大鐵井川線紀行(1)川根小山へ

平成21年(2009年)の春、静岡県西部のローカル民営鉄道である大井川鐵道に訪問した。その支線である井川線は、本線終点駅である千頭駅(せんず-)から、大井川上流の井川ダム湖畔にある井川駅を結ぶ、路線長25.5kmの山岳鉄道になっている。あまりにも険しい地形から、土砂災害も多く、頻繁に運休する路線でもある。

元々は、電力会社の大井川流域のダム建設用に敷設され、ダムの完成後は、設備保守や地元産木材の輸送に活躍した路線である。鉄道設備や車両は、中部電力が所有しており、大井川鐵道に運行を委託している。現在は、「南アルプスあぷとライン」の愛称が付けられた観光路線になっており、沿線の秘境温泉訪問、南アルプス登山や観光、静岡県内有数の紅葉を目当てに、大勢の観光客が訪れている。

先に、井川線の略史を見てみよう。千頭駅まで大井川鐵道本線が開通した6年後に、大井川ダム(アプトいちしろ駅付近)まで、敷設されたのが始まりである。

◆井川線の略史◆

昭和10年(1935年)
軌間762mmの千頭駅〜奥泉大井川堰堤駅間が開通。
(奥泉大井川堰堤駅は、既に廃止。現在のアプトいちしろ駅付近。)
昭和11年(1936年)
軌間1,067mmに改軌(本線と同じ軌間になる。但し、トンネル等はそのまま)。
昭和29年(1954年)
井川駅の先の堂平駅(貨物駅・現在は廃止)まで延伸。ルートの一部変更。
昭和34年(1959年) 大井川鐵道に運行を委託(観光鉄道化と駅多数開業)。
昭和46年(1971年) 井川駅〜堂平駅間の貨物線1.1kmを廃止。
昭和48年(1973年) 定期貨物列車の廃止。
昭和56年(1981年) 川根小山駅から奥泉駅間のルート変更。
平成2年(1990年)
アプトいちしろ駅〜接岨峡温泉駅間を新線に付け替え。
アプト区間が開通(アプトいちしろ駅〜長島ダム駅間)。
平成21年(2009年) 全線ATS(自動列車停止装置)を整備。

開通当初から、蒸気機関車ではなく、内燃機関(当初は、ガソリンエンジン)の機関車を導入していた。また、狭軌1,067mmに改軌をしたのは、貨車を本線に直通運転する為である。なお、トンネルや鉄橋の大きさは、そのままになっており、車両は軽便鉄道並みに小さくなっている。

千頭駅の一番山側の6番線、井川線専用ホームに向かう。ホームの大きな観光看板が目を引き、これからの旅を期待させてくれる。なお、千頭駅の標高は298m、終点井川駅は686mあり、高低差388mを登って行く。


(千頭駅井川線ホームの観光看板。)

井川線専用の6番線ホームには、列車が既に入線している。大井川鐵道本線と同じ狭軌1,067mmであるが、車両限界が小さく、軽便鉄道の様である。背が高い人は、注意しないと、客車の乗降口や天井に頭をぶつけてしまう程、低くなっている。また、井川線の列車は、全て機関車と客車の客レ運行(客車列車運行)になっており、車掌も乗務する。


(井川線専用のディーゼル機関車DD20形。)

終点の井川行き列車は、安全対策の為、ディーゼル機関車が客車を後押しし、急勾配を登る。なお、運転席は井川方の先頭客車にあり、遠隔操作されている。今日は、観光ハイシーズンの最長の客車7両編成になっている。

井川線専用ディーゼル機関車はDD20形と呼ばれ、このDD203「Brienz(ブリエンツ)号」は、昭和58年(1983年)日本車両製造、車体長8.0m、自重20t、B-B軸配置、アメリカ・カミンズ社設計の355馬力ターボ付きディーゼルエンジンを搭載している。なお、カミンズエンジンの国内鉄道車両の搭載は、恐らく、このDD20形が初めてであろう。

最高時速は40kmしか出ないが、井川線の特性に合わせており、同形式6両が活躍している。また、一両毎に愛称が付けられ、うち4両は、地元や南アルプスの由来から、残る2両は、姉妹提携先のスイス・ブリエンツ・ロートホルン鉄道の由来になっており、「IKAWA(井川)」、「SUMATA(寸又/寸又峡より)」「AKAISHI(赤石/赤石岳より)」、「HIJIRI(聖/聖岳より)」、「ROT HORN(ロートホルン/スイスの3,104mの山)」、「BRIENZ(ブリエンツ/スイス・ベルン州の町)」と、名付けられている。なお、地元では、井川線の機関車や列車を、通称「エンジン」と呼んでいる。

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【停車駅】 〓→主な鉄橋
千頭1322==川根両国==沢間==〓==土本==川根小山
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定刻の13時22分、「ファーン」と、タイフォンを鳴らして出発。今日は、大勢の観光客が乗車し、特に、井川方の先頭車は満員である。なお、客車間の貫通扉は無く、走行中の車両間の移動は出来ない。長編成が良く見える後方に乗車している。

次の川根両国駅は、千頭の町の最北端にあり、直ぐに到着。井川線車両の点検整備を行う両国車輌区と保線区が置かれ、構内は意外に広い。以前は、井川本線と平行した貨物線が、複線の様に千頭駅まで敷設されていた。本線のSL列車運行前は、コッペル蒸気機関車のミニSL列車が、この貨物線で運行されていた。


(グーグルマップ・川根両国駅付近空撮。)


(川根両国駅。駅舎の様な建物が見えるが、乗務区詰所である。)

川根両国駅を発車後、左急カーブを曲がると、駅名の由来になった両国吊り橋(長さ145m)の下を潜る。ここから、本格的な急カーブと急勾配の山岳線が始まる。期待も高まってきた。心の準備もしよう。


(両国吊り橋と歓迎塔。遠江国と駿河国の国境の町であった由来から。)

(直ぐに、急勾配とカーブが始まる。)

大井川西岸沿いに線路が敷設されており、最初から、急カーブと急勾配の連続である。二本のトンネルを通過し、次の沢間駅を過ぎると、大井川、寸又川と横沢川の三つの川が合流する地点に架けられた三叉橋(みつまた-)を渡る。左窓正面奥の横沢川と右からの寸又川が合流し、橋下を潜り、大井川本流に合流している。川面に届きそうな位に低く、以前は、鉄道吊り橋であった。
国土地理院電子国土Web・三叉橋


(左窓の正面が横沢川、右が寸又川。)

(ふたつの支流は合流してから、右窓の大井川に合流する。)

この付近になると、大井川の川幅も狭くなり、水も透き通る様に綺麗である。なお、沿線の見所では、車掌氏の観光案内放送が行われ、自転車並みに減速したり、一時停車をしてくれる。ゆっくりと車窓を楽しむ事が出来るのが良い。

沢間駅周辺は、大井川両岸に集落が点在し、少し開けている場所になってる。昭和43年(1968年)まで、寸又峡や寸又川上流に沿って走る軌間762mmの軽便鉄道・千頭森林鉄道が分岐し、ホーム横にその遺構が残っている。一時期は、大間集落と呼ばれていた寸又峡温泉に行く観光客も輸送していた。また、当時の千頭駅から沢間駅間は、レールが三本敷かれた三線軌条になっており、千頭森林鉄道の車両が、井川線に直接乗り入れていた。

なお、千頭森林鉄道は、昭和6年(1931年)に、第二富士電力により、沢間駅から千頭堰堤駅まで初開通した全長41.0kmの長大森林鉄道である。沢間駅から千頭堰堤駅(せんずえんてい−)の20.4kmは森林鉄道一級線、更に、上流の栃沢駅までの12.6kmは二級線として建設され、大間川支線(二級線)6.0kmやロープウェイ、最上流末端部には、牛馬道もあった。井川線と同様に、寸又川のダム建設と木材輸送の為に敷設された。当時使用されたガソリン機関車と客車が、寸又温泉郷に静態保存されている。

橋を渡ると、土本駅に停車する。四軒の民家と小規模な茶畑があるのみの秘境駅となっており、その内の三軒が土本姓である事から、この駅名になっている。以前は、道路が全く無い陸の孤島になっており、交通手段は完全に井川線のみであった。緊急時は、三叉橋を渡り、沢間の集落まで行ったと言う。


(国土地理院電子国土Web・三叉橋と大蛇行付近。)

土本駅から川根小山駅間は、大井川の大蛇行に添いながら、半径50-100mの急カーブと急勾配が続き、フランジ音も凄く、金切り音が嫌いな人は苦行かもしれない。


(土本駅から川根小山駅間の大蛇行付近を走る列車。崖にへばり付く様に走る。)

川と一緒に廻り込む様に大きく右に曲がり、短い二本のトンネルを通過すると、列車交換可能駅である川根小山駅に到着。ホームの高さは非常に低く、大変細い22kgレールを使っているが、保線状態は良好である。駅の開業は、昭和34年(1959年)8月、起点の千頭駅から5.8km地点、4駅目、所要時間約23分、榛原郡川根本町字小山(はいばらぐん-)、標高354m(千頭から+56m)の終日無人駅である。


(川根小山駅の駅名標。)

今日は、ベテランの車掌氏と若い車掌氏が乗務しており、乗務指導を受けている。なお、手動の外締め式ドアの為、駅到着時の乗降と戸締め確認に忙しい。


(乗務指導を受ける若い車掌氏。)

「ファーン」とタイフォンが一声し、再び、森の中を登って行く。この先は、大井川沿いにあった旧線を迂回する第9号トンネルを通過する。


(川根小山駅を発車する。)

(つづく)


2017年7月16日 ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月2日 文章修正・音声自動読み上げ校正

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