岳南線紀行(8)かぐやの里 前編

さて、岳南富士岡駅で下車し、駅と車両検修区を見学したら、そのまま下車観光に出かけよう。気温は低いが、陽も高く上がっており、冬日の穏やかさも感じて、活動しやすく感じる。


(駅前にある観光案内板。)

吉原駅で貰った岳南電車沿線マップを見ると、この岳南富士岡駅と隣の比奈駅の周辺は、富士山の豊富な湧き水とかぐや姫伝説の里として、静かな観光名所がいくつかある。道路際に、「泉とロマンの郷」と言う、赤い案内石碑が整備されているので、それを辿って行こう。駅北口から、山の方に真っ直ぐ歩いて行く。富士山は相変わらず、山頂に雲を被ったままになってる。


(富士山に向かって歩く。)

時刻は正午を過ぎて、空腹になってきた。沿線マップに紹介されているカレーハウスが、駅の近くにあるので、先に腹ごしらえと行こう。

岳南富士岡駅から少し歩くと、カレーハウス「一番館」【食事マーカー】がある。某大手チェーンの「一番」ではなく、地元の小さなカレー専門店は、今では珍しい。一見、開店しているか判らないが、カレーのスパイスの香りが漂ってくるので、大丈夫そうである。古い引き戸をカラカラと開けると、手前のテーブルで、楽しそうに昼から一杯やっている地元の年配客が数人おり、挨拶をして、奥の方に座る。地元の喫茶店と呑み処も兼ねているらしい。


(カレーハウス一番館。)

店内は、入り口近くの数席のカウンターとテーブル席が四つ程あるので、結構広い。レンガ風壁紙の内装や懐かしい歌謡曲がBGMでかかり、昭和にタイムスリップした感じである。メニューを見ると、海に面した町なので、イカや白身魚等の海鮮系具のカレーも多いが、基本的なビーフカレーを注文。なお、ポテトフライや焼きそば等の軽食もある。10分位待っていると、出てきた。


(ビーフカレーの普通の辛さ、ご飯は標準の300gバージョン。)

早速、食べてみよう。昔ながらの一口目はピリ辛で、後味がマイルドな味が広がる。良く煮こまれたルーは、まろやかで脂感も無く、美味しい昭和のカレーである。普通の大盛りは100円増しであるが、ご飯の量と辛さをチョイスでき、並の男性の限界の二倍量と謳うご飯1,500gまであるので、驚きである。壁には、とび辛表もあり、結構辛いらしいので、勇気ある人は挑戦するのも面白い。辛さの説明が、妙に昭和っぽい。


(ユーモアたっぷりのとび辛表。)

かつては、全国チェーンとして、静岡県内に数軒あった古いカレーチェーンで、この店は30年以上経営しているが、今では、殆どのチェーン店は閉店しているらしい。チェーン店時代の大盛り早食い無料キャンペーン完食者の記念写真も、壁に沢山貼られている。なお、ご飯は1,300gもあり、20分以内の完食が条件だったとの事。

【カレーハウス一番館】
第二・第四日曜日定休。11時から20時位まで営業。お得なランチセットあり(時間限定)。
店向かい側に駐車場あり。

満腹となった所で、店のオーナーと思われる愛想の良い中年女将にお礼を言い、散策再開としよう。尋ねられて、「東京から来た」と伝えると、先程、数人の台湾の観光客グループが来たらしい。来日観光客が増えているが、岳南線沿線ではまだ珍しく、富士山を見に来たのであろう。

店から中学校沿いの道路を、富士山の麓を見ながら北上する。道路脇には、豊富な水量の水路が流れ、水音が心地良い。


(水量はとても多く、清らかな水である。)

車が何とかすれ違いができる、1.5車線程度の根方街道(ねほう-)の先の路地を入って行くと、水路の水源らしい親水公園【赤色マーカー】があり、近くに木造二階建ての旧家も建っている。昔は、根方街道沿いに旧家が建ち並んでいたそうで、その一部が今も残っているらしい。


(住宅地の中の親水公園。)

(水路と旧家。)

旧家横の道路をもう少し奥に行くと、「泉の郷・湧水公園」【波マーカー】がある。住宅が建ち並ぶ中に、突然、大きな湧水池と東屋があるので、とても驚く。豊富な湧き水がある贅沢な水環境で、今でも、地域の生活用水として利用されているとの事。池には、丸々と太った黒鯉が悠々と泳ぎ、東屋の木製デッキに立つと、餌が欲しいと寄ってくる。周囲は、とても静かで、優雅な時間が流れている。


(東屋の木造デッキから見た湧水池。遊歩道両岸に沿って、南北に細長い。)

(洗い場が残っている。ペットを入れない様の注意書きもある。)

この湧水地奥には、古刹の医王寺(いおうじ)【万字マーカー】があり、禅宗系の寺院で、甲斐武田の名軍師・山本勘助の供養塔があると言われている。境内には、幼稚園が併設されているので、山門前の見学までにしておこう。薬師如来像(市指定文化財)の御本尊は、目の病気にご利益があると言われており、医王寺の池の湧水で身を清めた後、百度参りをしたと伝えられている。


(医王寺山門。)

寺の北側から標高が高くなり、医王寺前から左の路地に曲がって、高台に登る。高台の海抜は40m位で、新興住宅地になっており、所々から、吉原の町並みが見える。ここから見ても、「工場と煙突の町」と実感できる【カメラマーカー】。吉原一帯は標高が10m未満と低く、過去に何回も津波被害を受けているので、予測されてる東海地震が心配でもある。この高台は、津波来襲時の避難場所になっているが、市街中心部から遠いのが防災上の弱点である。


(吉原本町方面。煙突は大昭和製紙のもの。左手にも、住宅地が広がっている。)

この高台の頂上部には、明治時代以降の地元戦争犠牲者を慰霊する、岳南忠霊廟がある。地元製紙メーカー・大昭和製紙創業者(現・日本製紙)の故・斎藤知一郎氏の援助で、戦後に建てられ、毎年慰霊祭が開催されている。また、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災を受けて、津波避難啓蒙のトーチの銅像も、道路際に建てられている。大震災の津波被害は、この吉原も海に面した大きな町なので、地元住民には衝撃的であったらしい。


(津波避難啓蒙のトーチの銅像。)

なお、太古の昔の吉原一帯は、富士川の大河川敷と湧水の大湿地帯が広がっていた為、この高台が富士山南麓から連なる岬になっていた。古代の古墳も、この高台に幾つか築かれている。暫く、ここから、吉原の町並みを眺めてみよう。

(つづく)


【参考資料】
現地観光案内板
富士市公式HP「文化財の紹介」
岳南電車沿線マップ(岳南電車発行)
アイラブ岳鉄(鈴木達也著・静岡新聞社刊・2001年)

散策コースは、岳南電車沿線マップ裏面の「泉の郷山本勘助と歴史探訪」(原田-富士岡)コースを、逆行程に歩き、岳南原田駅ではなく、比奈駅を終着とした。

2017年7月13日 文章修正・校正

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