天浜線紀行(6)掛川から細谷へ。

時刻は8時になった。日も大分上り、明るくなってきている。一度、起点の掛川駅に戻ろう。上り列車が来るまで、1番線ホームをおもむろに散策する。旅客上屋の柱には、国鉄時代後期と思われる広告付きのブリキ製柱駅名標が取り付けられており、広告主が複写機メーカーのリコーであるのも、時代を感じさせる。広告部分が交換できる枠付きタイプで、駅名標自体もかなりの厚みがある。

IMGP9573.jpg
(遠江一宮駅上り1番線ホームで上り列車を待つ。)

暫くすると、上り114列車・掛川行きがやって来た。この遠江一宮駅を後にしよう。忘れずに、駅スタンプも押してある。下り列車と交換後、8時10分の定刻通りに発車する。

+++++++++++++++++++++
【乗車経路】
遠江一宮810========848掛川
上り114列車・普通掛川行(TH2112・単行)
※途中の遠州森で、8分間停車あり。
+++++++++++++++++++++

40分程で、起点の掛川駅に戻ってきた。風は若干冷たいが、見事に晴れ上がっており、日中は暖かくなりそうである。朝一番に、新幹線改札口横のコインロッカーにバッグを預けてあり、貴重品とコンパクトデジタルカメラのみの身軽な格好のまま、再出発する。

掛川駅も早朝よりも通勤通学客が多くなり、活気が出てきている。先ずは、掛川駅から下車観光予定の遠州森駅までの沿線風景を楽しもう。時刻は朝の8時50分を過ぎたところである。下り117列車・新所原(しんじょはら)行きが7分後に発車する。改札口の駅員氏に1日フリーきっぷを見せ、折り返し乗車である事を伝え、隣の2番線の列車に乗り込む。


(掛川駅に戻ってきた。折り返し列車は車両が交換され、左側の列車に乗車する。)

++++++++++++++++++++++++++++
【停車駅】◎印は列車交換可能駅、★は国登録有形文化財駅
掛川857===掛川市役所前===西掛川===桜木◎★==
下り117列車・普通新所原行(TH2102・単行・ワンマン運転)
++++++++++++++++++++++++++++

新所原行きの単行気動車はTH2102、ワンマン運転になっている。乗客は30人位で、ジャージ姿の中学生が大勢乗っており、一般客と高校生が数人である。先程の桜木駅の近くの市立中学校の生徒達らしく、直ぐに降りるだろう。

わいわいと騒がしい中、定刻通りの発車になる。暫く、新幹線や東海道本線と西に並走。なお、東海道本線と天浜線は、渡り線路が今でも繋がっており、車両の行き来が出来る。年に2回、JR東海の軌道検測車キヤ95形が乗り入れ、天浜線の線路設備点検をしているという。


(掛川駅から西に700m走ると、東海道本線と別れる。※上り掛川行き列車の後方の天竜二俣方を撮影。)

700m程走ると、右にカーブして、東海道線と別れ、掛川市役所前駅に直ぐに到着。以前、掛川城の近くに市役所があったが、平成8年(1996年)に逆川沿いの現在地に移転し、この駅が新設されている。単式ホーム、山谷型のトタン屋根とパネル壁の簡易な造りの無人駅であるが、ホーム長は55mもあり、天浜線内でも比較的長い。

また、この駅の手前には、線路際の菜の花ベルトがあり、撮影名所になっている。かつては、周辺に茶畑が広がっていたが、区画整理と市街地化が進み、大きな倉庫やビルも並んでいる。


(掛川市役所前駅手前の菜の花ベルト。※上り掛川行き列車の後方の天竜二俣方を撮影。)

2、3人の役所勤めと思われる乗客が下車し、直ぐに発車する。掛川の地名由来になっている逆川(さかがわ)を短いデッキガーター鉄橋で渡ると、西掛川駅があり、両駅は目鼻先で500mしかない。西掛川駅は、国鉄時代の昭和29年(1954年)10月の追加設置駅で、旧東海道と交差している場所にある。また、秋葉街道との分岐地点であり、一の鳥居が建てられていたという。現在は、秋葉神社遥拝所があり、ショッピングモールなどの大型商業施設が集まっているエリアになっている。


(逆川を渡る鉄橋と向こう岸に西掛川駅が見える。※上り掛川行き列車の後方の天竜二俣方を撮影。)

(西掛川駅。国鉄の省力化されたコンクリートパネルのホームである。※上り掛川行き列車の後方の天竜二俣方を撮影。)

西掛川駅からは、盛り土部を北西に真っ直ぐに走る。左右には、田畑や掛川の大きな町並みが良く見える。軽快に走る区間であるが、アップダウンが多い。線路が上下しているのが、はっきりと判る。


(西掛川駅から桜木駅間の盛り土部。1.7km位の直線になっている。※上り掛川行き列車の後方の天竜二俣方を撮影。)

徐々に盛り土が低くなって、逆川支流の垂木川を渡り、国道1号線バイパスをアンダークロスする。地上に降りると、ふたつの垂木川の支流を渡る。そして、大きく左にカーブをすると、最初の列車交換可能駅の桜木駅に到着する。この垂木川支流の2本目の鉄橋は、富部橋梁(とんべきょうりょう)と呼ばれ、用水路の様な小川を渡る高さが低いIビーム鉄橋になっている。国登録有形文化財に指定されており、I(アイ)ビーム構造の橋長20m級は珍しいとの事。

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道富部橋梁(とんべきょうりょう)」◆

所在地 静岡県掛川市富部字東浦666-3他
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-0175
年代 昭和10年(1935年)
構造形式 鋼製四連桁橋、橋長21m、橋台及び橋脚付。
特記 桜木駅の400m東に位置し、家代川の三本の支流が合流する地点に架かる。
橋長21m、単線仕様の鋼製四連桁橋で、全体に僅かな曲線を描く。
橋脚は及び橋台は鉄筋コンクリート造。
各鋼製桁は5.1mと短く、I(アイ)ビームを使用する。

※文化庁公式HPから抜粋、編集。

ヤマハピアノの町として有名な桜木は、駅の南に大工場がある。国内の約70%のピアノを生産し、世界169カ国に輸出されているという。この桜木駅での列車交換は無く、直ぐに発車。元気な中学生達は全員下車し、乗客はたったの4人になり、一気にローカル線らしくなった。


(桜木駅を発車する。周辺は宅地化が進んでおり、住宅が多い。※当列車から後方の掛川方を撮影。)

+++++++++++++++++++++++++++++
【停車駅】◎印は列車交換可能駅、★は国登録有形文化財駅
桜木◎★===いこいの広場===細谷===
下り117列車・普通新所原行(TH2102・単行・ワンマン運転)
+++++++++++++++++++++++++++++

桜木駅先から直角に近い右カーブをすると、進行方向は北北西に変わり、アップダウンのある長い直線区間に入る。逆川支流の原野谷川が南北に流れ、細長く伸びる川谷になっている。右窓に交通量の多い県道40号線と住宅、左窓に原野谷川と区画整理された大水田が広がり、天浜線沿線でも、明るく開放感のある区間になっている。なお、この付近に広がる低山は、南アルプスの最南末端部にあたる。


(桜木駅からいこいの広場駅間の直線区間。この川谷の幅は約800mある。※上り掛川行き列車の後方の天竜二俣方を撮影。)

第三セクター転換後の昭和63年(1988年)開業のいこいの広場駅と、国鉄時代の昭和31年(1956年)に追加設置された細谷駅に停車。どちらも、単式ホームの小さな無人駅である。いこいの広場駅は、旅客上屋が国鉄風の若草色であるのが面白い。駅から徒歩10分程の丘陵地には、掛川市営球場(総合スポーツグランドいこいの広場)があり、選抜高校野球大会の県大会試合が毎年行われ、大会中は臨時の有人駅になるという。

IMGP9669.jpg
(いこいの広場駅。地元の人達によって、花壇が整備されている。※当列車から後方の掛川方を撮影。)

いこいの広場駅と細谷駅間も短く、駅間距離は500mしかない。細谷駅に木造駅舎は無いが、古い木造待合所が佇み、眼前には広大な水田が見渡せる。夕暮れ時には、なかなか良い雰囲気になるらしい。1日の乗車客は30人程との事。また、掛川の特産品である薔薇の生産が盛んな地区であり、種苗会社「サカタのタネ」の研究試験場や前方後円墳の吉岡古墳がある。


(細谷駅。戦後国鉄時代の簡素な追加設置駅である。※当列車から後方の掛川方を撮影。)

(つづく)


※天竜二俣方の画像は、上り114列車掛川行き最後尾から後方を撮影。

2020年5月6日 ブログから転載・文章修正・校正。

©2020 hmd
文章や画像の転載・複製・引用・リンク・二次利用(リライトを含む)や商業利用等は固くお断り致します。