岳南線紀行(12)吉原本町駅

岳南線の途中主要駅である、吉原本町駅に行ってみよう。コンビナートの中から、単行の列車がやって来るのを見ると、後ろの紅白煙突の巨大さが良く判る。岳南原田駅で数人を乗せ、直ぐに発車。車内の乗客は10人位である。


(コンビナートから、単行電車がすっと現れる。※低倍率光学ズーム換算112mm相当で撮影。)

+++++++++++++++++++++
岳南原田1410=======1414吉原本町
上り吉原行 7000形(7002)単行
+++++++++++++++++++++

岳南原田駅西の踏切と田無川橋梁の間には、線路沿いに桜並木があり、春シーズンの名所となっている。途中の本吉原駅に停車し、半径240mの左カーブを曲がって小さな鉄橋を渡ると、吉原本町駅にすぐに到着。本吉原駅から数人、吉原本町駅では大勢の乗客が乗って来て、約30人の乗客になる。やはり、岳南原田駅から吉原駅寄りの輸送密度が高い。入れ違いに下車しよう。


(国鉄風ゴシック体の電光式駅名標は、中国語と韓国語の併記もある新しいもの。)

この吉原本町駅は、岳南鉄道(岳南電車)の開業年である昭和24年(1949年)11月の開業で、国鉄と接続する吉原駅(当時は鈴川駅)から、この駅までの初開業であった。起点の吉原駅から2.7km地点、所要時間約5分、所在地は富士市吉原、海抜4.3mになる。岳南線で二番目に乗降客が多いので、夜間を除き、有人駅になっている。愛想の良い若い女性駅員氏に、1日フリー切符を見せ、撮影の許可を貰おう。

一面一線の単式ホームの為に列車交換は出来ず、半径180mの急カーブの途中にあり、東京電力の大きなビルや民家の間に挟まれた小さな駅になっている。岳南江尾方は、柱の細い昭和風の木造旅客上家で、開業当時のものであろう。また、この駅では、吉原駅と同じ電鈴式の発車ベルが使われているのが、懐かしい。


(改札口側ホーム。細い柱と梁の連結部は、複雑な木組みになっている。)

(吉原方は、鉄骨造りの増設になる。公衆トイレの設置工事中であった。)

岳南江尾方は、県道踏切に隣接し、その先の和田川の青いデッキガーター鉄橋を渡る。なお、隣の本吉原駅までは、300mしか離れていない。


(岳南江尾方。)

なお、駅前商店街を大回りして路地に入り、和田川橋梁の近くに行く事も出来る。和田川は、粥ヶ淵と呼ばれる深い凹状の川になっていて、路地からの高低差は数メートルもあり、今は水は留まっていないが、豊富な水量が川底を流れている。かつては、田子の浦港と結ぶ川湊がこの付近にあり、大変賑わっていた。この粥ヶ淵の由来は、江戸時代の天明の飢饉(1782-1788年)の際、近くに住む豪農が米蔵を開け、不足分は私財を使って米を集め、飢饉に苦しんでいた村民に粥を振る舞った善行による。また、富士山の冷たい湧き水である川水は、魚等の保冷場としても使われていたという。


(プレートガーターの和田川橋梁。この先は、半径240mの右カーブになる。)

(和田川橋梁を渡る電車。後ろの紅白大煙突は、本吉原駅南側の大日製紙のもの。※共に再取材時に撮影。)

吉原方は、住宅密集地域の中の急な二段カーブを、フランジ音を軋ませながら、曲がって行く。こちら側には、古い踏切設備や寂れた歓楽街の建物があり、穴場的な鉄道撮影スポットになっている。この吉原南踏切の踏切板は、TKと大きく刻印された珍しい鋼鉄製である。


(吉原方。)

(駅舎横の吉原南踏切近くには、昭和風の木造スナックが残る。)

(吉原方の依田原踏切横から、上り吉原行き列車が停車中。※再取材時撮影。)

駅出入口周辺を見てみよう。細長いホームの北側の街道寄りには、駅舎と一体化したスロープと改札口がある。小さなパイプ柱をすり抜けると、開放的な待合室に国鉄風のプラスチックベンチが並ぶ。主要駅であるが、自動切符売り場は無く、昔ながらの出札口で硬券切符を手売りしている。なお、比奈駅が無人化した為、岳南線の途中駅で硬券を日中に発券しているのは、この駅だけになる(※注)。


(開業当時の駅舎と思われるが、傷みが激しいらしく、全面的に補修されている。)

踏切脇から見てみると、トタンで覆う様に全面補修されている外観や、鰻の寝床の様に間口が大変狭いので、駅の感じがしない。なお、この吉原は、故・いかりや長介氏が小学校卒業後に戦時疎開した町であり、駅横の踏切から電車を良く見ていたとの事。俳優やコメディアンとして有名であるが、元々は、ミュージシャンである。地元製紙会社に勤める傍ら、吉原のダンスホールで音楽活動を始めたそうで、今でも地元のファンが多い。地元商店街の中に、「長さん小路」と名付けられた路地もあり、地元住民の人気ぶりが判る。


(踏切横からの駅舎。)

駅舎裏の南側の一角には、9時30分から17時まで、見学入場自由の岳鉄資料館「まちの駅・ほんちょうえき岳鉄プラザ」が併設されている。丁度、展示替えの時期らしく、展示は少なかったが、鉄道貨物輸送時代の電気機関車の写真や、オリジナルグッズ等が展示されているので、鉄道ファンは寄ってみたい。


(岳鉄資料館「まちの駅・ほんちょうえき岳鉄プラザ」。富士市の観光振興策として、商店街の中に休憩所や簡易観光案内所を設け、おもてなしを目的としているという。業種も商店・寺・ホテルなど多岐にわたる。)

ここで、本取材時に訪問できなかったジヤトコ前駅も紹介したい。起点の吉原駅と、この吉原本町駅の間にある。

◆ジヤトコ前駅◆
昭和24年(1949年)11月開通時開業、起点の吉原駅から2.3km地点、所要時間約4分、所在地は富士市伝法、海抜5.0m。吉原駅と吉原本町駅間にある単式ホームの駅。乗降客は、岳南線で一番少ない。

かつては、日産前駅と呼ばれた日産富士工場の従業員専用駅であり、日中は通過していた。平成17年(2005年)に、工場名変更の為にジヤトコ前駅に改称。身延線入山瀬駅へ延伸する計画では、岳南西部線の分岐予定駅であったが、実現しなかった。なお、ホーム西側に列車交換設備用のスペースが残っており、同社の社会貢献事業として、2、3年後に芝桜の咲く駅にしようと整備しているという。

<
(花壇のある場所が、列車交換設備跡。西部線構想の跡であろう。)

(つづく)


(※注)
岳南富士岡駅でも硬券を発売しているが、平日の朝約2時間だけである。
起点の吉原駅では日中発券しており、交通系ICカードで購入もできる。
但し、IC乗車券としては利用不可。

ジヤトコ前駅は追加取材。

2017年7月13日 文章修正・校正
2025年1月10日 文章修正・加筆・校正

© 2017 hmd all rights reserved.
文章や画像の転載・複製・引用・リンク・二次利用(リライトを含む)や商業利用等は固くお断り致します。