銚子電鉄紀行(15)つりきんめとヤマサ醤油工場

大杉神社の近くの民家の一階に、暖簾が掛かっている。店先には、「つりきんめ」の張り紙が張り出されており、漁師相手の小さな食堂らしい【食事マーカー】。

「つりきんめ」とは、この外川港で水揚げされる金目鯛の事で、親潮と黒潮に揉まれ、脂が年間に通じて良く乗っており、大変美味である。深海の魚であるが、一匹ずつ丁寧に釣り上げられるので、「つり(釣り)」と付く。張り紙につられて、入ってみる事にしよう。


(漁師食堂。店名は不明である。)

店内は、テーブルが三つ程ある、家庭的な落ち着いた雰囲気になってる。年配のお母さんが、「いらっしゃい」と迎えてくれた。メニューを見ると、定番的、尚且つ、良心的価格で、ラーメン、焼きそば、カレー、カツ丼と、男漁師が満足しそうな満腹系メニューが並び、ラーメンも500円と安い。やはり、つりきんめの煮付け定食(税込1,600円)が、お勧めとの事なので、注文する。


(メニュー表。外川散策時の昼食や小腹が空いた時にも、良さそうである。)

注文を受けてからの手作りになるので、暫く待つ。その間、この外川の町の話や東日本大震災の津波の話も、聞かせて頂いた。この外川港でも、津波が東から三度来襲し、波も上がって大変であったが、犬吠埼が津波をふたつに分けたので、威力は大分落ちていたとの事。また、過去に大津波が何回かあり、普段からの津波に対する防災意識が高く、急斜面に住宅があって、事前避難で大きな被害は無かったとの事。なお、九十九里浜北端の飯岡町は、太平洋に突出した平坦地の為、大きな被害があった。

料理が出来上がった様である。今朝、水揚げされた新鮮な金目鯛らしい。この金目鯛は、県外では、「銚子つりきんめ」の名前で知られており、外川港所属の漁船のみが獲れるそうで、高級ブランド魚になっている。深夜に操業、早朝に水揚げし、午前中に市場に卸されるので、鮮度がすこぶる良い。
銚子釣りキンメ公式HP

早速、食べてみよう。漁師町の家庭風のやや濃い味付けであるが、甘辛の上品な味で、脂はくどくなく、旨味が染み渡る感じである。身のほぐしも良くて、非常に美味しい。


(つりきんめの煮付け定食。キンメは半身であるが、肉厚で量もある。)

小鉢の鰯も生臭くなく、柔らかく、骨まで食べられる。「キンメのスープも食べてみるかい」と聞かれたので、「お願いします」と伝える。味はかなり濃いが、不思議に塩辛く無く、非常にコクがある。


(ご好意で頂いた、つりきんめのスープ。)

銚子港周辺でも食べられるが、本場の外川港の港前、漁師の家庭風味付けの金目鯛の煮付けをご馳走になり、大満足である。お礼を言って、出発しよう。

手製の案内板のある、長屋通りが駅への近道らしいので、ここを登って行く。「し」は、ミニ資料館、「とこ」は、床屋かもしれない。そこを左に曲がれば、外川駅に出るらしい。


(長屋通り。)

(オリジナルの案内板。※トリミング拡大済み。)

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外川1215====1232仲ノ町
上り銚子行 2000形2両編成(2002+2502)
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外川駅に戻って来ると、12時15分発の白い2000形電車が待っている。「ジジジジ」と、昔ながらの金属ベルが、けたたましく鳴り、直ぐに発車となる。外川駅からの乗客は数人であるが、途中の駅から、ぞろぞろと乗車して来る。笠上黒生駅(かさがみくろはえ-)からは、銚子駅から折り返しの女性車掌氏も増し乗務となり、乗客は40人近くになっている。この時間帯は、銚子に所用で出かける人が多いらしい。

所要時間約17分で、仲ノ町駅に到着。この駅で下車し、銚子方の踏切を越えて、ヤマサ醤油の工場に行ってみよう。踏切先の左手に、ヤマサ醤油第一工場の正門があり、醤油の濃厚な香りが漂っている。


(ヤマサ醤油第一工場正門。)

正門の左手に、工場見学センターがあり、予約時の氏名を申し出ると、ビデオ上映に案内される。今日の見学者は20人位。ビデオ上映では、簡単なヤマサの歴史と醤油造りの解説があり、オリジナル酵母の「ヤマサ菌」の名前が皆の笑いを誘う。醸造は半年もかかり、1日に1Lパック換算で40万本製造出来るそうで、工場広さは七万坪、東京ドーム四つ分の大工場であるが、その70%は発酵する為の仕込み蔵である。上映の後は、近くにある仕込み蔵までの引率見学になる(仕込み蔵は撮影禁止)。


(ヤマサ醤油工場見学センター。)

この銚子は、関東一の醤油の町であり、関東三大醤油メーカーのうち、ヤマサ醤油とヒゲタ醤油が大きな工場を置いている。銚子の醤油の歴史は、江戸に幕府が置かれた江戸時代以降になり、沖を流れる海流の影響で、夏は涼しく、冬は温暖で、湿気も多い事から、酵母菌を発酵させるのに適している。かつては、中小の醤油醸造所が沢山あった。また、三大原料である塩、小麦や大豆の産地に近く、利根川の水運を使って、大消費地の江戸に製品を出荷できる立地の良さもあった。

なお、ヤマサ醤油は、国内二位の生産量を誇る大メーカーで、国内シェアは約10%あり、同三位のヒゲタ醤油と共に銚子系醤油と言われている。ヤマサの歴史は、徳川三代将軍・家光の治世の正保2年(1645年)に、紀州(現・和歌山県)より移住して来た、濱口儀兵衛(はまぐちぎへえ)によって創業した。当初は、紀州湯浅系(関西系)の醤油造りをしており、幕末期から関東系醤油造りが始まったとの事。濱口儀兵衛も、外川港を築港した崎山次郎右衛門に影響を受けたと言われ、同じ広村(現・和歌山県有田郡広川町)の出身であるのも、奇遇では無い。なお、ヒゲタ醤油の先祖も、同郷・同族との事である。

仕込み蔵を引率見学し、見学センターまで戻って来る。上映場の前には、昔使われていた仕込み桶が寝かして置いてあり、記念撮影が出来る。この桶は、五十石(約9,000L)入る大きなものとの事。


(仕込み桶。)

また、工場内で貨車の牽引をしていた、社有ディーゼル機関車が、大切に屋内展示されている。大正末期に輸入された、現存する日本最古のディーゼル機関車であるらしく、昭和39年(1964年)まで使われていた。オーベル社とウーゼル社の合同製作で、内燃機関4サイクルエンジンの考案者である、ニコラス・アウグスト・オットーの名から、「オットー」の愛称で親しまれていた。


(オットー機関車。※ブログ公開承諾済。)

(銘板。)

自重7t、牽引貨車10両(約250t)、動輪の二軸ロッドと丸窓の可愛らしいデザインである。国鉄貨車と連結をする為、標準仕様の自動連結器を前後に装備し、とてもアンバランスな感じがするのが面白い。また、非公開であるが、プラットホーム跡や軌道跡も、工場内にある。なお、ヤマサの屋号の「上」の字は、江戸幕府に「最上醤油」の名を与えられた証との事。


(運転室とヤマサ商標。)

見学の最後は、ヤマサ製品のプレゼントも貰え、醤油アイスクリームの試食(有料/250円)と直営店の買い物タイムである。女性観光客は直営店で、買い物を楽しんでいるので、特製の醤油アイスクリームを食べてみよう。アイス専用のマル秘の黒蜜風醤油ソースを使い、ほんのりとした醤油の甘さと香りがあり、意外に美味しい。なお、ヤマサ醤油では、香りを重視した製品づくりをしている。


(特製の醤油アイスクリーム。)

【ヤマサ醤油工場見学案内】
見学は、事前予約が必要な為、詳しくは、公式HPを御覧下さい。
ヤマサ醤油公式HP・工場見学のご案内

仲ノ町駅に戻り、残りの時間は、撮影や取材はあまりせず、ひたすら乗る事にしよう。ほのぼのとした沿線の風景と、地元の人達の足として活躍している姿が、とても印象的である。また、駅間距離も1km未満なので、駅間歩きも楽しい。


(観音駅から仲ノ駅に歩いていると、タイフォンを鳴らして、電車が通り過ぎる。)

(電車を見に来た男の子。高校生も、そろそろ帰宅時刻になる。銚子駅にて。)

何往復かすると、夕闇が迫って来た。時刻は18時30分。今、終点の外川駅である。外川駅ホームの白熱灯が煌々と灯り始め、懐かしく、幻想的な光景になる。


(夕闇の外川駅ホーム。)

日中居た初老の駅長氏は、退勤しており、駅舎内には入れない。そろそろ、この銚子電鉄の旅も、終わりに近づいて来た。最後に、縁起駅である本銚子駅(もとちょうし-)に立ち寄り、帰る事にしよう。

(おわり/銚子電鉄編)


銚子電気鉄道公式HP

銚子観光協会公式HP


ヤマサ醤油工場内の見学センター周辺のブログ掲載は、許可済み。

【参考資料】
現地観光案内板・現地観光案内
ヤマサ醤油工場見学者向けパンフレット(ヤマサ醤油発行)

【本取材日】2012年4月1日・2日の2日間
【追加訪問日】2015年12月27日(外川と長崎鼻の追加取材)
【旅カメラ】PENTAX Optio S10(本取材時)・PENTAX MX-1(追加取材時)

2017年7月15日 FC2ブログから保存・文章修正(濁点抑制)・校正

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