り込んできた。


(国鉄185系電車の特急草津31号。)

車両は、あの国鉄185系電車である。最近、外装は再塗装された様子で、車歴が古い車両としては綺麗に見える。また、首都圏での特急車両の置き換えが積極的なJR東日本としては、今では、希少な国鉄形特急車両である。デビュー当時、国鉄形特急の花形デザインであった月光形と全く違う斬新なデザインで、小生も大きな衝撃を覚えた車両である。乗車するのも20年ぶり以上であり、とても懐かしい。伊豆の伊東・伊豆下田行き特急踊り子号としての華々しい経歴を誇る車両であるが、今は、この草津号やスーパー踊り子号以外の踊り子号で運用されている。

上野寄りの最後尾1号車自由席の中央左側席に深々と座る。構内アナウンスでは、10分後に発車するとの事で、急いでホームにある売店まで、飲料等を調達、直ぐに暖かな車内に戻る。この窓が開く特急も珍しいが、当時、通勤通学輸送にも転用できる様に設計した為らしい。今は、首都圏の通勤電車でも、窓が開かない車両が多いので、ある意味で異様にも見える。また、窓は当時の特急列車としても小ぶりで、この185系の外観上の特徴になってる。


(国鉄185系電車の窓。)

突然、電子音の反復ベルが、けたたましく鳴り響き始める。今風のメロディー風発車ベルではないのが、何故か嬉しい。大きなブレーキエア排出音の後、列車はガクンと震えて、低くもなく、高くもないモーター音が唸り始め、定時の9時丁度にゆっくりと発車。薄暗いホームを出て、無数のポイントをガタガタと通過。すると、突然のように陽が沢山差し込んで、車内が明るくなる。大きな駅であっても、地上ホームから列車が出るのが一番正統に感じるのは、自分だけであろうか。

ふと、右手を見ると、同時刻発車らしい常磐線特急が並走している。乗降口横のLED行き先表示器を見ると、特急スーパーひたち号いわき行きらしい。あちらの車両は、JR東日本最新型のE657系特急電車であり、この国鉄形特急の生き残りの185系との並走も、時代ミスマッチ感のある鉄道旅の演出をしている様で、興奮する所である。ひたち号の乗客も、草津号の乗客も、窓越しにお互いに見ているのも面白い。こちらは観光地行き特急なので、正直、少しだけ優越感もあったりもする。しかし、大きな古いコンクリート壁がお互いの姿を遮り、そこを通り過ぎると、草津号はスピードを上げて、ひたち号と別れてしまった。

徐々にスピードが上がる中、国鉄時代そのままの鉄道唱歌オルゴールが聞こえ、渋目の男性車掌氏のアナウンスが始まると、一気に非日常に誘われる。鈍行列車の旅も良いが、鈍行列車の場合は都会を徐々に離れることによって、非日常さが少しずつ増す感じがあり、遠方や観光地に行く優等列車の場合は、外はまだ都会でも、車内だけが一気に非日常の雰囲気に満たされるのが面白い。

この特急草津31号は、週末の土曜日、日曜日と祝日、年末年始等の特別日のみ運転の臨時特急であり、定期特急の草津1号の1時間前に、運行するダイヤが組まれている。繁忙期の下り特急草津1号は、大変混むらしいので、この31号を上手く利用したい。

この特急草津号は、上野から高崎線と上越線を北上し、渋川からは、電化ローカル線である吾妻線に入り、沿線の幾つかの有名温泉地の近くまで、アクセスしている典型的な観光特急である。なお、行き先は、群馬県嬬恋村・万座温泉最寄りの万座・鹿沢口となっており、上野を出ると、赤羽、浦和、大宮、高崎線主要駅の上尾、熊谷、高崎、上越線に入り、新前橋と渋川、そして、吾妻線の主要駅に停車する。なお、編成車両数は7両、上野方の1・2号車が自由席、残りが指定席で、6号車はグリーン車になっている。在来線の上野口や東京口では、珍しくなったとも言える「平サロ」(※)で、遠目から見ると、変な凸凹が無く、列車全体の編成美を感じる所が良い。

上野駅を出発し、車掌氏の行路案内アナウンスが無事に終わると、スピードが上った特急は、並走する京浜東北線北行き電車を気持ち良く何本も追い抜き、堂々とした走りっぷりを披露する。特急の名に恥じない走りと、国鉄形の底力を見せる所が嬉しい。また、シートから首を伸ばして、車内を見渡すと、この自由席でも数人の乗客であり、空席が目立つ。温泉地行き観光特急である事から、もしかしたら、指定席の方が乗客が多いかもしれない。

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(自由席シート。)

赤羽、浦和、大宮と、東京周辺の乗客を乗せる為に停車するが、今日は乗客がかなり少ない様である。近代的な巨大駅である大宮を発車すると、東北本線が右手に別れて行く。上野が北の玄関口であるが、ここが本当の北への分岐点であり、古くからの鉄道要衝地である。首都圏有数の鉄道車両整備工場であるJR東日本大宮総合車両センターがあり、一般の人にも人気の鉄道博物館も近年オープンして、鉄道的な見所が多くなっている。

左手を見ると、大宮総合車両センターの大きな建物が続く。建物間の留置線に、特急あさま号のヘッドマークを出した189系特急電車国鉄色二編成が、並んで留置されているのが見え、大変驚く。丁度、予備保存車の整備をしているらしい。この大宮総合車両センターは、かつての鉄道の主役・蒸気機関車も復元整備出来る事から、JRグループ内でも特に技術レベルが高い。現在、JR東日本で復活蒸気機関車として、諸方面で活躍しているC57-180号機、D51-498号機や昨年復活したC61-20号機もこの工場で復元され、秩父鉄道や真岡鐵道の蒸気機関車も、委託整備を行っている。ベテラン整備員の引退によって、古い鉄道車両の整備技術の継承も年々難しくなっているが、JR東日本では、その点の対策もしている様で敬意を表したい。現在も、中型蒸気機関車のC58形1両を復元整備中と聞く。

また、北並びは、人気の鉄道博物館がある。敷地の最北端には、懐かしいツートン塗装のキハ11-25単行が車窓越しに見えて、今を行き交う列車を見送ってくれる。意図的に造られた鉄道見学施設は好まないが、人気が落ち着いた頃に、一度見学するのも良いかもしれない。

ここからの高崎線は、東京から信越・上越方面の重要幹線である位置付けから、高規格な線路が敷設され、殆ど直線である高崎までは時速100km程の速度で走り抜ける。この国鉄185系特急電車の営業最高速度は時速110kmであり、ほぼ目一杯なのであるが、強敵の高速バスに対抗する戦略もあるのだろう。

幾分、古い車両なので、今の最新型車両よりはヨーイングが大きいが、高速運転時でも、ピッチングの無い落ち着いた安定感がある乗り心地は、国鉄特急らしいとも言え、嬉しくなる。それも、重々しい低重心では無く、中庸なアップ感のある安定感は、国鉄時代後期デビューの特急用空気ばね台車の特徴と感じる。コストダウンと軽量化の為、台車の枕ばねを省略した最近のボルスタレス台車には、感じられない落ち着きのある乗り心地で、高速運転時は顕著にその差が出る。

そして、都会のビルが立ち並ぶ車窓から、徐々に、近郊田園風景に移り変わって行く。埼玉は東西南北に大きな県であり、高崎線が通る中南部・利根川周辺は山も無く、広大な平原になっている。主要駅間は、近郊農業の広大な農地と防風林の中に点在する農家が見え、長閑な風景を見ると、段々と気分も安らいでくる。


(高崎線沿線の大平原を走る。)

また、上り列車とすれ違う時、右側の窓ガラスがドミノ倒しのようにガタガタと震えるが、この音も最近は聞かれなくなった音と気が付く。列車走行音とは全く違う鉄道の音であるが、今では、とても印象に残る。

列車は、途中主要駅の上尾、熊谷の二駅だけに停車し、静かに発車して行く。高崎線内では、乗降は少ない様である。上野を定時の9時に発車して、1時間20分が経過。右手に大きな機関区が見え、青い塗色の電気機関車が何両も休んでいるのが見えると、群馬県の最大都市・玄関駅である高崎に到着する。かつては、信州長野までを結んでいた信越線、新潟までの上越線、北関東を東西に横断する両毛線、東京西部を縦断する八高線、そして、高崎の西・下仁田まで結ぶ地方民鉄の上信電鉄が接続し、長野新幹線と上越新幹線も分岐する重要駅である。

また、高崎も鉄道要衝地として古くから栄え、大きな機関区や鉄道関係の建物が建ち並んでいる。鉄道ファン的には、上越方面の貨物列車を牽引する電気機関車の拠点地として有名で、特に、貨物列車の電気機関車ファンにとっては聖地的な場所である。機関車運転室側面にある機関区所属を示す「髙」の区名札は、伝統と格式を感じる程であり、蒸気機関車のD51-498号機やC61-20号機も、この高崎の所属である。

高崎線の途中停車駅では、乗降が殆ど無かったが、意外にも、高崎駅での下車客が多く、自由席に乗車していた1/4の乗客が下車してしまう。上越新幹線が出来て以来、今では、高崎線の昼行特急はこの草津号だけなので、観光特急の看板ではあるが、上野高崎間のリーズナブルな在来線特急の需要も若干あるらしい。乗客全員が温泉地行きと思ったが、意外である。高崎での停車時間はわずかで、直ぐに発車する。上越線に入り、やや速度を落として走るが、この先の新前橋と渋川までもそう距離は無く、所要時間20分程度で走り抜ける。上野から乗車している車内販売嬢も、次の新前橋までの営業であり、駅に到着すると、重そうな長ワゴンを降ろすのが見える。

10時40分に渋川に到着。大きな駅であるが、人も疎らで大変静かになっている。有名温泉地である伊香保温泉の最寄り駅でもあるので、若干の乗客が下車している。ここから吾妻線に入るアナウンスがあり、いよいよ、温泉特急色一杯になる。

駅をゆっくりと発車すると、大きく左にカーブしながら急勾配の築堤を登り、最後尾から先頭車が見える位、7両編成の列車が大きくくねる。元・湘南特急が、この山間のローカル線に入線するのも面白く、列車は速度を大分落としたが、意外にも速い。また、ローカル線としては線路状態が良く、道床が改良されている様である。車窓には、山里の風景が広がり始め、ずっと登り調子で急カーブも多く、単線電化のローカル線であるが、7両もの長編成特急が走るのは、全国的にも珍しい。吾妻線は、利根川支流の吾妻川に沿って敷設された典型的な山岳ローカル線で、南の榛名山と浅間山、北の草津白根山の間を走り、この先の沿線では渓谷風景も見られる。なお、温泉観光の為に敷設された路線ではなく、元々は、群馬県六合村(現・中之条町)にあった大鉄山の群馬鉄山の鉄鉱石を運び出す産業路線であった。後年、沿線には温泉が多数ある事から、観光路線に変容した。


(吾妻線の急カーブをこなして行く。)

途中の中之条付近とその先までは、小さな町々に停車して行く感じであるが、列車交換の為に停車した岩島を過ぎると、吾妻の谷間に広がる山里や吾妻峡の渓谷美が高台から見えるハイライト区間になる。また、所々で、巨大なコンクリート橋を建設しているのが目に付くが、先年に話題になった八ッ場(やんば)ダム建設による、橋梁付け替え工事現場である。この吾妻線も一部区間が水没する為、付け替え工事が計画されているらしい。

トンネルも連続する区間であるが、その中で、通過時間が約1秒だけのトンネルを通過する。これが、JRの最短トンネルとして有名な樽沢トンネルである。トンネル長は7.2m、車両1両全長の半分も無い名物トンネルであるが、残念ながら、このトンネルも水没ルート変更区間にある。なお、国鉄時代の最短トンネルは、このトンネルでは無く、国鉄越美南線(現・長良川鉄道)の郡上八幡手前にある、中野トンネル(トンネル長7.0m)である。当時の国鉄も公式認定しており、何故か、日本一短い鉄道トンネルは、樽沢トンネルとの鉄道雑誌等の記述間違いや、誤解している鉄道ファンも多い。

そして、上野駅を発車してから約2時間半。長野原草津口駅2番線に11時28分に到着。この駅で下車となる。やはり、特急名の通りの草津温泉目的の人が多く、指定席車両から、大勢の乗客が下車している。向かい側の1番線には、当駅折り返しの高崎行き115系電車湘南色3両編成が迎えてくれ、この国鉄形同士の並びも、一時、国鉄時代に戻った感じがした。


(長野原草津口駅に到着。)

(つづく)


(※平サロ/ひらさろ)
2階建てグリーン車ではなく、従来の平屋(1階建て)のグリーン車のこと。鉄道ファンの間での通称であり、サロはグリーン車を示す国鉄車両種別。

2017年7月15日 FC2ブログから保存・文章修正・校正

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