天浜線紀行(5)遠江一宮駅

下り109列車・新所原行き7時31分発の単行列車がやって来た。上り210列車・掛川行きと列車交換をし、原谷駅を出発する。

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【停車駅】
原谷731==原田==戸綿==遠州森==円田==748遠江一宮
下り109列車・普通新所原行(TH2104・単行)
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原谷駅から先は、小さな峠のある低山帯に入り、上り急勾配になる。ディーゼルエンジンが力強く唸りながら、大きくS字を描くように登り、勾配の頂点にある原田駅、太田川畔の戸錦(とわた)駅、有人主要駅の遠州森駅、進路を西寄りに変え、小さな神社の前にある円田(えんでん)駅に停まり、ふたつ目の長い上り急勾配を登り切って、左にカーブすると、遠江一宮(とおとうみいちのみや)駅に到着する。なお、途中の遠州森駅も、国登録有形文化財の木造駅舎がある大きな駅になっているが、下車観光をする予定なので、一度、掛川駅に戻ってから、訪問しよう。


(天浜線オリジナルの建て植え式駅名標。)

遠江一宮駅は、遠州森駅から金指(かなさし)駅まで延伸開通した、昭和15年(1940年)6月に開業した。起点の掛川からは11駅目、16.4km地点、所要時間約30分、所在地は周智郡森町一宮、標高35mの列車交換設備のある終日無人駅になっている。

この周辺は、100m級の低山の間に川谷が複雑に発達し、町や田畑が広がっている。なお、地名の「遠江」は、大井川西側一帯の旧国名である。当時の都であった京都から見て、琵琶湖は近いので、近淡海(ちかつあはうみ)こと、近江(おうみ)と呼ばれ、浜名湖は遠いので、遠淡海(とほつあはうみ)こと、遠江(とおとうみ)と呼ばれていた。国鉄二俣線時代、幾つかの駅が「遠江」を駅名に冠していたが、昭和62年(1987年)3月の第三セクター化した際、外された駅が多くなっている。

下り2番線ホーム東側の掛川寄りから、駅全体を見渡すと、大きくカーブした中に駅があり、東西に配されたホームも、緩やかな弧を描いている。広い構内には、2面2線の千鳥式ホームと木造駅舎があり、貨物ホームや貨物側線等は撤去されている。


(遠江一宮駅全景。)

東の掛川方は、カーブをしながらポイントを通過し、構内に進入する。隣の円田駅からは、直線の上り急勾配が続いており、上り切った場所がこの駅になっている。なお、この下り2番線ホームは、後に増設され、波型トタンの旅客上屋が建てられている。昭和50年代中頃の国鉄時代には、列車交換設備が無かったらしく、駅舎側ホームのみの単式一線の駅であったらしい。


(掛川方。)

中央部の構内踏切を渡り、駅舎が隣接する上りホームへ行ってみよう。ホームの上の屋根はトタンの出庇ではなく、母屋の瓦屋根が降りてきており、桜木駅や原谷駅よりも、かなり大きい駅舎である。もちろん、開業当時の昭和15年(1940年)の建物であり、国登録有形文化財になっている。横の土蔵風の瓦葺き建物は、駅トイレである。


(中央部の構内踏切付近。)

(下り2番線ホームからの駅舎。)

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道遠江一宮駅本屋」◆

所在地 静岡県周智郡森町一宮字郷戸2431-2
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-0169
年代 昭和15年(1940年)3月
構造形式 遠江一宮駅本屋(木造平屋建、瓦葺、建築面積139㎡)
特記 一宮川橋梁の1,000m北東に位置する。
桁行15m、梁間5.0mの大型木造平屋建。
東西棟の切妻造桟瓦葺で、ホーム側を葺き降ろして吹き放つ。
西を待合室、東を事務所とし、東面南寄りに物置を付属。
外壁を縦向きの板壁とする簡素な駅舎。
テナントが入店し、駅事務室と物置は改装済み。

※文化庁公式HPから抜粋、編集。

上り1番線ホームから、天竜二俣方を見ると、西半分は盛り土のままになっている。下り線路が軽く蛇行した後、スプリングポイントで纏まり、北西の方向に線路が伸びる。この不自然なカーブも、下り2番線ホームが増設された名残である。


(天竜二俣方と不自然な下り線カーブ。)

駅舎の改札口を通り、待合室に入ってみよう。約20畳の広さの待合室は、近年に改修されたらしい。状態が非常に良く、掲示物も貼り過ぎておらず、すっきりとした広い待合室になっている。西側に木製ロングベンチが残っているが、改札は撤去されている。


(ホーム側改札口。)

(待合室のロングベンチ。)

この駅には、手打ち蕎麦屋「百々や(ももや)」がテナントで入っており、原形の駅事務室の雰囲気を壊さない様に改装されている。美味しい手打ち蕎麦が食べられるとの事で、結構な人気があるという。

【手打ち蕎麦屋・百々や(ももや)】
月・火曜日定休(祝日は営業)、午前11時30分から15時まで(売り切れ次第閉店)、
駅前に駐車可。
食べログ静岡(天浜線/遠江一宮駅・百々や)


(改修された出札口と手打ち蕎麦屋「百々や」。)

駅前に出てみよう。大変広く、昔ながらの砂利敷きになっている。桜木駅の様に下見板が横向きではなく、縦向きである。上部の白漆喰もない為、改築修繕されたのかもしれない。また、蕎麦屋の窓の部分は、大きな二段窓を交換した跡があるが、待合室のベンチ側の窓には残っている。


(駅出入口。)

(駅前からの駅舎全景。)

花紋入り一枚板の立派な駅名標が、出入口上に掲げられている。その右横に、建物財産票が張ってあるが、解読を見落としまった。


(一枚板の駅名標。)

駅出入口横には、オリジナル駅マスコット「だいこくちゃん」がいる。脇の案内板によると、地名の遠江一宮は、遠江国の小國神社(おくにじんじゃ)を意味しているそうで、一万石もの社領(※)がこの付近にあったという。日本書記で国を創った大己貴命(おおなむちのみこと)こと、神話「因幡(いなば)の白兎」の兎を助けた、大国主神(おおくにぬしのかみ)が御祭神である。また、七福神の大黒天(だいこくてん)にもなっている。

創祀1,400年の地元古刹として、駅から北北東の宮川の辺りに小國神社が鎮座するが、徒歩ではかなり遠い。指定日に限り、この駅からの送迎バスがあり、駅前に小さなバス停がある。
遠江國一宮小國神社公式サイト


(遠江一宮駅マスコットのだいこくちゃんと白兎。)

駅舎の東側には、広い空き地があり、貨物ホームや貨物側線があったらしい。なお、この駅の貨物の廃止時期はとても早く、昭和37年(1962年)になっている。昭和45年(1970年)には、鉄道小荷物の扱いも中止し、同時に無人駅になった。隣接する民家も、大変古く、屋根がかなり波打っている。


(駅近くの民家。)

(つづく)


(※社領/しゃりょう)
江戸時代以前は、寺社に土地を与え、そこで生産される米から租税(年貢)を徴収し、寺社の運営や建物の建築修繕費に当てた。また、行政権や司法権も行使できた。
(※一万石/いちまんごく)
土地は面積ではなく、年間の米の収穫量で与えられた。一石は米150kgになり、1kgを現在の米相場の400円とすると、一石は60,000円になる。一万石は年間6億円相当になり、そのうちの何割かを租税として徴収した。一般的な藩領は五割、天領(幕府直轄領)は四割が租税分(年貢)といわれるが、実際はもっと低かった様である(社領の租税率は不明)。

※取材時には、森町病院前駅は未設置。

2020年5月5日 ブログから転載・文章修正・校正。

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