わ鐡線紀行(42)足尾駅 その2「駅付属設備と貨物ホーム。」

14時05分発の桐生行き上り722D列車「わ89形101・こうしん号」が、空気式汽笛を一声し、発車。水平対向エンジンの大きなボクサー音と、ジョイントを踏み鳴らす音が、遠くなって行く。山間の静かなローカル駅に戻ったら、この足尾駅の駅舎周辺の建物も見てみよう。


(1番線上りホームから、2番線下りホームを望む。)

改札口前の構内踏切を渡り、2番線下りホームから、山側の貨物側線【カメラマーカー】を眺めると、数本の側線があった様だが、幾つかのレールやポイントは取り外されており、草木や土砂に埋もれ始め、朽ちていく様は寂しさを感じる。しかし、ありのままの足尾の歴史でもあり、感慨深く感じる。かつて、この貨物側線の山側土手上には、濃硫酸の大型タンクと貨車積み込み設備があったと言う。

また、有効長も長く、機関車の高運転室に登る木のステップも残っている。また、ホーム寄りの側線は踏み面が錆びておらず、ホームへのステップもあり、足尾発間藤行き朝一番と二番列車の夜間滞泊に使われている。なお、ホーム寄りの二本の側線以外は、かなり荒廃している。


(間藤方の貨物ヤード。かつては、沢山の貨車が留置されていたのだろう。)

(桐生方の貨物ヤード。※完全逆光の為、ご容赦願いたい。)

島式ホーム横には、「わ89形201」が留置されている(※)。第三セクター転換時に導入されたレールバスで、先程の「わ89形101・こうしん号」の同形式セミクロスシート車になる。現役時代の愛称は「くろび号」であった。なお、「くろび」の由来は、上毛三山のひとつである、赤城山最高峰の黒檜山(標高1,828m)からである。既に、廃車となっていて、交換部品取り用と思われる。折り返し待ちの間藤駅で雑談した、若手運転士の話によると、「富士重工業の(鉄道用車両製造)事業撤退の為、メーカーのメンテナンスが受けられない」と話していた。整備現場では、消耗部品や予備部品の入手に苦心していると思われる。


(廃車された、わ89形201「くろび号」。)

駅舎側の1番線上りホームには、駅業務の補助設備も残っている。桐生方ホーム端には、開業当時の煉瓦造りの危険品庫【赤色マーカー】がある。当時、蒸気機関車の排煙の火の粉による火災防止や燃えやすい木造駅舎である事から、暖房や照明用ランプの灯油等は、駅舎から離れた場所にある耐火倉庫に保管していた。


(下り2番線ホームから、危険品庫正面。)

(道路側からの側面と背面。片勾配の波形スレート屋根になっている。)

神戸駅(ごうど-)のものと違い、上部アーチのある明かり採り小窓がある。
扉にも、欠円アーチ部分があり、大正建築らしい雰囲気を感じる。

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐵道足尾駅危険品庫」

所在地 栃木県日光市足尾町掛水字上掛水2316
登録日 平成21年(2009年)11月2日
年代 大正3年(1914年)
構造形式 煉瓦造平屋建、スレート葺、建築面積5.0㎡。
特記 本屋の南西に位置する。灯油等の危険品を収納するために造られた
間口2.7m、奥行1.8mの片流、波形スレート葺の煉瓦造平屋建。
外壁は半枚厚の長手積で、四隅に柱形を造り、開口部は欠円アーチ形とする。
わたらせ渓谷鐵道で数少ない煉瓦造建築のひとつ。

(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

ホームの中程、待合室のある駅舎本屋の並びに行くと、多客時や荷物を出し入れする臨時改札口兼通用口と手小荷物保管庫【黄色マーカー】がある。所謂、チッキ倉庫と呼ばれるもので、現存するものは少ない。その左隣には、駅員が生活した鉄道宿舎が並ぶ。


(臨時改札口兼通用口。)

(手小荷物保管庫。内部は非公開だが、棚が据え付けられている。担架置き場も兼ねていた。)

トラック輸送の宅配便が普及する前は、一般向けの小荷物輸送も鉄道が担っていた。発送人は駅から発送し、受取人の最寄り駅まで輸送したが、受取人は届いた小荷物を駅に取りに行かなければならなかったので、その小荷物を一時保管した倉庫になる。なお、主な国鉄駅では、発送人や受取人の住所まで、集配する有料サービスもあった。それを請け負っていたのが、現在の大手輸送会社・日本通運(日通/にっつう)である。足尾駅前には、日本通運の小さな営業所跡【緑色マーカー】も残っている。


(日通営業所跡。通運とは、元々、鉄道貨物輸送の事を指す。)

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐵道足尾駅手小荷物保管庫」

所在地 栃木県日光市足尾町掛水字上掛水2310
登録日 平成21年(2009年)11月2日
年代 昭和10年(1935年)
構造形式 木造平屋建、瓦葺、建築面積5.0㎡。
特記 本屋の北東に位置する。桁行2.7m、梁間1.8m、切妻造妻入とする木造平屋建で、
プラットホーム側に出入口を設ける。
外装は押縁下見板張とし、内部には棚等の造作を残す。
旧足尾線が旅客鉄道としての機能を充実していく過程を示す建築物。

(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

間藤寄りの鉄道宿舎並びには、大きな貨物ホーム【灰色マーカー】が残っている。
国鉄気動車キハ35系等も、留置されているので、行ってみよう。


(間藤方の貨物ホーム跡。)

この貨物ホームは、プラットホームのみならず、木造の大型上屋も残る貴重なものである。山中のローカル線であるが、当時の足尾の人口や鉱山街の活気を考えると、取扱量は非常に多かったと推測され、ローカル線の貨物ホームとしては大きい。道路側の砂利敷の部分も相当広く、島式ホーム・両流れの切妻屋根である事や、県道側にレールも残っているので、複数の引き込み線があったと思われる。

また、かつての足尾町内には、軽便鉄道が張り巡らされていた。古河鉱業の物流専門部署も置かれ、この足尾駅に到着した物資を積み替えて、古河鉱業の倉庫や町内各地に運んでいたと言う。なお、この軽便鉄道は、明治28年(1895年)に馬車軽便鉄道として開業し、大正14年(1925年)にガソリン機関車を導入、昭和28年(1953年)に廃止になっている。


(貨物ホームと上屋。)

(貨物ホームには何も置かれていなかった。)

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐵道足尾駅貨物上屋及びプラットホーム」

所在地 日光市足尾町掛水字上掛水2309他
登録日 平成21年(2009年)11月2日
年代 大正元年(1912年)
構造形式 [上屋]木造平屋建、スレート葺、建築面積179㎡。
[プラットホーム]石造、延長24m。
特記 本屋の北東に位置する。
三面を間知石の布積で築いた延長24mのプラットホーム上に、
桁行22m、梁間5.5m、切妻造、平側吹放ち、
妻側外装下見板張とする木造平屋建の貨物上屋を載せる。
貨物輸送の拠点として利用された、駅の歴史を伝える。

(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

留置されたキハ35系2両は、足尾町通洞にあるNPO法人の足尾歴史館が、静態保存車両として、管理している。残念ねがら、車内の見学は出来ないが、外観は自由に見学出来る。このキハ35-70(片運転台・朱色/首都圏色)とキハ30-35(両運転台・ツートン/国鉄一般色)は、平成8年(1996年)まで使われていた通勤形気動車(両開き外吊り3扉・ロングシート車)である。山間の寒冷地路線である足尾線では、冬季の車内保温性の良い二扉車のキハ20系やキハ40系が使われていたが、キハ35系も若干使われていたらしい。


(通称・タラコ色こと、首都圏色のキハ30形70。運転窓下の突起部は、踏切衝突事故時に運転士を守る補強板である。)

このキハ35形は、国鉄時代に高崎第一機関区に入り、そのまま、JR東日本に車両が継承された。廃車後は日光市に譲渡され、足尾駅に搬入されたが、長らく放置されていた。そこで、平成21年(2009年)、塗装会社の協力と鉄道愛好家のボランティア活動により、外装の補修と再塗装が行われ、大変美しい車体に戻ったとの事。また、民間ボランティアの有志鉄道保存事業である事も珍しく、鉄道博物館にする構想もあり、
大いに期待したい。なお、イベント時には、車内も公開展示されている。


(ツートン塗装のキハ30形35とタキ35811。)

キハの並びには、タンク形貨車2両も展示されており、こちらは動態保存車になってる。ガソリンタンク車の国鉄タキ35811(35000形)は、足尾線由来の貨車ではないが、大手石油輸送会社から譲渡を受け、博物館構想の為に搬入された。常備表記を見ると、JR東北本線郡山駅配属になっている。


(国鉄タキ35000形。昭和41年に開発した、35t積み国鉄標準形ガソリン専用タンク貨車。通称・黒タキと呼ばれる。異胴経・葉巻型のタンクが特徴で、1,000両以上が製造された。)

隣には、濃硫酸専用タンク車の国鉄タキ29312(29300形)がある。こちらは足尾線で運用されていた車両で、秋田県北部の小坂鉄道に転用後、20年ぶりの平成20年(2008年)に戻って来た。銅精錬の副産物である濃硫酸を、足尾本山駅や足尾駅から運び出すのに活躍していた貨車である。古河機械金属の旧社名「古河鉱業」の名が車体にあるが、特定用途の貨車は私企業所有の貨車も多く、運行を鉄道会社(当時は国鉄)に委託していた。なお、初配属時の常備駅も、この足尾駅になっている生粋の「足尾っ子」である。


(国鉄タキ29300形貨車。昭和51年に国鉄が開発した、39t積み濃硫酸専用タンク貨車。タンク部は鋼鉄製。製造車両数が62両と少なく、保存車は貴重である。)

貨車入れ替え用のスイッチャー(小型機関車)も、四両保存されており、一部の車両は動くとの事。足尾線由来の車両と、他線区から譲渡された車両がある。これらのスイッチャーも、年3回のイベント時に公開されている。


(カバーが掛けられたスイッチャー三両。他に、もう一両ある。)

開業当時の大きな木造駅舎と附属設備、完全な形で残っている客車ホームと貨物ホーム、そして国鉄気動車とタンク貨車。これだけの当時の鉄道設備環境が残っている現役の駅は、大変貴重と思う。今後も、貴重な鉄道遺産として、残して欲しいと思う。


(駅出入口から駅前を望む。)

次の上り列車まで時間があるので、もうひと駅隣の通洞駅(つうどう-)まで、歩き鉄を続けよう。

(つづく)


(※)わ89-201は、取材後の平成24年(2012年)秋に解体された。

【参考資料】
足尾駅保存車両一覧(NPO法人足尾歴史館・現地掲示)
足尾銅山写真帳(新井常雄)

2018年5月13日 ブログから転載・校正。

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