ホーム周辺の見学や撮影をしていた鉄道ファン達は、折り返しの14時23分発上り木更津行きの発車時刻が近づくと、次々に列車に戻っていく。自分は3時間後の列車で戻るので、駅改札口付近で待機する。
2両編成の上り列車は定刻に発車。しかし、数メートル走ったかと思うと、けたたましいエンジン音が落ちて、急停車をしてしまった。若い運転士氏が右側の運転室窓から顔を出し、こちらを見ている。どうやら、自分の姿がホーム上の後方安全確認用ミラーにちらっと見えたので、乗り遅れの乗客と思ったらしい。大きく手を振って「大丈夫です」と伝えると、再び発車して、急勾配を下って行く。まさか、3時間後の列車に乗るとは、思わなかったのだろう。少し迷惑を掛けてしまった。
(再び発車した折り返しの上り木更津行き列車が、急勾配を下って行く。)
上り列車が行ってしまった駅は、他に誰ひとりもいない。しんと静まり返って、本来の行き止まりのローカル終着駅の雰囲気に変わった。こんな独占も心地良い。時間も十分にあるので、駅から800m離れている千葉県最大の亀山湖周辺まで足を延ばしてみよう。まだ、午後の14時半なので、陽もかなり高く、汗ばむ陽気である。
(駅前駐車スペースにある大きな観光案内板。亀山湖周辺は、ハイキングコースやキャンプ場なども多い。)
駅前には、5軒連なる小さな商店街【赤色マーカー】があるが、両脇のたばこ兼荒物屋と酒屋のみ営業している。駅舎正面の一等地にある二軒は廃業し、大きな観光地案内看板も剥げ落ちている。昭和56年(1981年)に亀山ダムが竣工し、新しい観光ダム湖としてオープンしたのであろうが、相当な草臥れ具合である。なかなか、人工的な山中の観光立地は難しいと感じる。
駅出入口正面の魚源商店は、大きな土産店兼観光案内所であったらしい。今は、夕方から営業する小さな居酒屋が、間借りするように隅に入る。その右隣には、派手な歓迎板を掲げる沖津屋支店がある。駅から約5km先の七曲川温泉に同名の温泉宿があり、旅館送迎案内所であったかもしれない。旧・魚源商店の道を挟んだ向かい並びには、アルミチックな看板建築のたばこ兼荒物屋があり、店名はどこにも書いていないのが謎である。そっと覗いてみると、薄暗い店内にお婆ちゃんが静かに店番をしていた。
(廃業した魚源商店と沖津屋支店。)
(魚源商店向かい並びにある店名不明のタバコ屋兼荒物屋。※)
また、魚津商店の裏手にも、朽ち果てた大きな建物があり、廃業した駅前旅館らしい。坂上の山際には、駅前集落を見下ろす様に熊野神社が鎮座し、その左手に十一面観世音菩薩を御本尊とする小さな観音堂もある。
(魚源商店裏の駅前旅館。こちらもだいぶ前に廃業したらしい。玄関は洒落た造りである。)
(熊野神社。案内板はなく、由緒は不明。土手に昭和61年に改築されたと記された記念碑がある。)
(観音堂。縁起は不明であるが、明治政府による、熊野神社の神仏分離であろう。)
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亀山湖へ向かおう。この駅前通りを、駅から右手に歩いて行く。今も営業している亀田屋酒店の中年夫婦が、店先でのんびりと過ごしているので、挨拶を交わす。
(駅前通りを進む。右のプレハブ建物は、夜間滞泊などの乗務員宿泊休憩所である。)
この先の右に曲がった場所に、ホームから見える車止めがある。線路の左右には、桜並木があるので、ホームに停車した気動車とコラボレーションするお立ち台(※)にもなってる。桜が終わったこの5月の時期は、線路の若草と小さな黄色い花が沢山咲いており、とても可憐である。
(久留里線終端の車止めと若草の線路。)
(車止めからの桜並木。※上り列車の折り返し発車前に撮影。)
道路脇に亀山湖への案内板がある。それに従って、畑が混在する疎らな集落の中を南に歩いて行く。肉屋、米屋や釣具店もあるが、ここも相当前に全て廃業している様子である。途中、案内放送をスピーカーで流しながら、マイクロバス改造の移動販売車が巡回していた。久留里駅前の商店街にある老舗精肉店兼食料品店の「鳥健畜産商会(屋号は、みーとあらかると鳥健)」と車体後部に記されている。商店が殆ど無くなったこの地区を支えているらしく、地元の年配住民も買いに来ている。
(鳥健の移動販売車「さくら生鮮便」と藤林集落。)
(廃業した鈴木精肉店。昭和な廃れた雰囲気が好きな人には堪らないだろう。)
この先の小さな丘の雑木林を越え、約450m・5分程歩くと、国道465号線の上総亀山駅入口交差点に到着。直ぐ先には、国道465号線の藤林大橋が架かり、亀山湖の湖面が見える。
この亀山湖は、小櫃川河口の上流50kmに造られた亀山ダムによって誕生したダム湖(人造湖)である。親水公園の他、25の橋を巡るサイクリングコースやハイキングコースが整備され、ボート遊びも楽しめる。特に、関東でも屈指のブラックバス釣りの名所としても知られ、船釣りを楽しんでいる釣り人が大勢見える。自然破壊とよく揶揄されるダム湖としては、周辺の自然との調和が美しいとの事。春はスプリングフィスティバル、夏は亀山湖上祭の5,000発を打ち上げる大花火大会、秋は関東エリアで一番遅い紅葉の名所としても有名で、オータムフィスティバルやハイキング大会も開催され、紅葉シーズン中は約10万人もの観光客で賑わうという。また、湖畔には、亀山温泉と呼ばれる県内随一の湧出量の温泉も湧き、大規模温泉ホテルもある。
(藤林大橋上からの亀山湖【カメラマーカー】。小櫃川上流方になり、源流は石尊山の麓である。)
(藤林大橋の南に架かる川俣大橋【橋マーカー】。老朽化の為、大型車は通行止になっている。鋼単純ランガーアーチ橋で、長さ115m・幅員5.0m・昭和50年[1975年]1月竣工とのこと。)
川谷がそのまま湖になっており、幅はあまりない。亀山ダム【青色マーカー】の本体が、何処にあるのか判らない為、観光案内板を確認して、ダム本体まで行ってみよう。ダムに沈んだ集落名から名付けた赤いローゼ橋の川俣大橋を渡って歩く。
徒歩約15分で、ダムと親水公園のあるエリアに到着。この亀山ダムは、昭和56年(1981年)3月に完成した千葉県が管理する多目的ダムで、洪水防止や水道水確保を目的としており、発電は行っていない。ダムは高さ34.5m・長さ156.0mあり、放流管二基とラジアルゲート四門を装備。特に大きなダムではないが、東京ドームの約12杯分の貯水量がある千葉県下最大の湖を擁している。
(重力式コンクリートダムの亀山ダム。)
(ダム本体右岸の親水公園【黄色マーカー】。山中であるが、気持ち良さそうに日光浴をしている家族連れもいた。)
親水公園周辺は展望が開けており、湖面がよく見えて、水際まで行ける。遠く対岸には、水上鳥居が建立している。川谷に沿った湖畔線が複雑なため、湖全体は見渡せない。なお、この親水公園の南端には、貸しボート店と桟橋あり、結構繁盛している。
(親水公園からの亀山湖。公園には、東屋やベンチも設置されている。)
(対岸にある水上鳥居【鳥居マーカー】。亀山水天宮のもの。※光学ズーム撮影。換算112mm相当。)
「房総の奥座敷」ともいわれる山中であるが、日照りが強く、体が火照ってきた。ダム横にある観光案内所「亀山やすらぎ館」【カップマーカー】内のレストラン湖畔亭で休憩しよう。中は冷房が良く効いて心地良い。とても広々としているが、客は自分ともうひとりだけである。ゴールデンウィーク真っ只であるが、かつては観光客で賑わった観光レストランであったのだろう。ダムを模した「ダムカレー」が名物との事。
アイスコーヒーを注文。置いてあった観光マップを貰い、それを見ていると、三石山(みついしやま/標高282m)と呼ばれるピークと古刹があるらしい。山頂に三つの巨大奇岩があり、その下に張り付く様に建てられた観音寺は三石観音として知られ、南北朝時代と戦国時代の間の室町時代・応永27年(1420年)の創基の古寺とされる。険しい山中の寺であるが、航海安全と縁結びに御利益があるとされ、漁業関係者の参拝が多いという。
地図を見る限りでは、相当な山道を登るらしい。中年の女性ウェイトレス嬢に「三石山に行く路線バスはありますか」と尋ねた所、「今は無いですね」との事。ここから車で20分程度らしく、バスがあれば行ってみたいと思ったが、残念である。
君津市公式HP観光スポット「三石山観音寺」
アイスコーヒーをお代わりし、十分に涼めた。時刻は、16時30分前である。少し早いが、上総亀山駅に戻る事にしよう。
(藤林踏切脇からの上総亀山駅全景。※光学ズーム撮影。換算112mm相当。)
(つづく)
(※お立ち台)
鉄道撮影の名所の通称。「お立ち台通信」という鉄道撮影専門誌もある。
【参考資料】
現地観光歴史案内板
2018年3月18日 ブログから転載。
2024年8月25日 文章加筆・校正・修正
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