春、ローカル線の旅の季節がやって来た。今回は、群馬県南部のわたらせ渓谷鐵道に訪問しよう。毎年、春から夏に訪問しており、個人的に大変気に入っているローカル線である。
わたらせ渓谷鐵道は旧国鉄足尾線であり、国鉄民営化後に引き継いだJR東日本足尾線から、第三セクター鉄道に転換されたローカル線になっている。国鉄最末期の赤字ローカル線廃止議論の際、第二次廃止対象特定地方交通線に指定され、廃線が決定したが、分割民営化前に廃線されず、一旦、JR東日本に移管されている。
当時、廃線の危機を感じた地元の積極的な存続運動が起こり、群馬県と沿線自治体も存続の強い意向を示した事から、昭和63年(1988年)秋に、群馬県や沿線各市を主な出資者とするわたらせ渓谷鐡道株式会社を設立。翌年の平成元年(1989年)3月29日に、第三セクター鉄道として発足している。
現在は、「わ鐵(わてつ)」の愛称で親しまれている。車窓から見える渡良瀬川の絶景や紅葉、沿線の富弘美術館や足尾銅山遺構への訪問、また、関東から日光に抜ける最短ルートとして利用され、大変な人気がある。首都圏から日帰りも可能な為、テレビの旅番組や雑誌等でも、よく紹介されている。
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JR線や東武鉄道線を乗り継ぎ、起点のJR両毛線桐生駅に行く方法があるが、早朝の始発列車から日没まで乗車し、丸一日を有効に使いたい為、パーク・アンド・ライド(※)を利用し、行く事にしよう。
自宅から桐生まで、一般国道経由の場合は片道約110kmとなり、所要時間は3-4時間程度である。深夜出発の為、渋滞の心配は無く、高速道路は利用せずに行く。
ルートは、東京都西部の八王子に向かい、国道16号線を川越方面へ。途中の入間(いるま)から国道407号線を北上し、埼玉県中部の中心都市である熊谷を目指す。熊谷から更に北上し、利根川を渡って群馬県に入ると、太田に到着する。太田からは、北関東三県の横断国道である国道50号線を北西に走り、桐生へ。そして、桐生から20分程のみどり市・大間々(おおまま)に向かう。
現地1泊の旅準備を整え、深夜2時に自宅駐車場を出発。空いている国道を快走する。途中のコンビニエンスストアで休憩を取りながら、里山豊かな武蔵野を北上。夜明けとなった太田と桐生を経由し、大間々の町中に入る。予定通りの早朝5時過ぎに、群馬県みどり市にある大間々駅に到着する。この駅は、わたらせ渓谷鐵道の本社と車両区がある中核駅になっている。
(早朝のわたらせ渓谷鐵道大間々駅。)
大間々駅構内には、わたらせ渓谷鐵道利用客用の有料駐車場がある。まだ、駅の出札口が開いていない早朝時間帯の為、駐車券を委託販売している近くのローソンに行き、1日構内駐車券(普通車500円)を購入する。構内駐車場の一角に車を駐め、フロントガラス越しに駐車券を掲示しておけば、大丈夫である。なお、起点の桐生駅付近は、駐車場が少なく、料金も時間単位で高い。この大間々駅の方が便利で安い。
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着替え等の大きなバッグは車に置き、コンパクトデジタルカメラと旅程表のみの手ぶらスタイルで行こう。既に、日の出時刻は過ぎており、大分、明るくなって来ている。春としては、気温が低く、風もある。上着が必要であるが、快晴の予報になっている。
まだ、駅員氏が居ない改札を通ると、ホーム向こうの車庫前に気動車3両が留置されており、その内の1両が、ガラガラと大きなアイドリング音を立てている。ホームや待合室には、誰一人おらず、ひっそりとした早朝の駅風景になっている。
(誰もいない大間々駅1番線ホーム。)
上り一番列車の発車時刻の40分前、駅事務室から若い運転士が出て来る。「おはようございます」と、挨拶を交わす。運転士は、アイドリングしている気動車の下回りを覗く様に、エンジン、ブレーキシリンダー、台車、ライト、ジャンパ、連結器と、仕業前点検を始めた。
(車庫前の気動車達。)
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朝5時40分を過ぎた。始業前点検を終えた気動車は、車庫前の側線から北進して本線に入り、駅北側の踏切の向こう側で折り返し、ホームに入線して来る。上り列車は、本来、向かいの上り2番線ホームへの入線になるが、始発特例により、駅舎側の下り1番線ホームに入線する。
(本線を折り返して入線する気動車。)
全線非電化のわたらせ渓谷鐵道は、茶一色に塗装された気動車(ディーゼルカー)が活躍しており、単行運転が可能な軽快気動車(※)になっている。
なお、各車両には、愛称が付けられ、特製ヘッドマークと動物のシャドーイラストが側面に描かれており、他の第三セクター鉄道に無い魅力がある。また、地元の富士重工業製の気動車が、活躍しているのも見逃せない。
(1番線に入線するわ89形315「わたらせIII号」。)
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【乗車経路】
大間々0608==運動公園前==相老==下新田==0621桐生
上り桐生行き750D列車・わ89-315「わたらせIII号」単行
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この大間々駅は、桐生駅から四つ目の途中駅になる為、起点の桐生駅に行こう。当駅始発一番列車の6時8分発上り750D列車・桐生行きに乗車する。なお、今日の午後に大間々観光を予定している。その際に駅見学をしよう。
グワングワンと周期的な大きなエンジン音と、排気ガスの匂いがホームに漂っている。高さの低い客車ホームから、二段のステップをタンタンと上がり、車内に入ると、昭和風の濃いエンジ色のシートやクリーム色の化粧板の内装が懐かしい。十分に暖機運転がされ、暖房もしっとりと利いており、ほっとした天国の心地になる。
(乗降扉は車両両端にある。)
(古いバスの様な低いステップがある。)
左右非対称のロングシートと6ボックスのセミクロスシート車両になっており、路線キロ44.1km、所要時間約1時間半かかる事から、車内トイレも付いている。また、バス部品流用の折戸タイプの乗降扉が、特徴になっている。
(車内の様子。)
(折戸式乗降扉。上の出入口のプレートも、バス部品流用である。)
混雑時以外は、ワンマン運転になる為、整理券発行機、料金箱や電光運賃表を装備している。なお、桐生方運転室後ろの大きな円筒部分には、ディーゼルエンジンの排気管が通っている。
(運転席周辺と排気管。)
先に、わたらせ渓谷鉄道の歴史について、簡単に触れておこう。前身の国鉄足尾線以前から数え、足掛け100年の歴史がある古い路線になっている。大正3年(1914年)には、桐生から足尾本山(現在は廃駅)までの全線が開通。日本の近代化を支えた足尾銅山の銅鉱石を輸送する為、当時の足尾鐡道が敷設したのが始まりになっており、重要な鉱山を擁する事から、後に国有化されている。
【略史】
明治44年(1911年) 足尾鐡道により、下新田〜大間々間が初めて開通。
大正3年(1914年) 桐生〜足尾本山間の全線が開通。
大正7年(1918年) 国有化され、国鉄足尾線になる。
昭和61年(1986年) 間藤〜足尾本山間が事実上廃線になる。
昭和62年(1987年) 国鉄分割民営化により、JR東日本足尾線として移管。
平成元年(1989年) 第三セクター鉄道のわたらせ渓谷鉄道に転換。
大正時代には、足尾銅山の銅産出量も15,000t以上と国内産出量の50%を超え、日本一の銅山を支える鉄道として、沿線の町々と共に大変栄えた。しかし、昭和10年(1935年)頃から、銅産出量が減少し、産業鉄道から徐々に生活鉄道としての役割が大きくなって行く。
特に、銅山が閉山した昭和48年(1973年)と、輸入銅鉱石の精錬が終了した昭和63年(1988年)以降は、鉄道利用と沿線の町々の衰退が著しくなっている。その為、昭和59年(1984年)に廃線が決まったが、国鉄民営化前に廃線されなかった事や、国鉄民営化までの約3年間の時間的余裕があった事が、存続運動や第三セクター転換に大きくプラスした。
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定刻の6時8分、エンジン音が大きく鳴り響き、ビリビリと振動を立てながら発車する。電車の発車とは違い、最初はゆっくりと加速し、昔の汽車の様な力強さを感じる。快適さは無いが、気動車好きには堪らない。
自分ひとりを乗せ、途中駅から、中年男性客ひとりが乗車して来た。ずっと下り調子の単線の線路と途中の三駅に停車し、所要時間約13分で桐生駅に到着。桐生駅は、二面四線の近代的なコンクリート高架駅になっており、北側の1番線に入線する。
8分後に、折り返しの下り711D列車・間藤(まとう)行きになる。前日、事前手配をした1日フリーきっぷを運転士に見せ、「折り返し乗車をします」と伝える。
(桐生駅に到着。)
(建て植え式駅名標は、観光写真付きタイプに交換されている。)
なお、観光客や鉄道ファン向けに1日フリー切符が発売されており、大人1,800円で1日乗り放題になっている。但し、車内での発売は無く、大間々駅や桐生駅等の有人駅のみの発売である。今旅は早朝からの乗車になり、有人駅の出札口が開いていない為、日本交通公社(JTB)の前売り1日フリー切符の手配をしておいた(※)。
駅時刻表を見ると、毎時約1本のローカル線の標準的なダイヤになっており、半数近くは、桐生から大間々の区間運転列車になっている。桐生から終点の間藤まで行く列車は1日10本、最終列車の21時25分発は足尾止まりである。
(右側が、わたらせ渓谷鐵道の駅時刻表。)
この起点の桐生駅から、改めて、スタートする事にしよう。
(折り返し仕業中の下り間藤行き列車。)
(つづく)
(※パーク・アンド・ライド)
駅までは自家用車で行き、駅に駐車し、鉄道を利用する方法。鉄道利用者向けの格安な駐車場を整備している鉄道会社も多い。
(※軽快気動車)
国鉄形気動車と比べ、軽量車体とハイパワーエンジンを搭載した第四世代の気動車。
(※日本交通公社の前売り1日フリー切符)
切符代の他に、若干の手数料が必要。
2017年8月9日 ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月9日 文章修正・音声自動読み上げ校正
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