別所線紀行(1)上田へ

長い冬が明け、大分暖かくなった5月中旬である。恒例の春旅は、やや遅くなったが、信州方面のローカル線に行こうと思う。近年、廃線の再危機から、存続活動が盛んである、長野県中部の上田電鉄別所線に行こう。

朝5時前に早起きし、先ずは、北への出発駅の上野駅まで向かう。中央改札口横のびゅうプラザで、別所線の起点の上田駅までの切符を手配する。首都圏から片道約200㎞しかないが、信越本線の横川駅から軽井沢駅間は廃線となって、交通難所化で時間がかかる上、日帰りの予定なので、長野新幹線(北陸新幹線)を使う事にしよう。


(上野駅中央改札口。やはり、北への旅立ちは、この駅が似合う。)

朝食のサンドイッチや飲料を手配後、新幹線改札を通って、地下20番線ホームに向かう。6時30分発の長野行き「あさま501号」の自由席に乗車する。新幹線は6時台から、北の各方面への朝一番の新幹線速達列車は約5分刻みの発車で、遠方に早く到着するには、夜行列車を利用した時代が長かった事を考えると、今は本当に楽である。車窓は全く楽しめないが、地方ローカル線訪問時に便利なので、新幹線を上手に利用したい。


(新幹線発車電光式案内盤。)

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上野630=======751上田
長野新幹線下りあさま501号・長野行き
E2系N3編成8両編成・1号車自由席4A席
(片道運賃料金・合計5,940円)
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20番線ホームで待っていると、東京始発のあさま501号が、滑り込んで来る。朝一番の長野行きは、意外に空いており、自由席も二割位の乗車率である。長野新幹線開業時に新製されたE2系は、足元が広くて快適であり、モーター音よりも空調音等の方が大きい。この東京方先頭車の1号車が、付随車であるかららしい。


(上野駅20番線ホームに、長野行きあさま501号が到着。)

上野駅を定刻に発車し、東北方面との分岐駅である大宮駅を過ぎると、高速運転に入る。大宮駅からは、ビジネス客が多く乗車して来て、座席の半分が埋まった。在来線では2時間もかかるが、北関東の鉄道要衝地である高崎駅に約50分で到着すると、半分近くの乗客が降り、入れ替わり乗車で四割位の乗車率となる。ここからは、山に向かって走り、幾つものトンネルと急勾配を登って、鉄道難所であった碓氷峠(うすい-)を軽々と越えると、上野駅から約1時間で軽井沢駅に停車。そこから、浅間山を右窓に少し望みながら、約20分で上田駅に到着する。


(上田駅新幹線2番線ホームに到着する。通過線の無い、対向式ホームになっている。)

なお、国鉄信越本線時代の長野・直江津行き特急あさま号は、上野駅を毎時1本発車し、繁忙期は臨時列車も多く運転され、軽井沢行き急行軽井沢号等も運転されていた。また、信越本線経由の金沢行き特急白山号も、若干運転されていた。上野から上田までの特急利用で2時間30分かかり、全て普通列車利用の場合は、上野から高崎までと高崎から上田まで各2時間を要したので、計4時間近くかかっていた。


(上田駅は、JR東日本の管轄駅である。)

日本海に向かう北国街道(ほっこく-)の宿場町であった上田は、千曲川上流の主要都市となっている。地勢は、東西は地溝帯、南北は山に挟まれ、市中に千曲川が流れる寒冷な内陸盆地で、年間降水量900mm程度の国内有数の少雨地域であるが、水利は良い。

千曲川右岸旧市街が発達し、上田城を擁する城下町であり、長野県内で三番目に大きな市の人口は15万人程である。また、六文銭の家紋や大阪冬の陣で名を轟かせた、真田一族の生まれ故郷である。関ヶ原の戦いに向かっていた、徳川秀忠(ひでただ/後の徳川幕府第二代将軍)の4万に近い大軍を、その約1/20の兵力で、この上田に完全に引き止めた史実も良く知られている。


(新幹線ホームからは、上田の町並みが見える。山々に囲まれている。)

ここで、上田電鉄別所線の歴史に少し触れてみよう。この上田駅より、塩田平(しおだだいら)と言う平坦地を横断し、古湯の別所温泉郷を結ぶ、路線キロ11.6kmの小さな民営ローカル鉄道である。

沿線の近代化と別所温泉への湯治客輸送の為、地元有力者達が発起したのが始まりで、上田温泉電軌こと、通称「温電」として、大正10年(1921年)6月に開業した。当初、上田駅に乗り入れておらず、千曲川を渡った先の三好町駅(現・城下駅北側付近)から、現・国道143号松本街道に沿った、青木駅までの10.6㎞の併用軌道線(路面電車線)であった。なお、途中の上田原駅から別所温泉駅(当時は別所駅)へ分岐した8.7㎞は、川西線になっていた。開業から3年後、千曲川に架かる鉄橋が架けられ、上田駅に乗り入れている。後に、上田原駅から青木駅間の本線は廃線になり、支線であった川西線が別所線になった。

また、昭和18年(1943年)には、上田市内から信越本線大屋駅(現・しなの鉄道)を経由し、丸子町まで南下していた、丸子鉄道(通称・丸鉄)を合併した。別所線、西丸子線、丸子線、真田傍陽線(-そえひ-)の四路線48㎞の大きな地方民営鉄道になり、戦後の昭和30年代頃に最盛期を迎えた。

その後、戦後のモータリゼーション化によって、別所線以外は廃線となってしまった。別所線自体も、昭和48年(1973年)に廃止方針が決定したが、存続運動と補助金による存続が図られ、90年代に補助金を返上する程、持ち直している。しかし、平成14年(2002年)頃になると、多発する地方鉄道の重大事故により、国土交通省指示で鉄道安全設備の整備が必要になった事から、存続問題が再発した。そこで、鉄道事業のみを分社化し、安全設備費と修繕費の公的支援を受ける事になった。

なお、開業当初から、東京の玉川電気鉄道から譲渡された電車で運行しており、蒸気機関車や気動車は運行されなかった路線である。玉川電気鉄道が後の東京急行電鉄に合併された事や、昭和の頃に経営再建の資本参加を受けた事から、東急グループに属する地方鉄道会社のひとつになっている。

◆路線データ◆
民営鉄道、上田駅から別所温泉駅間、路線キロ11.6km、駅数15駅、所要時間約30分、
狭軌1,067mm、全線単線、全線1,500V電化、ワンマン運転。

◆略史◆
大正10年(1921年)6月
上田温泉電軌青木線(三好町駅-上田原駅-青木駅間)と
支線の川西線(上田原駅-別所温泉駅間)が、同時に全線電化で開業。
全線、軌道法による、路面電車規格で開業する。
大正13年(1923年)8月
千曲川橋梁が架橋され、上田駅に乗り入れる。
昭和2年(1927年)12月
青木線の三好町駅から上田原駅間の併用軌道を廃止し、専用軌道化。
昭和13年(1938年)7月
青木線(上田原駅-青木駅間)廃止、上田駅-別所温泉駅間が川西線になる。
昭和14年(1939年)3月
軌道法から地方鉄道法による、一般鉄道に変更。川西線を別所線に改称。
昭和18年(1943年)10月 丸子鉄道を合併し、上田丸子電鉄となる。
昭和28年(1953年)9月 架線電圧を直流600Vから750Vに昇圧。
昭和38年(1963年)10月 西丸子線廃止。
昭和44年(1969年)4月 丸子線廃止。
昭和44年(1969年)5月 上田交通に社名変更。
昭和47年(1972年)2月 真田傍陽線廃止。営業路線は、別所線のみになる。
昭和59年(1984年)11月 鉄道貨物廃止。
昭和61年(1986年)10月 架線電圧を直流750Vから1,500Vに昇圧。
平成16年(2004年)12月 国・県・上田市から、鉄道安全設備と修繕費の公的支援決定。
平成17年(2005年)10月 上田交通から分社して、上田電鉄となる。

エスカレーターを降りて、改札口に向かおう。新幹線駅としては、改札口は小さく、静かな駅である。

改札口横では、真田の六文銭をあしらった赤鎧が迎えてくれる。六文銭の意味は、あの三途の川の渡り銭(冥銭)である。武士として、決死の戦いの意思も示したのであろう。この赤い鎧と共に、真田軍のシンボルになっている。


(新幹線改札口横の真田赤鎧と陣幕。)

この上田駅は、明治21年(1888年)8月に、官営鉄道が長野駅からの延伸時に開業した駅である。信越本線の主要駅として栄え、平成9年(1997年)10月のJR東日本の長野新幹線開業後は、第三セクターのしなの鉄道と上田電鉄別所線との乗換駅になっている。なお、平成6年(1994年)12月に、橋上化された。


(上田駅。ビルの壁面にも、六文銭のオブジェがある。)

千曲川沿いの低地であるが、標高は約450mあり、高原の空気を感じる。気温は18度位で、湿度も低く、とてもサラッとしていて快適である。

駅前には、大きなロータリーが整備されている。上田市周辺は、高原や温泉等の観光地が豊富で、高原リゾートやスキーが盛んである。代表的な観光地として、別所温泉の他、丸子温泉、菅平高原や美ヶ原高原等がある。


(ロータリー前の観光タペストリー。)

上田電鉄別所線の駅は、平成10年(1998年)に橋上化しており、新幹線改札口を一旦出て、左手の階段を上がったコンコースの奥に別所線の改札がある。


(上田電鉄別所線上田駅。)

(つづく)


【参考資料】
RMライブラリー「上田丸子電鉄」下巻
(宮田道一、諸河久著・ネコパブリッシング刊・2005年)
鉄道ジャーナルNo.472「地方鉄道レポート22・上田電鉄別所線」
(鈴木文彦著・2006年2月号)
上田市マルチメディア情報センター公式HP(上田市の公共機関)

2017年7月12日 FC2ブログから保存
2017年7月14日 文章修正・校正(濁点抑制と自動校正)

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