大鐵本線紀行(10)旧型客車

ここで、大井川鉄道の旧型客車を簡単に紹介したい。現在、大井川鐵道では、計22両の客車が在籍している(2010年10月2日現在)。常に1-2両が定期検査に入っており、全ての客車の同時使用は出来ない。また、繁忙期は、車両のやりくりが大変と言う。

一般客車 16両 俗に言う、国鉄の旧型車両。
トラストトレイン
車両
3両 日本ナショナルトラスト所有。
スハフ43-2、スハフ43-3、オハニ36-7。
お座敷車 2両 電車からの改造車。
展望車 1両 電車からの改造車。

代表的な旧型客車は幾つかあるが、その中でも、戦前型・丸屋根のオハ35-559(旧国鉄 -2559・ぶどう色)は、状態も大変良く、戦前型の雰囲気を良く残しているので、紹介したい(夏季の撮影の為、白飛びは御容赦を)。


(オハ35-559の車内。木目が大変美しい車両である。)

(オハ35-559のクロスシート。窓も木枠で、小テーブルと灰皿を備える。)

とても、レトロな温かい雰囲気があり、木目と白い天井の対比が美しい。デッキ扉は木枠のガラス戸であり、その上の箱は車内放送のスピーカーになる。また、網棚も、金属のネットや棒ではなく、本物の網になっている。


(オハ35-559の着座位置から。)

このオハ35-559は、国鉄時代の最末期、常磐線の水戸客貨区で活躍していた。製造から70年近く経過しており、大井川鐵道でも、20年以上活躍している古兵になる。

戦前の昭和17年(1942年)に、日本車輌製造で造られている。翌年、混雑緩和の為、デッキ側出入口付近がロングシート化(セミクロスシート化)されたが、戦後、クロスシートに戻された。修繕工事や電気暖房(EG)化工事を行い、昭和56年(1981年)まで、国鉄で使われていた車両である。

◆オハ35-559の略歴◆
昭和17年(1942年)10月 日本車輌にて製造。
昭和18年(1943年)10月 出入口付近のロングシート化。
昭和25年(1950年)7月 ロングシートをクロスシートに原形復帰。
昭和29年(1954年)1月 国鉄大宮工場で、更新修繕(車端部外板に銘板あり)。
昭和38年(1963年)7月 電気暖房化(電気機関車牽引の為。車番-2559に変更)。
昭和42年(1968年) 客室の白熱灯を蛍光灯化。
昭和47年(1972年)11月 体質改善工事(耐用延長工事)。
昭和56年(1981年)3月
国鉄水戸客貨区から、大井川鉄道に入線(電気暖房撤去、元車番に復帰)。

旧型客車の特徴的な張り上げ屋根には、屋根板を固定する金具が付いている。初期の客車の屋根は木製で、上から雨水避けの布製屋根幌を被せていていたが、後年には、車体側面の柱を屋根の肩まで上げて曲げ、この様に屋根鋼板を止めるタイプになっている。なお、この独特なカーブを持つ張り上げ屋根のメンテナンスは難しく、国鉄OBから技術を継承して、自社整備をしている。


(張り上げ屋根。扇風機も後付けである。)

照明は、当初の白熱灯から蛍光管に交換され、扇風機も後に設置されたものである。直管タイプの蛍光灯は、電気配線を変更するコストが掛かり、全体的には、簡単な改造で済む丸管タイプが多くなっている。また、下に飛び出している大きな丸い円盤は、ベンチレーター(通風器/自然換気装置)になる。

客車の電源は、車軸発電機が床下に搭載され、走行中の車軸の回転力で発電している。停車中の発電は出来ないので、蓄電池(バッテリー)も搭載しているが、大井川鐵道は路線キロが短く、蓄電池に十分に充電が出来ない為、走行中も半分減灯して運行している。

車両両端には、乗降用のデッキがある。金谷方のデッキには、洗面台室があり、蒸機機関車の煤で真っ黒になっている。蛇口の上に、湯と水のボタンが付いているが、大井川鐵道では出ない。また、通路を挟んだ反対側は、和式便所になっており、汚物処理装置が無いので、線路に垂れ流しになる。国鉄時代の主要幹線では、汚物が霧散して、沿線の人家や保線員の衛生問題となった事もあり、駅停車中は使用禁止であった。


(洗面台室。)

客室内は蛍光灯化されているが、デッキには、白熱灯が残っている車両が多い。カバーも付き、原形を留めていると思われる。


(今春乗車したスハフ42-304のデッキ白熱灯。)

冬期の暖房は、蒸気機関車から蒸気を引き込む蒸気暖房(SG)になっている。客車のデッキ床に、暖房に使う蒸気量を調節する弁があり、暖房の加減を調節できる。なお、使用後の蒸気は、そのまま外に排気され、その湯気が立ち上がる様が、懐かしい鉄道情景になっている。


(オハフ33-469のデッキと連結部。蒸気管から、暖房用蒸気が漏れている。)

(オハフ33-469のデッキ部。一段上がって、床面になる。床の金属蓋は暖房用蒸気の調節弁。)

最後に、大井川鐵道の旧型客車の一覧をまとめてみた。なお、入念に調査しているが、細部の誤りはご容赦願いたい(転載は禁止)。

《メーカー略号》
日車→日本車両、川崎→川崎車両、日立→日立製作所
汽車→汽車製造(現在は川崎に吸収合併)

◆オハ35系/8両◆
戦前から終戦直後まで製造、TR23台車、丸屋根、木窓枠、木製ドア(一部除く)。

昭和14年(1939年)に登場。20m車体、折妻・丸屋根、1m幅の客車窓、溶接を多用した鋼製車体で、2,000両以上製造された代表的な国鉄客車である。幹線からローカル線、普通列車から急行列車まで使われた。屋根末端は、三面折妻こと、丸みを帯びた通称「丸屋根」と呼ばれる古典的デザインになってる(但し、後期型を除く)。

車番 国鉄末期車番 製造年・メーカー 大鐵入線年 塗色 特記
オハ35-22 オハ35-2022 昭和14年・日車 昭和55年 リベット 初期車
オハ35-149 オハ35-2149 昭和15年
国鉄小倉工場
昭和51年 緑※ 張上屋根
ノーヘッダー
(試作車)
オハ35-435 オハ35-2435 昭和16年・日車 昭和53年 リベット
オハ35-459 オハ35-459 昭和16年・日車 昭和55年 リベット
鋼製ドア
(交換?)
オハ35-559 オハ35-2559 昭和17年・日車 昭和56年
オハ35-857 オハ35-2857 昭和21年・日車 昭和56年 半折妻屋根
オハフ33-215 オハフ33-2215 昭和16年・川崎 昭和51年 リベット
客室内白熱灯
(復元)
デッキ扉三等車
表示
オハフ33-469 オハフ33-469 昭和23年・日立 昭和51年 TR34台車
半折妻屋根
鋼製ドア

※過去のイベントの際に塗色を変更したが、そのままになっており、本来の旧客の色ではない。


(後期型のオハ35系のオハ33-469車内。戦後のスハ43系に近い仕様になる。)

オハ35系には、前期型(戦前型)と後期型(戦後型)があり、屋根末端部の処理が違い、車両全体の印象がかなり違って見える。戦後の昭和21年(1946年)頃から、製作の簡素化の為、丸屋根(三面折妻屋根)から切妻屋根に変更になっている。


(オハ35系の屋根末端部の違い。左は後期型、右は前期型。)

◆スハ43系ほか/11両◆
戦後製造の20m級客車、TR47台車、折妻屋根、木窓枠、鋼製ドア(一部除く)。

1,000両以上製造され、全国各地の幹線やローカル線で活躍した。派生車種や改造車も多く、JRもイベント用に動態保存している。屋根末端は、絞りの無い切妻屋根で、端正なデザインになっている。

車番 国鉄末期車番 製造年
・メーカー
大鐵
入線年
塗色 特記
オハ47-81 オハ47-2081 昭和27年
・日立
昭和60年 TR23台車に交換
オハ47-380 オハ46-380 昭和29年
・川崎
昭和62年
オハ47-398 オハ46-398 昭和29年
・川崎
昭和62年 アルミ窓枠
オハ47-512 オハ46-512 昭和29年
・川崎
昭和62年 ドア一部交換?
(鋼製と木製混合)
スハフ42-184 スハフ42-2184 昭和29年
・汽車
昭和60年 ドア一部交換?
(鋼製と木製混合)
アルミ窓枠
スハフ42-186 スハフ42-2186 昭和28年
・日車
平成4年
スハフ42-286 スハフ42-2286 昭和29年
・日車
昭和60年
スハフ42-304 スハフ42-2304 昭和29年
・日車
平成4年
スハフ43-2 スハフ43-2 昭和26年
・汽車
昭和61年 青+白帯 ナショナルトラスト
国鉄特急用スハ44系
片デッキ アルミ窓枠
スハフ43-3 スハフ43-3 昭和26年
・汽車
昭和61年 青+白帯 ナショナルトラスト
国鉄特急用スハ44系
片デッキ アルミ窓枠
オハニ36-7 オハニ36-7 昭和30年
・汽車
昭和62年 ナショナルトラスト
客貨合造車
鋼体化車両 特急用
TR11→TR52台車交換

※国鉄時代のオハ46・47の製造時は、スハ43であった。後年に形式編入された。

◆改造客車/3両◆
全て新金谷の大井川鐵道の自社工場で、電車から改造。

車番 種車 製造年
・メーカー
大鐵改造年 塗色 特記
スイテ82-1 西武鉄道501系
・サハ1515電車
昭和30年頃
・西武鉄道
所沢工場
昭和57年 茶+白帯 展望車マイテ風
貸切用 個室あり
TR11台車
昭和53年入線
ナロ80-1 西武鉄道501系
・サハ1516電車
昭和30年頃
・西武鉄道
所沢工場
昭和55年 茶+青帯 お座敷客車
貸切用 TR11台車
昭和53年入線
ナロ80-2 西武鉄道クハ1411形
・サハ1426電車
昭和30年
・西武鉄道
所沢工場
昭和61年 茶+青帯 お座敷客車
貸切用
シル&ヘッダー有
TR11台車
電車編成の
中間車として
昭和52年入線。
後に編成から
外され休車し、
種車となる

大井川鐵道の旧型客車は、後年の改造も多いので、非常に多様になっている。SL列車に乗るのみでなく、一両毎に観察するのも面白い。

(つづく)


2017年月日 FC2ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月3日 音声自動読み上げ校正

大井川鐵道広報担当のI様から、ご教授と掲載許可を頂いた。厚く御礼申し上げる。

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