銚子電鉄紀行(1)銚子へ

季節は春。恒例のローカル線の旅の季節である。この時期は適度な気温で、日中は過ごし易く、写真撮影も適している。日も長くなっているので、行動可能時間も有効に使える。

今回の旅は、千葉県東部の小さなローカル民鉄である、銚子電気鉄道へ行ってみよう。関東エリア最東端である為、都内からも意外に距離があり、移動に時間がかかる。日帰りも可能であるが、ゆったりと二日間の旅程を組み、全行程を列車の旅にした。

先ずは、JR横浜駅の横須賀線ホームから、成田線直通快速・成田空港行きに乗車する。二階建てグリーン車が連結されており、首都圏横断の長時間乗車になるので、奮発しよう。静かで、乗り心地の良い二階席中央に陣取る。

東京から千葉間の高規格高架線の総武本線快速線は、高速で走り抜けるが、千葉を過ぎると、単線のゆっくりとした房総の旅が始まる。二階建てサロの独特なヨーイングに揺られ、睡魔で虚ろ虚ろになる中、長閑な田園地帯を抜け、乗車2時間程で成田に到着する。ここからは、銚子行きの成田線列車に乗り換えて、揺られること、更に1時間30分。合計3時間30分をかけて、やっと、銚子に到着する。ここまでの運賃は、譲って貰った青春18きっぷ2,300円と、普通列車グリーン料金750円(土日祝/事前購入料金)の計3,050円である。

銚子駅に到着すると、4両編成の209系2000番台から、40人程の乗客が下車する。降りた途端、港町らしい日差しと空気感を感じるので、遥々来た実感がある。

千葉方に緩やかな弧線を描く二面三線のホームに、大きな駅舎と広大な留置線を擁する、銚子市の玄関駅であり、1日の乗降客は3,000人弱である。駅の開業も、明治30年(1897年)の総武鉄道開業時と古く、総武本線の終着駅として、また、成田線の運用上の終着駅も兼ねている。


(銚子駅に到着し、折り返し仕業中のJR成田線209系電車。)

(JRの吊り下げ電光式駅名標と名物の観光歓迎板。)

改札近くでは、イルカの歓迎オブジェと観光歓迎板が迎えてくれる。一度、改札を出てみよう。着替え等の重いバッグを待合所コインロッカーに預け、時刻表とコンパクトデジタルカメラのみの身軽な旅装に変更する。なお、天気は晴れ、昨日の房総エリアは大荒れの天気であったので、見事な回復ぶりである。風は無いが、春としては気温がやや低いので、上着が必要である。


(名物イルカのオブジェ。最近、醤油の仕込み桶に代わったらしい。)

(改札口。一箇所しか無く、JRに銚子電鉄の改札業務を委託されている。)

駅前に出ると、太陽がとても眩しい。大きな平屋建ての駅舎は、国鉄時代の房総エリア主要駅の雰囲気を残している。房総エリアの大型駅舎はこのイメージがあり、房総の明るい雰囲気と相まって、関東エリアの他の駅と違う印象が強い。

この駅舎は、旧・帝国海軍の飛行機格納庫を移築したもので、天井や屋根が高く、JR東日本の最大規模の木造駅舎である。また、駅前の大きなロータリーからは、大通りが真っ直ぐ伸びており、港町らしい開放感がある。


(銚子駅。終戦直後から使われている、三代目駅舎になる。)

(改札口と待合ロビー。銚子電鉄の乗車時は、左端の有人改札口を使う。)

(駅前ロータリーからの大通り。この先に、銚子港がある。)

駅前のコンビニエンスストアで、飲料等の買い物を済ませたら、銚子電鉄のホームに向かおう。改札はJRなので、「銚電に乗車します」と改札係氏に伝え、向かいのホームに跨線橋で渡る。ホーム最東端の一角が、銚子電鉄の専用ホームになっている。


(案内看板。国鉄風フォントとは、微妙に異なる。)

ホーム最東端には、銚子電鉄専用の駅舎は無く、防風や防寒のガラスの無い、オープンな待合所が建っている。この変わった形の建物は、オランダ風車を模して建てられたが、電動仕掛けの四枚の白い羽根は、老朽化の為に取り外されてしまった。また、簡易スイカ入出場機があるが、銚子電鉄線内は利用出来ない。昭和49年(1974年)12月に、改札口と屋根ができるまで、待合所もベンチもなかったとの事。


(銚子電鉄ホームと簡易スイカ入出場機。)

(風車デザインの開放式の待合所。)

ホーム側の外壁は、綺麗に改装されている。なお、屋根下のシルクハットを被ったゴリラは、銚子電鉄の元祖オリジナルキャラクターで、列車のヘッドマーク兼行き先表示板として、一時使われていた。


(待合所ホーム側。)

(名物の地元醤油メーカーベンチ。ヤマサとヒゲタバージョンがある。)

ここで、銚子電気鉄道の歴史に簡単に触れたいと思う。銚子電気鉄道は、大正2年(1913年)に銚子から犬吠(いぬぼう)まで開通した、銚子遊覧鉄道が前身となっている。経営不振で数年後に廃線となったが、鉄道の再興を図る元・関係者達が廃線跡を再利用し、漁港のある外川(とかわ)まで延伸して、大正12年(1923年)に再開業した。営業キロはたったの6.4km、片道所要時間約20分、駅数10駅の民営ミニ鉄道で、地元密着の交通機関と犬吠埼(いぬぼうさき)方面の観光鉄道として、有名である。

遊覧鉄道時代は、鉄道院(鉄道省の前身)から払い下げられた、小型蒸気機関車で運行していた。再開業時は、ガソリン機関車を導入したが、不調が続いた為に国の改善勧告が出てしまい、その二年後の大正14年(1925年)7月に全線電化(直流600V)行っている。なお、国鉄総武本線が銚子まで電化したのは、1970年代後半なので、相当早い電化であり、電化と同時に30分毎の頻発ダイヤを導入した。

当時の総武本線や県内各線は、約2時間毎に1本の運行が普通で、東京近郊の混雑区間でも、40分から1時間毎に1本の時代であったので、驚くべきダイヤであった。現在も、電車運行を行っており、この30分毎ダイヤを継続している(※)。

銚子電鉄のホームは、JR2番線ホームの切り欠け部にあり、3両程度の長さがある。また、JRの線路と繋がっているが、架線の電圧が異なる為、架線は接続されていない。かつては、沢山の貨車の受け渡しを行っていた。


(右側が銚子電鉄ホーム。左側はJRのホームで、架線形式と電圧が異なる。)

暫く、ホームで待っていると、向こうの踏切の警報機が鳴り始め、青色の電車が車体を揺らしながら、ゆっくりとやって来る。


(電車がやって来る。JRの架線が、右に逃げて行く。)

時刻は11時33分。1両編成の電車が、切り欠きホームに到着する。大きなエアブロウの後、ドアがガラガラと開くと、大勢の乗客が下車する。銚電のダイヤは、発着共にJRに接続されているので、東京や成田方面に出かける人達も多い。


(銚子電鉄ホームに到着した、デハ1001。)

(つづく)


【参考文献】
ちばの鉄道一世紀(白土貞夫著・崙書房・1996年)
RM LIBRARY 142「銚子電気鉄道(上)」
(白土貞夫著・ネコパブリッシング刊・2011年)

(※)現在、1時間毎に1本になっている。

2017年7月15日 FC2ブログから保存・文章修正(濁点抑制)・校正

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