中根駅【赤色マーカー】に戻ってきた。時刻は午前9時を過ぎた。駅時刻表を見ると、下り列車まで相当時間があるので、隣駅まで歩いてみよう。いわゆる、「歩き鉄」である。列車に乗るばかりも良いが、線路沿いにのんびりと歩くのも、車窓から気がつかない風物も発見できたりするので、なかなか面白い。なお、中根駅からは線路沿いに舗装された道路はないので、川の土手の農道を歩いて行く。なお、湊線の駅間距離では、2.3kmになっている。丁度良い散歩になるだろう。
(中根駅を出発する。)
この中根川は那珂川の一支流であるが、ふたつの支流を持つ一級河川になっている。勝田市街地の溜池を源流とし、延長は10キロに満たない短い川でありながら、水量は多い。河床はかなり低く、大きな用水路の様になっていて、農業用ポンプで水田に引水しているらしい。大きな葦や菜の花も河原に沢山生い茂り、水も綺麗そうである。
(中根駅近くの新中丸橋上から、中丸川上流方の流れと中根谷全景。遠く正面に、勝田駅近くの日立G1タワーが見える。)
(線路伝いの農道を歩いて行く。※逆光のため、勝田方に振り返って撮影。)
(農道脇の畦には小さな花々が。人工的な鉄道と対極的であるが、ホッとして、良い気分になる。)
(第二柳沢踏切付近【緑色マーカー】。警報機や遮断機のない、農道踏切が多い。トラクターの農家の人は休憩中らしく、乗っていなかった。)
川沿いの農道の轍を踏みしめながら、暫く歩いて行くと、40代男性がカメラのセッテングをしている。挨拶をして伺うと、地元の鉄道ファン(撮り鉄)で、なんと、三台のキヤノン製デジタル一眼レフカメラを使い、同時リモート撮影しているという。那珂湊駅で交換する下り列車がそろそろ来るそうのなので、一緒に撮影することになった。
(柳沢第五踏切【黄色マーカー】。)
(踏切脇の6キロポストと撮影準備をする地元鉄道ファン。)
しばらくすると、遠くからのジョイント音がレールを伝わって、徐々に大きくなり、派手な塗色のキハ37100-03「アニマルトレイン」がやって来た。鉄道撮影的には興冷めであるが、平成22年(2010年)4月から、ロータリークラブ15周年記念として、地元小学生達が描いた動物や将来の夢をラッピングし、地元や観光で訪れる子供達に大変人気がある。なお、後方車両(勝田方)は湊線新標準色のキハ3710-01で、シックな湊線オリジナル塗色であるが、アニマルトレインに合わせて簡単なラッピングをしている。
(下り阿字ケ浦行きアニマルトレイン。)
話を聞くと、この柳沢第五踏切【黄色マーカー】と、もうひとつの踏切がこの付近のお立ち台(定番の鉄道撮影ポイント)になっていると教えてくれた。この後、どうするかと尋ねると、部田野原(へたのはら)が広がる平磯・阿字ヶ浦(あじがうら)付近で撮影した後、那珂川対岸の鹿島臨海鉄道大洗線に行くと言う。1日に非電化ローカル線二路線を周遊撮影できるのも、なかなか贅沢である。
色々と話した後、「また、どこかでお会いしましょう」と別れ、更に川沿いに歩いて行こう。抜けるような青空が気持ち良く広がるが、風がとても強い。愛用の寅さん帽子が飛ばないように気をつける。前方に鉄橋が見えてくると、列車の汽笛とジョイント音が聞こえてきた。那珂湊駅で、アニマルトレインと交換した上り列車らしい。カメラを急いで構えて速写。ホワイトボディの元JR東海・キハ11の2両編成が、軽快なエンジン音と共に颯爽と走り抜けて行った。
なお、湊線は小さなローカル線でありながら、日中は毎時上下2本(約30分おき)の頻発ダイヤを基本とし、利用客の利便を重視している。慢性的な赤字経営が続くと、通勤通学時間帯以外は毎時上下1本になったり、更に1時間半から2時間毎に削減する路線もあるが、茨城交通時代末期よりも利用客は大幅に増加しており、効果をかなり上げている。
(柳沢第八号踏切を通過する上り勝田行き列車。右手奥の大きな建物は、障害者向け福祉施設のグループホーム。)
この中根駅から高田の鉄橋駅間は、人家の少ない田園地帯なので、警報機や遮断機の無い第四種踏切が殆どになっている。一番南にある柳沢第十踏切【青色マーカー】近くでは、農家が家族総出で田植えを行っている。
(柳沢第十踏切と田植え中の農家の人達。)
挨拶をしようとすると、先に「お疲れ様です」と頭巾姿のおばあちゃんから言われ、少し驚く。ここで撮影するファンも多いのであろう。農家の人達にとっては仕事場なので、くれぐれも迷惑がかからない様にしたい。今日は風が強くて、農作業が大変とのこと。また、「天気は良いのに、田植えはまだなところが多いですね」と尋ねると、「今日は縁起の悪い日だからね。明日は良い日なので、皆、明日から田植えをすると思うよ」と言う。都市住民にはわかりにくいが、古来から農作業に良い縁日があり、このエリアは昔ながらの風習が残っている様である。気象傾向や気温などの経験則と豊作祈願が結びついたものであろう。
農作業を見学しながらのんびりと待つと、先程の白いキハ11系折返しの下り列車がやってくる。2、3枚おもむろに撮影し、お礼を言って再び出発。湊線の代表的な鉄橋である中丸川橋梁は直ぐ先に架かっている。地元や鉄道ファンの間では、旧字(きゅうあざな)から「高田の鉄橋」と親しまれ、湊線は金上から那珂湊間のこの中根谷以外、台地の上に線路が敷設されており、鉄橋での渡河はここが唯一になる。
(中丸川橋梁。通称「高田の鉄橋」。左手後方土手は、湊線と交差する国道陸橋である。)
左右の側壁の高い、長さ46mの単線プレートガーター鉄橋である。残念ながら、開通当時の架橋ではなく、戦後の茨城交通時代末期の川幅拡張工事のため、国費負担で約2年、3億円の費用で架け替えられた。なお、レールは枕木を介さず、橋梁に直接固定されている。勝田方上流側に小さな銘板が打ち付けてあり、文字が一部潰れてよく判らないが、活荷重KS12(※)、竣工1998年(平成10年)4月、施工会社は東京鉄骨橋梁と読める。東京鉄骨橋梁は大正初期から鉄橋などを主に手がける大手ゼネコン清水建設系の老舗で、日本ファブテックに社名変更し、各地の鉄道橋で見られる他、瀬戸大橋や東京台場のレインボーブリッジなども施工している。
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この鉄橋を渡ることはできないので、一度、川橋と国道に迂回し、対岸に向かう。そして、高田の鉄橋駅にやっと到着。途中の寄り道もあるが、中根駅を9時15分に出発したので、徒歩1時間15分かかったことになる。
この高田の鉄橋駅は湊線で最も新しく、平成26年(2014年)10月1日に開業した地元請願駅で、湊線の駅として10駅目、56年ぶりの新駅設置である。場所的には、那珂湊市街地の最北端にあり、周辺には新興住宅地が広がる。中丸川橋梁を渡った直ぐ先の国道陸橋真下に設けられている。
(高田の鉄橋駅全景。陸橋のクロス部にあり、屋根代わりになっている。)
起点駅の勝田から7.1km地点、所要時間約12分、大人普通運賃310円(勝田から)である。なお、「高田」はこの付近の旧字(きゅうあざな)で、既に消滅しており、現在はひたちなか市横堰(よこぜき)になっている。背後は住宅地が広がっているので、利用客は意外に多い。朝夕以外の日中は、各列車毎に、3、4人は乗降する感じである。
1面1線の単式ホームは3両編成程度の長さと、開放式待合室を備える簡易な設備がある。安全対策のため、最新式の列車接近警報機が2基整備されており、光と音で知らせてくれる。
(阿字ケ浦方から、ホーム全景。)
しかし、大雨などを凌げるのは良いが、鳩のフン害で困っているらしい。この大きな国道橋真下は格好のねぐらなので、致し方なかろう。なお、電化の計画があるならば、架線を通すため、この陸橋をもう1メートル高くする案があった。しかし、当時の茨城交通では、その予定がなく、非電化の高さになっている。
勝田方を見ると、直ぐにこの駅由来の高田の鉄橋こと、中丸川橋梁がある。ちょうど、7キロポストも脇に設置され、堤防の盛り土部の短い微勾配がある。また、中根谷の入口部なので、谷の奥行きもよく分かり、中丸川ももう少し下ると、那珂川に合流する。
(勝田方と中丸川橋梁。)
反対側の阿字ヶ浦方は、直線の平坦線路が延び、そのまま那珂湊市街地へ入って行く。なお、この高田の鉄橋駅周辺は、中丸川と那珂川の合流地点に近く、海にも近いため、海抜は4、5mしかない。
(阿字ヶ浦方。)
(国土地理院電子国土ウェブ。高田の鉄橋駅周辺。)
もちろん、アート駅名標も追加設置されおり、勝田方と阿字ヶ浦方に各1基ある。平成末期の新駅のためか、鉄橋以外は名所がなく、他の湊線の駅と比べてもシンプルなデザインになっている。
(追加設置されたアート駅名標。)
今度の10時55分発の下り阿字ヶ浦行き列車に乗車し、那珂湊に向かおう。ゴールデンウィークの混雑のためか、3分遅れで、先程の撮影したアニマルトレインがやって来た。3人下車し、自分を入れて2人乗りこむとすぐに発車。2両編成の車内は立ち席も多く、ほぼ満員である。
(10時55分発の下り阿字ケ浦行きが、3分遅れで到着する。)
平坦の線路を軽快に直進する。直ぐに家々が立ち込んできて、県道と交差する大きな踏切を通過すると、広い構内の那珂湊駅に約4分で到着する。
(那珂湊駅に到着。)
ここで下車をしてみよう。那珂湊は沿線一の大きな街であるので、古刹や名所も多い。本日の沿線下車観光のメインになる。2両編成の列車から、地元客や観光客がどっと下車した。ゴールデンウィーク中であるが、普段からこの位の乗客があるならば、小さな地方民営ローカル線も安泰に感じる。
(那珂湊駅で下車をする。)
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高田の鉄橋1055=======1059那珂湊
※混雑のため、定刻から3分遅れ。
下り阿字ケ浦行・2両編成・ワンマン運転
←キハ37100-03(アニマルトレイン)+キハ3710-01
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(つづく)
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(※KS荷重)
昭和以降の蒸気機関車時代から国鉄時代まで使われていた、鉄橋強度を示す数値。KS12は最大軸重12トンまでを示し、かつて、国鉄ローカル線は最大11トンを基本としていたため、それに余値を加えた数値になっている(国鉄からの直通乗り入れなどがあったため、各地の古い民営鉄道は国鉄に準じている場合が多い。)。なお、鉄橋の架替えは困難なため、鉄橋がその路線の最大軸重になる場合が多い。幹線で使われていた重量級機関車がローカル線に転用される場合、軸重の軽減改造を行うこともあった。
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