天浜線紀行(22)宮口駅 前編

通ってきた道を逆に戻り、岩水寺駅に向かう。徒歩15分程で到着、時刻は15時半過ぎたところである。陽はまだ高いが、春の斜陽になってきた。もうひと駅、訪問出来そうなので、隣駅の宮口駅に行ってみよう。下り新所原行き15時49分発の列車が、短い汽笛を鳴らしながら駅に到着する。

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【停車駅】◎→列車交換可能駅、★→国登録有形文化財駅
岩水寺★1549======1552宮口◎★
下り333列車・普通新所原行(TH2101・単行)
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後部乗降ドアから乗車し、駅スタンプラリー用の整理券を取っておく。車内の乗客は10人程だ。岩水寺駅を発車。真っ直ぐで平坦な線路を時速80kmで飛ばす。区画整理された広大な水田が線路南側に広がっているが、大きな倉庫や住宅が所々にあり、浜松近郊のベッドタウンとして、宅地化が進んでいる様である。

減速をしながら、緩やかな右カーブと高架橋を潜ると、所要時間3分で宮口駅に到着する。岩水寺駅との駅間距離は2.0kmしかない。この駅での列車交換は無く、汽笛を鳴らして、列車は直ぐに発車して行く。


(乗車してきた下り333列車・新所原行きが直ぐに発車して行く。)

宮口駅は、天浜線を東側と西側に分けているといえる駅である。駅の西方には、深山が横たわり、この先は天浜線の大きな峠越え区間になっている。天浜線沿線の人の移動と経済圏を、東側の浜松を中心とする経済圏と西側の豊橋を中心とする経済圏に分けているともいえる。


(ホーム上の国鉄風の駅名標。)

地形的には、駅の北側と西側に山が迫り、西側は段丘が南北方向に連なる事から、かつては、天竜川の広大な氾濫原の西端であったらしい。広大な天竜川平野部の北西の最奥部に町と駅がある。また、東海道北側の脇街道の宿場町であり、交通の要衝地として古くから栄えた。地名の由来は、地元古刹の若倭部神社(わかやまとべじんじゃ。現在は八幡神社)の門前である説と、平安時代からの旧字・三宅(みやけ。大和時代は屯倉と書き、皇室直轄地のこと)の転訛した説があり、はっきりしていないという。

駅の開業は旧国鉄二俣線が全線開通した昭和15年(1940年)6月、起点の掛川駅から19駅目、32.3km地点、所要時間約1時間10分、所在地は浜松市浜北区宮口、標高46mの終日無人駅で、距離と駅数共に天浜線の中間地点に位置している。構内配置は、東西に長く伸びた千鳥式ホーム2面2線の列車交換可能駅で、上り掛川方に長めの側線が1本と木造駅舎が残っている。

駅舎側下り1番線ホームから東側の天竜二俣方を見ると、乗降に使われている駅舎寄りの部分は、アスファルト舗装されているが、末端部は盛り土のままになっている。また、国道362号線の高架橋がオーバークロスするのが見える。


(天竜二俣方。貨物側線も残っている。)

側線脇には、バラスト置き場と小屋があり、保線用に使われている。側線の終端部も、山型にレールを組んだ懐かしいタイプの車止めが残る。


(側線終端の第2種車止め。)

西側の新所原方は、斜め向かいに上りホームがあり、遠く向こうの踏切を越えると、かなりの急坂が始まる。宮口の町中心部は、踏切の南付近になり、駅は中心部から東の外れにある。


(上り2番線ホームと新所原方。)

改札前の切り欠け階段を降り、構内踏切を渡って、上り2番線ホームに行ってみよう。上り2番線ホーム中程の待合所も開業当時のもので、このホームと共に登録有形文化財になっている。素朴で開放的な雰囲気な木造鉄トタン屋根葺きで、昭和初期のホーム待合室の雰囲気をよく残す。三方にある引き違い式の木枠三段ガラス窓、壁に据付のロングベンチ、外壁と天井の白色と内壁の若草色の対比も、国鉄時代を思い起こさせる。


(上り2番線ホームの待合所全景。)

(内部のベンチと木枠窓。)

(ホーロー製駅名標が打ち付けられた近景。)

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道宮口駅待合所及び下りプラットホーム(※注)」◆

所在地 静岡県浜松市浜北区宮口字山下119-2
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-0158
年代 昭和15年(1940年)5月
構造形式 待合所(木造平屋建、鉄板葺、建築面積12㎡)、
プラットホーム(コンクリート造、延長90m)。
特記 上りプラットホームの北、少し西方に位置する対面式プラットホーム。
90m長のプラットホームの中央に待合所が建つ。
桁行8.2m、梁間1.5m、木造平屋建、鉄板葺片流屋根。
南面を吹き放ち、三方を板壁に大きく窓を穿つ開放的な待合所。

※文化庁公式HPから抜粋、編集。
※ホームは上り掛川方面だが、文化庁の登録は下りホームになっている。

上り2番線ホーム端の新所原方から駅全景を眺めると、他の天浜線の駅よりも、ホームが千鳥状に大きくずれている事もあり、構内の複線区間は直線300m程もあるのに驚く。蒸気機関車時代、下り列車はこの駅で十分に蒸気圧を上げてから、峠越えに臨んだのであろう。


(宮口駅全景。ホームの長さは90mある。)

次は、駅舎を見てみよう。中規模の木造駅舎は遠江一宮駅とよく似ている。西側に独立した小さな倉庫があり、駅舎本屋から屋根が横に引き伸ばされている構造が珍しい。


(下り2番線ホームからの駅舎全景。)

上下りホーム共に登録有形文化財になっており、改札口の大型吊り引き戸は、開業当時のものであるが、今は使われていない様子である。また、中央部の改札柵は取り外され、端に木製の白い柵が残る。改札柵の柱を埋め込んでいた跡や吊り扉の床のレールは、コンクリートで埋められている。


(駅舎改札口周辺。)

(木造の大型吊り扉。)

(木造改札の柵が一部残る。)

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道宮口駅本屋及び上りプラットホーム(※注)」◆

所在地 静岡県浜松市浜北区宮口字山下119-2
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-0157
年代 昭和15年(1940年)5月
構造形式 本屋(木造平屋建、瓦葺、建築面積139㎡)、
プラットホーム(コンクリート造、延長87m)。
特記 桁行15m、梁間7.5m、木造平屋建、北面を吹き放ち、
87m長のプラットホームを設ける。
平面は東側を待合室、西側を駅事務室とし、
西面北寄りに物置を付属する。建設当初の構成を全体に留める。

※文化庁公式HPから抜粋、編集。
※駅舎側ホームは下り新所原方面だが、文化庁の登録は上りになっている。

(つづく)


2021年12月25日 ブログから転載・文章修正・校正。

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