岳南線紀行(10)比奈駅

時刻は13時を過ぎた所だ。岳南富士岡駅から下車観光を兼ね、隣駅の比奈駅(ひな-)に到着。昼食を摂り、湧水公園、竹採公園や古刹を観ながら、二時間程歩いて来た。比奈駅の周辺は、大きな製紙工場とその社員寮ビルが建ち並び、隣接する工場から大きな音はするが、日中でも人気が無い。なお、一般住宅は、北にある根方街道(ねかた-)沿いより、北側の高台に集まっている。

砂利敷の駅前は広く、大きな駅前ビルが建つ。地元タクシーのトンボ交通の営業所以外は、営業しているかは怪しい。かつて、工場従業員が通ったらしい昭和風の飲み屋、酒屋、喫茶店や食堂が、表看板だけを残して寂しげに並んでいる。三階建てのビルの上階には、事務所等が入っていたらしい。


(大きな駅前ビル。電光式看板も大分色褪せ、人気がない。)

この比奈駅は、昭和26年(1951年)12月の延伸時開業、起点の吉原駅から5.4km地点、所要時間約13分、所在地は富士市比奈にあり、海抜は3.6mになっている。前出のかぐや姫由縁の旧字「姫名郷(ひな-)」が駅名由来になっており、ロマンチックである。北に面した切妻平屋建て大型木造モルタル建築の駅舎が建ち、平成24年(2012年)3月の貨物取り扱い廃止と同時に無人駅になっている。この赤いトタン屋根は、岳南線の木造駅舎の標準色になっているらしい。


(比奈駅駅舎。傷みが激しく、継ぎ接ぎでトタン補修がされている。)

(駅出入口。)

(ホーム側から。後ろの大きなビルは、日本製紙の社員寮ビルである。)

岳南江尾寄りにある待合室に入ってみよう。壁際には、広告入り木製椅子がふたつ並び、銭湯の様な腰巻きの青色小タイルが昭和を感じさせる。開放的なコンクリート土間造りで、出入口の間口はとても広い。出札口はそのまま残っており、鉄道手小荷物窓口(チッキ)も、ほぼ原形のまま残る。戦後のモータリゼーション以前は、沢山の工場勤務の人達が通勤していた光景が浮かぶ。


(待合室と出札口周辺。)

(ベンチは、赤字で「衣料百貨のいさみや」、黒字で「◯田呉服店」と読める。※◯は不明瞭。)

有人駅時代は、硬券切符の取り扱いをしており、今では珍しい相矢式片道乗車券(※)や補充片道乗車券のJR線連絡切符も発券されていた。また、東京山手線内着の硬券新幹線経由片道連絡切符も、取り扱っていたという。硬券切符で新幹線に乗るのは、かなり珍しい乗車方法である。起点の岳南吉原駅では、今も発券しているので、時代錯誤的に利用するのも面白い。なお、規則により、在来線のみの利用も可能である(新幹線利用時は、三島経由の別途特急券等が必要。その後、JR連絡切符は廃止になった模様)。

無人化後は、駅前の白い建物から移転した鉄道模型店が、駅舎内にテナントで入っており、昼以降に開店しているらしい。本物の営業中の駅舎内に、鉄道模型店がテナントで入っているのも、全国でもここだけと考えられる。12畳ある元宿直室を利用した大型貸しレイアウト(有料)もあり、岳南電車のイベント時は、模型展示やグッズ販売等で協賛参加している。また、比奈駅や本吉原駅ホームのペーパークラフトストラクチャーも販売しており、独特なきのこ形旅客上屋を精密に再現する。
フジドリームスタジオ501公式HP(※末尾の501は、この駅で仕業についていた岳南ED501電気機関車が由来。)

島式ホームまでは、構内踏切が接続しており、楕円の鉄パイプで造られた改札口がある。改札横には竹灯籠が展示され、切り抜き絵と文字でかぐや姫を表している。構内踏切の柵としても、竹灯籠を寝かしてあり、照明を入れると模様が浮き上がる風流なもので、平成27年(2015年)夏のイベント時に制作されたという。


(改札口と竹灯籠。)

この比奈駅では、駅西側にある日本製紙富士工場の貨車取り扱いをしていたので、岳南線の駅の中でも、最も構内が広い。工場は岳南線を挟んで、吉原方の北側と南側にそれぞれある為、構内に線路が別々に接続している。当時、凸型電気機関車のED501が常駐し、吊り掛け音を唸らせながら、貨車の突放も頻繁に行っており、貨物駅としての役割が大きかった。なお、北側に合計三線(うち一線は、引き込み線共用)ある構内の貨物側線は、吉原方の本線と接続していないので、岳南富士岡方の興和工業南の貨物ヤードと対で使われていた。比奈駅で貨車を組成後、興和工業南の貨物ヤード出発線に引き上げ、吉原方に本務機を連結して出発した。


(駅舎横の集積場跡と貨物側線。現在は、有料駐車場兼保線資材置き場になっている。)

構内踏切を渡って、ホームに行ってみる。八本柱の中規模きのこ形旅客上屋がある。最盛期は、三両編成の電車が運行されたので、ホーム長はもう少し長い。なお、駅の南側は荒れ地が広がっており、少し離れた場所に中堅製紙メーカー丸富製紙等の再生紙工場が集まっている。


(きのこ形旅客上屋。上り吉原行き7000系電車7003が、到着する。※再取材時撮影。柱は再塗装されている。)

(吊り下げ式の古い国鉄風駅名標と、建て植え式の新しい観光駅名標がある。)

岳南江尾方を望むと、ふたつの踏切が連続してあり、興和工業南の貨物ヤードが少し見える。かつては、機回し線や興和工業工場内への引き込み線もあったが、撤去されている。ヤードの近くに行ってみると、最南側の本線とその横の出発線は、平坦ではなく、岳南江尾方に緩やかな上り勾配があり、満載発車をスムーズにするためらしい。また、貨車の流転防止の為、奥に並ぶ三本の貨物留置線は、緩やかなすり鉢状になっている。


(構内踏切横から、岳南江尾方を望む。青白の大煙突は、再生紙メーカーの興和工業のもの。)

(興和工業南の貨物ヤード。東側の荒川踏切横より。向こう側が吉原方。手前の右線路は引き上げ線になる。※再取材時に低倍率撮影。)

ホーム上には、瓢箪形の枯れた小さな池庭が佇む。端から吉原方を望むと、右に緩やかにカーブしながら、日本製紙の工場の中に線路が入って行く。北工場(日本製紙)側の引き込み線は、一線が途中分岐して二線になり、レールが一部取り外されている。南工場(旧・大昭和製紙)側は、ホーム前上り副本線から分岐した一線であるが、工場内で三線に分岐しているという。


(吉原方を望む。左から、南工場引き込み線、上り副本線、下り本線、北工場引き込み線、構内側線二本。)

構内が広く、遮るものが無いこの駅も、夜景撮影に適している。南側に建物が隣接せず、光が壁に反射しないのも良い。きのこ形旅客上屋の白い梁が美しく映え、興和工業の白い煙突も良いアクセントになった。


(夜間の比奈駅ホーム。再塗装後の再取材時に撮影。ストロボ無し、手持ち撮影。)

(つづく)


(※相矢式)
乗車駅名を切符の中央に置き、同運賃の上り下り方面駅名を左右に配し、矢印で示した切符。鉄道ファンの間では、「矢片」(片は片道乗車券の意味)ともいう。

2017年7月13日 文章修正・校正
2025年1月8日 文章修正・加筆・校正

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