大鐵本線紀行(23)青部駅

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千頭1350=====崎平=====1357青部
上り 普通 金谷行き
大井川鐵道16000系 (←16003+16103) 2両編成
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SL急行列車の見学と撮影も終わり、彼らの出発の前に千頭駅を離れる事にしよう。13時50分発の上り金谷行きの電車に乗り込み、ふたつ先の青部駅を目指す。

元・近鉄特急の16000系に乗車。乗客は10人位である。フワフワとした乗り心地に揺られながら、千頭駅手前のカーブを曲がり、大井川第四橋梁、田代トンネル、大井川第三橋梁を連続通過し、レールのジョイントを食みながら軽快に下る。カーブ途中にある単式一線の崎平駅に停車し、その先の大井川第二橋梁を渡ると、青部駅に到着する。

この駅で下車をする。乗車してきた上り金谷行きが、直ぐに発車して行く。ほぼ東西に配された一面一線の単式ホームを配し、駅構内は変更された形跡があり、専用の構内踏切は無くなっている。千頭方にスロープと、警報機や遮断機の無い小さな踏切があり、構内踏切と併用になっている。また、ホームの川側には大きな桜の老木が並び、この駅も桜の名所になっている。


(青部駅ホーム。)

この青部駅は、昭和6年(1931年)4月開業、起点の金谷駅から36.1km地点、17駅目、所要時間約1時間、1日乗降客数約20人、榛原郡(はいばら-)川根本町青部、標高265mの終日無人駅である。青部駅から終点千頭駅までの約3kmは、三つの鉄橋の架橋と田代トンネル開削に時間を要した為、同年12月に開通になり、約8ヶ月間は終着駅であった。

なお、この青部駅から終点の千頭駅までは、大きく蛇行する大井川を三回も渡り、本線最急勾配がある22‰(パーミル)の田代トンネルを、ノミによる手掘りで開通させ、工事は相当難航したと言われている。


(踏切からの青部駅ホーム全景。)

青部は、大井川が激しく蛇行している東岸の無双連山(標高1,084m)の山裾が、大井川に突き出した東西750m・南北460mの平坦地にあり、北西に向いた斜面には、茶畑とその中に住宅が点在する静かな里になっている。青部地区の北西の外れに駅があり、地区の人口は約160人との事。

地名の由来は、旧地名の「志太郡刑部郷(しだぐんおさかべごう)」が訛ったものと言われ、江戸時代の千頭・青部周辺は、幕府直轄領(天領)であった。戦後の電源開発が盛んであった頃には、中部電力の社宅もあり、今よりも人口が多かったと言う。また、ホームから大井川側を見ると、高い木立があって見え無いが、対岸には、昭和11年(1936年)から稼動している中部電力大井川発電所と連絡用の吊り橋(通行は禁止)がある。


(国土地理院国土電子Web・青部周辺)

金谷方を望むと、青部地区と沢間地区を隔てる山裾を潜る沢間トンネルが見える。ロープが張られた南側は旧ホームになっており、竹林の向こう側に大井川が流れている。


(金谷方と沢間トンネル。)

沢間トンネル内の勾配を登ると、この青部駅で水平になるが、再び、20‰の「青部坂」と呼ばれる長い上り勾配を登る。なお、次の崎平駅の標高は20m上がった約280m、終点の千頭は40m上がった約300mになり、ずっと上り調子である。坂に弱いSL列車は、勢い良く登坂する区間になっている。

遠くの線路上を越えている橋は、対岸の崎平地区から青部地区に接続するハーフループの道路である。東西に移動しにくい地形の青部地区は、やや交通の難所になっている。将来的には、対岸の国道362号線がすれ違いの困難な狭路の為、元藤川地区から藤沢橋を渡り、青部駅横を通る青部バイパスを建設し、崎平地区まで繋げる道路改良計画がある。


(千頭方。向こうに、名物の一本花桃がある。)

大きな開放式待合所がホームに建てられ、片流れ屋根の木造トタン造りになっている。駅舎とホームが離れている為、駅舎内の待合室は、あまり使われていない。

ホームの擁壁をよく見ると、昔のスロープ跡があり、この位置に構内踏切があったらしい。大井川鐵道本線の電化は、戦後の昭和24年(1949年)12月になり、ホームの嵩上げ部分の下にある事から、この構内踏切は電化以前と思われる。この大きな待合所も、造りが比較的新しく、ホーム移動と嵩上げ後の設置であろう。


(開放式待合所とスロープ跡。)

(日当たりも良く、木造ロングベンチが据え付けられている。)

駅舎の南側には、長さ1両分の旧ホームと思われる遺構がそのまま残っており、今は、レール置き場になっている。この旧ホームの手前に大きな広場もあり、貨物ホームと共用であったのかもしれない。また、大井川の川石が擁壁に使われており、道床部の嵩上げにも、使われていると言う。


(旧ホーム跡。)

現ホームの向かいには、大井川鐵道の標準的な中型木造駅舎があり、その間に広いスペースがある。以前は、レールが敷かれていたらしい。外装は補修されて状態は良く、かつての有人駅の記憶を留めている。ちなみに、先程の崎平駅も、木造駅舎が残っていたが、現在は取り壊されている。


(駅舎全景。)

(駅長の標識。)

(千頭方の駅出入口。)

駅舎内に入ると、待合室の木製ベンチ、出札口や手小荷物受付窓口もそのままであるが、がらくた等が置かれおり、やや荒れている。


(駅舎待合室内。)

暫くすると、古めかしいモーター音と共に14時06分発の下り千頭行き電車が、沢間トンネルを抜けてやって来た。この駅での乗降は無く、レールに「コー」と篭った車輪が転がる音を響かせながら、青部坂をゆっくりと登って行く。


(青部駅に到着した21000系下り千頭行き列車。)

木立の向こうから聞こえてくるせせらぎの音と発電所の変圧器の微かな音、ホトトギスの繰り返す鳴き声が聞こえて来る。今度の14時50分発の金谷行きを、待合所のベンチで待つことにしよう。

(つづく)


【参考資料】
JCCA協会誌・SLで楽しむ土木遺産「大井川鐵道」
(一般社団法人建設コンサルタンツ協会)
静岡県公式HP・島田土木事務所・国道362号線青部バイパス計画(平成23年-27年度)

2017年8月6日 ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月6日 文章修正・音声自動読み上げ校正

青部の歴史と地名の由来について、川根本町教育委員会様からご教示頂いた。
厚く御礼申し上げる。

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