天浜線紀行(8)遠州森駅 前編

起点の掛川駅から、最初の有人駅である遠州森駅に到着する。改札口の初老駅長氏に、1日フリー切符を見せ、撮影と見学の許可を取ろう。駅長氏にとっては、職場であり、挨拶と許可を取るのがマナーである。よほどの事がない限り、鉄道ファンの気持ちを理解してくれ、許可を出してくれる。また、駅員も仕事に誇りを持ち、鉄道好きが多い。


(下りホームの国鉄風駅名標。裏側は、天浜線バージョンになっている。)

遠州森駅は、起点の掛川駅と終点の新所原駅を除き、天浜線の五指に入る途中主要駅になっている。国鉄二俣線の初開通区間の東線として、昭和10年(1935年)4月に掛川駅からこの駅まで開業した。起点の掛川駅からは9駅目、12.9km地点、所要時間約25分、所在地は周智(しゅうち)郡森町森、標高39mの列車交換可能駅である。

この遠州森は、南アルプス最南末端の稜線の間を、北東から南西に流れる太田川右岸に発達した大きな町であり、周囲に森林が多い事から、そのままの森町の地名になっている。役場、消防署や高校等の公共・文教機関も多く、新東名高速道路のインター(※1)も設けられ、この付近の中心地になっている。かつては、秋葉街道の宿場町と遠州灘で作られた天日塩の輸送で栄え、寺院や窯業の町としても有名である。


(国土地理院国土電子Web・遠州森駅。)

駅構内は大変広く、西南側の天竜二俣寄りに、乗降ホームと開業当時の木造駅舎が残っている。また、金指(かなさし)駅まで延伸した、昭和15年(1940年)6月までの約5年間は、国鉄二俣東線の終着駅であった。なお、国鉄時代は、遠江森(とおとうみもり)の駅名で、第三セクター転換後に遠州森に改称されている。

乗車してきた下り117列車・新所原行きは、先発であるが、少し遅れている模様である。タイフォンで挨拶を交わし、上下列車は、ほぼ同時に発車して行く。ローカル線のワンマン運転では、無人駅での精算対応もある為、停車時間がかかる場合がある。過密ダイヤの都市通勤路線では、少しでも遅れると後続列車に大きく影響するが、1時間に1-2本程度のダイヤなので、数分程度の遅れは問題ない。


(下り117列車新所原行きが、定刻から少し遅れて、発車して行く。)

2番線ホーム東寄りから駅全体を見ると、駅舎側の上り1番線は単式ホーム、下り2・3番線は島式ホーム1面2線の千鳥式配置で、遮断機の無い構内踏切が改札口前にある。一番外側の3番線は、この駅折り返しの列車に使われているらしい。また、駅舎の東側に広大な空き地があり、駐車場になっている。

長さ90m程度の下り2・3番線ホームは、アスファルト舗装がされており、旅客上屋やベンチも新調され、近代化されている。建て植え式駅名標の2番線側は国鉄風、3番線側は天浜線バージョンになっており、花の鉢植えがホーム上に並ぶ。


(遠州森駅全景。)

北東の掛川方は、砂利の盛り土ホームが残り、右カーブの先に太田川橋梁がある。駅舎並びの空き地は、貨物側線や貨物ホームがあったと推測出来るが、レールは全て取り外されており、その形跡は残っていない。なお、この駅の貨物取り扱い廃止は、昭和45年(1970年)になっている。

また、3番線側のホーム縁部は土留めが無く、傾斜した土手状になっている。国鉄時代もこの状態であったそうで、2両編成の短い編成しか停まれなかったという。


(掛川方。予算不足だったのか、3番線ホームは有効長が短い。)

駅舎改札口前の構内踏切を渡って、上り1番線ホームと駅舎に向かおう。この駅舎と隣接する上り1番線ホームは、国登録有形文化財に指定されている。基本的なデザインは、同時期に開業した桜木駅や原谷(はらのや)駅と同じである。


(2番線ホームからの駅舎全景。倉庫も原形を保っている。)

(構内踏切と改札口。)

◆国登録有形文化財リスト「遠州森駅本屋及び上りプラットホーム」◆

所在地 静岡県周智郡森町森字十七夜前980-2
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-170
年代 昭和10年(1935年)3月
構造形式 遠州森駅本屋(木造平屋建、瓦葺一部鉄板葺、建築面積146㎡)
上りプラットホーム(コンクリート造、延長86m)
特記 森町の中心に位置し、桁行16m、梁間6.0mの木造平屋建。
切妻造桟瓦葺で、正面に切妻屋根、ホーム側に庇を付け、
86m長のプラットホームを設ける。
西を待合室、東を事務所とし、標準的な駅舎の一例。

※文化庁公式HPから抜粋、編集。

1番線ホームにある構内踏切の階段には、中央にコンクリートの仕切りがある。国鉄当時、長編成の列車が停車した際、鉄板を引き出して、乗降に支障が無い様にしていた。鉄板は左右二枚あり、ガイドとストッパーの部分がある事から、引き出した際に鉄板を下から支える部分になっている。また、ヒンジ(蝶番/ちょうつがい)が付いた鉄板を跳ね上げて、降ろすタイプが主流であったが、乗降が多い主要駅である事から、左右二枚に分けて大型にし、支柱を造ったのであろう

なお、駅構内にある構内踏切は、本来ならば、駅利用時以外の通行は制限されるが、地元住民の往来の便宜上、自転車に乗った人や犬の散歩の人も普通の踏切の代わりに頻繁に通る。皆、駅長氏に、「こんにちは、天気が良いね」と挨拶を交わし、ローカル線の有人駅らしい、ほのぼのとした雰囲気である。


(上り1番線ホームの構内踏切階段。この注意喚起のゼブラ塗装も、今や国鉄風味に感じる。)

西の天竜二俣方は、ホームに接続する3本の線路の他、3番線の南側にもう1本の線路があるが、途中で切れており、実際は使われていないらしい。現在、駅南側には、大きな工場が建っているが、貨物側線が並んでいたのであろう。


(上り1番線ホームから天竜二俣方を望む。駅舎並びの白壁土蔵風の建物は、公衆トイレになる。)

遠州森駅の駅舎は、ひと回り大きい中型木造駅舎になっている。桜木駅や原谷駅と同じく、西から、待合室、駅事務室、倉庫の順に配す。昭和10年(1935年)の開業当時から、ずっと有人駅であった事もあり、駅事務室の引き戸、白漆喰の壁や二段窓等は良い状態が保たれている。また、開業当時の木製の窓枠が残るのは、今では貴重である。駅舎は古くても、老朽化の為、アルミサッシの窓枠に交換されている場合が多い。


(改札周辺。改札は、簡易な鉄製ポールに交換されている。)

改札横の柱には、乗り越し精算時の運賃早見表と改札鋏(かいさつきょう※2)が、吊り下げられているのも、懐かしく感じる。


(運賃早見表と改札鋏。)

駅事務室の柱には、遠州森の風物を読んだ一句の木札が掛かる。渋い木の質感と合わさり、良い感じである。その横の防火用水が入った赤ドラム缶や金属バケツも、昔の木造駅舎駅ではよく見られた。

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(駅舎の一句と防火用水。)

(つづく)


(※)訪問時は未開通。平成24年(2012年)4月開業。
(※2)切符に検札済みの切れ込みを入れる鋏(はさみ)。

2020年5月9日 ブログから転載・文章修正・校正。

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