本巣駅から約35分で、樽見鉄道終点の樽見駅に到着した。駅開業は、平成元年(1983年)3月の神海駅(こうみ-)からの新線区間開業時、起点の大垣駅から18駅目、34.5㎞地点、所要時間約1時間、所在地は本巣市根尾樽見、標高は167mの終日無人駅になっている。なお、大垣駅から161m登って来た事になり、路線キロ相対勾配率は4.7‰(パーミル)になる。山間部に分け入るローカル線であるが、本巣駅までは平野部を走るので、平均勾配率は低い。
(終点樽見駅の駅名標。平成元年開業なので、新しい。)
(樽見駅。駅前広場は広く、木で出来た不思議なモニュメントがある。)
この樽見は、根尾東谷川と根尾西谷川が合流して根尾川になる地点にあり、根尾東谷川東岸の狭い平坦地が、町の中心部になっている。標高は約170mであるが、500-600m級の山々に囲まれており、雪が多く、冷涼な気候である。南北朝時代は、吉野南朝側の根尾城をはじめとする五つの山城を擁していたそうで、越後に抜ける近道もある事から、戦国時代までは、軍事上の重要ルートでもあった。
元・本巣郡根尾村であったが、平成16年(2004年)2月に近隣自治体と市町村合併となり、本巣市のエリアになっている。主な産業は農業や林業で、昔から、菊の花に見える菊花石と呼ばれる鑑賞石が採れ、国の特別天然記念物になっている。また、淡墨桜(うすずみさくら)も有名で、開花のシーズンには、大勢の観光客が押し寄せる。
古くは、白山信仰の山である能郷白山(のうごうはくさん)の登山口であり、美濃(現・岐阜県)から日本海側の越前(現・福井県)に抜ける街道沿いの町でもあった。この旧街道は、現在の岐阜市付近の東山道(後の中山道)から木知原(こちばら)を経由して、樽見までは根尾街道、根尾西谷川を遡った能郷集落から国境の峠方面は倉見東道と呼ばれ、鎌倉時代から、越前と鎌倉、後の江戸との近道として利用されていた。当時の倉見東道は、道幅70cm程度の険しい山道になっていて、能郷集落の先の倉見渓谷では、その名の通りに目もくらむ程の険しさで、馬や大八車は通れず、岸壁にへばり付く様にして、やっと通れたと言う。因みに、江戸時代幕末には、水戸天狗党(※)の1,000人余りが迂回して上洛する為、武具や大砲を分解して背負い、馬も何とかして通した様子が記録されている。
国土地理院の地図を見ると、能郷地区から、東の根尾西谷川沿いが倉見渓谷になる。現在の国道157号線の対岸の山の中腹に、倉見東道があった。途中までの黒破線が、その倉見東道跡である。
国土地理院国土電子Web・倉見渓谷(地図が大きい為、外部リンク)
あまりにも険しい倉見東道は、明治や大正時代に改修され、現在の国道157号線が昭和5年(1930年)から整備されるまでは、奥地の集落を結ぶ重要な道路であった。なお、戦時中までの県境の峠越えは、現在の温見峠(ぬくみとうげ/標高1,020m)経由ではなく、倉見渓谷の先の大河原から、尾根を登り、温見峠から6km東の蝿帽子峠(はえぼうしとうげ・標高978m/現在は廃道)経由であった。今は、国道157号線が、福井県の越前大野方面に開通しているが、大難所には変わりない。
国土地理院国土電子Web・蝿帽子峠
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4-5両程度が停車出来る島式一面二線のホームが南北に配され、駅は町よりも高台にある。国鉄末期の線路の敷設方法は、地形に左右されず、トンネル等で最短距離をとる特徴があり、神海駅以北はその特徴がよく見られる。よって、神海駅以南とは、別の路線の様な印象がある。また、後方確認用のミラーの柱に、降雪量を測る目盛り板を張り付けている。
(大垣方。直ぐに、坂所トンネルのポータルがある。)
終端部の車止めは、ホームから相当の距離があり、転線も出来る様になっている。以前、運行されていた客車列車を牽引するディーゼル機関車を機回しする為であるが、客車列車は廃止されたので、現在は使われていない。
(終端部。行き手を阻む様に、山が聳えている。)
駅舎は、平成19年(2007年)4月の不審火で焼失してしまった為、公共施設併設の「うすずみふれあいプラザ」として、翌年に再建された。改札は無く、ホーム北端の階段と構内踏切を渡ると、そのまま建物と接続している。花見シーズンの観光拠点としても、活用されており、出店やイベントも開催される。
(うすずみふれあいプラザ。)
中に入ると、地場産業の林業による木材をふんだんに使った、暖か味のある大きな弧状の建物になっており、まるで、バームクーヘンの断片の中に居る感じが面白い。待合室内には、駅時刻表、観光案内や広報等のポスターが掲示されている。
(プラザ内の待合室。)
駅時刻表を見てみると、樽見発の列車は1日13本、21時台や22時台発車の列車も運行されている。22時32分発の本巣行き最終列車は、途中、神海駅のみ停車をする快速列車である。
(駅時刻表と運賃表。)
駅前の観光地図を見てみると、有名な淡墨桜は、川の対岸の山の土手にあるらしい。
(駅前の観光地図。)
(国土地理院国土電子Web・樽見駅付近。)
薄墨桜は、国の天然記念物に指定されている樹齢1,500年あまりの彼岸桜の巨樹で、「咲き始めは淡い桃色→満開は白色→散り時は薄い墨色が入る」花色の変化が由来になっている。しかし、今年の開花シーズンは過ぎているので、残念である。なお、開花シーズンには、1日8,000人もの観光客が押し寄せる為、樽見鉄道でも、通称「桜ダイヤ」と呼ばれる増発ダイヤを運行している。
本巣市HP・観光情報
(薄墨桜。ウィキペディア公開ファイル、撮影者の共有許諾画像。撮影者;Kazutoko)
乗車してきた列車は、折り返しの上り16列車・大垣行きとして13分間停車する。しばし、運転士も外で休憩中である。
駅前のロータリーの線路際には、駅名標と鉄道開通の記念碑がある。この胸像は、地元議員の名士・宮脇留之介氏で、この根尾エリアに養蚕技術を広め、電話や鉄道の敷設に尽力した。大正11年(1922年)に鉄道計画が持ち上がり、氏は開通以前の昭和18年(1943年)に逝去したが、鉄道が樽見まで延伸したのも、氏の活動が原点になっている。
(全線開通記念碑と宮脇留之介翁胸像。)
また、この奥根尾エリアは、年間降水量が3,000mmを超える豪雪地帯になっており、平年の樽見の累計積雪量は4m、積雪の深さは2mにもなる。気動車の正面下前後には、大きなスノープラウ(排雪器)が装着され、冬季には、廃止された神岡鉄道から譲渡された除雪モーターカーが活躍している。
(ハイパワーエンジンを搭載し、多少の積雪であれば、スノープラウで除雪しながら走行できる。)
(駅前には、花壇が幾つかあり、地元住民が手入れしているらしい。)
なお、1日フリーきっぷに付いている「うすずみ温泉」は、ここから無料送迎バスで約10分の場所にある。山間部の温泉としては、珍しいナトリウム泉になっており、「太古の昔、この付近は海だったのではないか」と言われている。手軽な日帰り温泉の他、貸し切り風呂、食事や宿泊も出来る施設になっているので、時間がある場合はゆっくりできるだろう。
うすずみ温泉四季彩館公式HP
運転士から、「もう、出ますよ」と声が掛かったので、列車に戻ろう。
(つづく)
(※)水戸天狗党
江戸時代幕末、水戸藩の士族が結成した尊皇攘夷派のグループ。水戸から京都に上洛し、攘夷を朝廷に直訴しようとした。美濃付近で江戸幕府側に行く手を阻まれた為、この根尾谷を経由し、越前(現・福井県)に抜けて、北廻りで上洛しようとした。加賀藩の新保宿(しんぼじゅく/現・福井県の敦賀)まで到達できたが、捕らえられ、多数が処刑・処分された。
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