大鐵井川線紀行(2)アプトいちしろへ

川根小山駅付近は、大井川も激しく蛇行しているが、両岸に僅かな平坦地があり、そこに小さな集落が点在している。

また、袋の締め口の様な「牛の頸(くび)」【カメラマーカー】と呼ばれる場所がある。道路の左右を見ると、どちらも大井川になっている。明治43年(1910年)、日英合弁会社の日英水力電気株式会社が、大井川初の水力発電所【青色マーカー】をここに建設した。ダム(取水堰)【赤色マーカー】は上流側のくびれ部に設置されたが、水害時の被害が大きく、昭和11年(1936年)の大井川発電所の完成後に廃止されている。

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【停車駅】 〓→主な鉄橋
川根小山==奥泉==〓=1358アプトいちしろ
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川根小山駅を発車し、再び、鬱蒼とした森の中を登って行く。二本の長いトンネルを通過すると、小さな集落と所狭しに広がる茶畑が見え、道路橋の川根路橋を潜り、奥泉駅(おくいずみ-)に到着する。昭和34年(1959年)8月駅開業、起点駅の千頭駅から7.5km地点、5駅目、所要時間約30分、榛原郡(はいばら-)川根本町奥泉、海抜368m(千頭から+70m)になる。


(島式ホームに、小さめの建て植え式駅名標が建っている。)

構内売店もある大きな木造駅舎と、島式一面二線の列車交換設備がある有人の途中主要駅になっている。寸又峡や寸又温泉行きの連絡バスも発着し、観光客が大勢下車している。なお、西の尾根をひとつ越え、バスで約30分の寸又峡温泉は、芸者、ネオンや野立て看板が無い、昔からの湯治場の雰囲気を残している。しっとりとした感触の湯質は、「美人の湯」と呼ばれ、女性観光客に人気がある。
寸又峡ほっとステーション(寸又峡美人づくりの湯観光事業協同組合)

標高600-1,100m級の山々に囲まれた奥泉は、険しい尾根の東側がなだらかになった直径約600mの円形の土地になっており、この深山のほっとする場所になっている。また、この付近は、霧がよく発生し、良質な川根茶が採れる。近くには、下開土遺跡(したのかいと-)があり、縄文時代から人が住んでいたらしい。


(国土地理院電子国土Web・奥泉周辺)

(駅周辺も、所狭しに茶畑が広がる。)

奥泉駅を発車し、左カーブ先の二本のトンネルを通過すると、県道388号線の泉大橋が見えてくる。川面からの高さは約70mあり、この先の上流にある長島ダム建設の為、昭和58年(1983年)に竣工した道路橋である。列車は、あの橋の根元を潜り抜けて行く。


(県道橋の泉大橋。)

切り立つ様な150-200mの高低差のある尾根の直下を、大井川西岸に沿って走る。そして、大井川ダム真下の鉄橋で西岸から東岸に渡り、そのまま短いトンネルを通り抜けると、千頭駅から約30分で、アプトいちしろ駅に到着する。なお、この井川線は、前身の大井川電力専用線が、この付近まで開通したのが始まりになっている。周りには、民家は全く無く、小さな待合室とトイレのみの単式一線の駅になっている。
国土地理院電子国土Web・アプトいちしろ駅

アプト新線切替後の新駅となっており、平成2年(1990年)10月に移転開業、起点の千頭駅から9.9km、6駅目、所要時間約30分、榛原郡(はいばら-)川根本町梅地、海抜396mになり、千頭から98m登って来ている。なお、旧駅の川根市代駅(かわねいちしろ-)は、先程通ってきた短いトンネルの出口付近にあり、昭和34年(1959年)の駅開業になる。


(駅名標。)

この駅では、アプト式電気機関車を列車最後尾に増結する。出発の合図の汽笛が鳴るまでの約10分間、連結作業の見学も出来る。早速、降りてみよう。駅構内の千頭方には、車庫、留置線や車両検修区(機関区/車両検査修理工場)が見える。なお、アプトいちしろ駅から次の長島ダム駅までが、国内で唯一のアプト式区間になっている。

補機となる電気機関車のED90形(ED902)は、同形式3両が活躍している。平成元年(1989年)製造、日立製作所製、全長14.0m、全幅2.0m、高さ3.9m、自重56.0t、高さは大井川鐵道本線や国鉄の車両と同じであるが、車体幅が狭く、馬面のヨーロピアンな雰囲気を漂わせる。レール走行用車軸の間にラックレール用の歯車軸があるAaA-AaA軸配置(計6軸)、搭載モーターは走行用4基、ラック用2基の計6基搭載の各軸吊り掛け駆動であり、かなりの重装備である。

千頭方にある大きな車庫から、ゆっくりと列車に近づいて来た。レール中央部にあるギザギザの黒いラックレールにピニオン(歯車)が噛むと、ガリガリと大きな金属音がする。ラックレールのギザギザの山も大きく、位相がずれた3条(列)仕様になっている。


(車庫から、シェルパ役のED90形がやって来る。黒いレールはラックレール。)

(ゆっくりと連結を行う。この後にジャンパの接続も行う。)

隣を見ると、ブルーに輝く大井川ダムの小さな湖面が見える。湖上には、元・鉄道用吊り橋の市代吊橋があり、現存するものは珍しい。昭和29年(1954年)の路線延伸時に、ルートが変更され、道路専用橋に転用されている。かつては、アプトいちしろ駅手前の鉄橋とトンネルはなく、この吊り橋を使い、西岸から東岸に渡っていた。


(ブルーの湖面と元・鉄道用吊り橋の市代吊橋。)

観光案内看板の上部も、吊り橋のモニュメントになっている。なお、独特なブルーの湖水は、南アルプスの岩石はコバルトを多く含み、雨水に溶け出すと、この様な美しい色になるらしい。


(観光解説板。)

「フィー」と、出発合図の汽笛が鳴り響く。客車に戻ろう。14時06分にアプトいちしろ駅を発車。ここから、日本唯一のアプト式区間を登り始める。


(列車最後部に連結が完了する。後押しで勾配を上る準備が整う。)

アプトいちしろ駅から4駅先の接岨峡温泉駅(せっそきょう-)の間は、長島ダムの建設により、駅と線路が水没する為、平成2年(1990年)に、新線へ付け替えになっている。その内、次の長島ダム駅までの1.5kmが電化アプト式区間(直流1,500V)になっており、標高差89m、最大90‰(パーミル)の登り坂を約7分で登り切る。
国土地理院電子国土Web・大井川鐵道井川線アプト区間

速度はとても遅い。駅を発車して200m程上がると、背の高いトンネルに入って行く。普通鉄道の大きさがあり、井川線の車両の小ささがよく判る。なお、新線区間は50kgレールを使い、ED90形の重量に耐えられる様に強化されている。


(最初の新線トンネルに突入する。)

(つづく)


2017年7月16日 ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月2日 文章修正・音声自動読み上げ校正

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