銚子電鉄紀行(9)犬吠埼灯台

この犬吠駅まで来たら、定番であるが、灯台に行ってみよう。関東最東端の犬吠埼(いぬぼうさき)は、この銚子半島一の名勝地になっている。なお、「埼」は平地の突端部を表し、「崎」や「岬」は山が海まで迫っているものを表す。本来は、海図用の区分表記で、一般向けの地図では「崎」で代用する場合もある。

日本の最東端は、北海道納沙布岬(のさっぷみさき)であるが、地球の地軸が傾いている関係で、山頂や離島を以外の冬期において、この犬吠埼が最も早く初日の出を見る事が出来る。また、犬吠の地名の由来は、源義経伝説により、義経が従者と共に北上船に乗った際、置き去りにされた愛犬が別れを惜しんで、七日七晩鳴き続け、ここまで聞こえた事が由縁である。なお、この犬吠埼や外川周辺は、義経伝説が伝えられ、地名等の由来となっている場所が幾つかある。


(黄色ラインは遊歩道。)

駅出入口の県道を左に行き、100m先の県道を横断し、「この先行き止まり」の小さな看板がある小道【赤色マーカー】に入ろう。この小道に入ると、眼前に水平線が上がって見えて来る。

木の土留めの大きな階段を下ると、海岸近くまで、降りる事が出来る。古くは、矢立の浜(やたてのはま)、今は、酉明浜(とりあけはま)と呼ばれ、北部は磯が広がり、南部は浜幅が狭いながらも、砂浜と海水浴場がある。ちなみに、矢立の浜の名も、義経公が放った矢が由来になっている。

階段下には、明治の頃の灯台職員も水汲みに来たと言われる、犬吠埼湧水【噴水マーカー】があり、今も飲む事が出来る。県道のある場所から20m下にあるので、崖から自然に湧き出たものであろう。横に湧水の小池もあり、錦鯉が気持ち良さそうに泳いでいる。


(犬吠埼湧水。)

湧水地から、灯台に向かって、磯辺の遊歩道【黄色ライン】が整備されている。海の荒い日は、波や飛沫が遊歩道まで豪快に上がるが、今日の波は穏やかなので、大丈夫である。向こうに見える白い塔が、犬吠埼灯台である。


(磯辺の遊歩道。)

磯辺に建つ一際大きなビルは、創業60年の老舗観光ホテルのグランドホテル磯屋になる。銚子最大級のホテルであるが、東日本大震災の風評被害で客足が激減し、平成24年(2012年)4月に廃業してしまった。この犬吠埼エリアでは、大型観光ホテル1軒が倒産、経営悪化による譲渡が1軒あり、東京湾アクアラインがある内房エリアと違い、大震災の影響が大きくなっている。

なお、君ヶ浜は遊泳禁止であるが、酉明浜の南部には海水浴場があり、観光ホテルがこの浜に連なっていて、銚子半島一の保養地になっている。1990年代には、念願の温泉も開発されている。


(酉明浜とグランドホテル磯屋跡。遠くに、長崎鼻が見える。)

遊歩道を少し進むと、人がひとり通れる程のミニトンネル【トンネルマーカー】がある。照明も無いので、恐る恐る入り、通り抜けるのも面白い。複雑な地質による為なのか、何故か、トンネル内に階段がある。

また、この付近は、地質学的にも重要な場所になっている。今から約1億年前の中生代白亜紀、恐竜がいた頃の地層が露出しており、アンモナイト等の古代生物の化石や生息の痕跡が見られる。遊歩道下の砂岩泥岩互層と言われる場所では、男性が磯狩りをしている。

トンネルを抜けると、犬吠埼の先端部には行けないので、長い階段を登ろう。上は見事なまでの真っ平らになっていて、海に突き出した大きなテーブルと感じさせる。


(遊歩道の様子。クリックすると、拡大。640×480pixel。)

このテーブルの東端に、灯台から塀まで白亜に統一された、犬吠埼灯台【灯台マーカー】がある。本州の大弧線より太平洋に単独突出し、その立地の重要さから、日本を代表する灯台のひとつである。平成10年(1998年)には、「世界灯台100選」と「日本の灯台50選」に選定され、また、国登録有形文化財と近代化産業遺産にもなっている。なお、国内に3,000基以上ある殆どの灯台は、保安上等の理由で内部は非公開であるが、この犬吠埼灯台は一般見学する事が出来る。ちょっと、見学してみよう。

正門横の白い丸ポストは、国内唯一のもので、灯台の色に合わせた特製との事。このポストから、郵便物を差し出すと、絵イラスト入りの大型消印が押されるサービスがあるので、訪問記念に葉書を用意し、自宅や知人宛に差し出すのも面白い。


(白い灯台ポスト。)

この美しい犬吠埼灯台は、明治7年(1874年)11月竣工・初点灯し、明治政府のお雇いイギリス人灯台技師である、リチャード・ヘンリー・ブライトンが設計した。また、国産レンガを初めて使った、灯台になっている。塔内に九十九段の螺旋階段があり、同じ千葉県内の九十九里浜からの由来である。なお、建設が早い順番と思いきや、国内二十四番目の灯台になる。

灯火は、15秒毎に1回白色閃光し、約35km先まで届く。明るさは110万カンデラ(110万本分のロウソクと同じ)もあるが、巨大レンズを使って光を屈折するので、光源はたったの400Wになっている。灯台本体の高さは31m、近くから見ると意外に小さくも見えるが、崖の上にあるので、海面からの高さは55mになる。


(犬吠埼灯台。)

そのまま、灯台の展望台に登ってみよう。九十九段の階段の最後に、急角度の鉄階段があり、それをよじ登ると、展望台に出る。展望台の幅は1.5人分位しかないので、非常に狭く、高所が苦手な人は大変かもしれない。しかし、晴れた日の360度の展望は、大変素晴らしい。また、長崎鼻方の「鼻」は、「端」の意味がある。灯台下の池の様な所は、「馬糞池」と呼ばれる潮溜まりで、昔の石切場跡【黄色マーカー】との事。細い水路も繋がり、波の激しい日には、海水が大量に入る。


(犬吠埼先の太平洋を望む。水平線も丸く見え、この先には、アメリカがある。)

(長崎鼻方と石切場跡。現在は、立入禁止になっている。)

(君ヶ浜と銚子方。遠くに、銚子市街と銚子ポートタワーが見える。)

灯台下の海寄りには、霧の際に大きな音で船舶を誘導する、霧信号所(霧笛舎)がある。かまぼこ型の総鉄製一階建てで、塩害防止のペンキも非常に厚塗りになっており、使われている鉄板は、初期の八幡製鉄所製との事。憂いを帯びた昔の消防サイレンを滑らかにした感じの犬吠埼の霧笛は、「まるで、牛の鳴き声の様だ」と言う人もいる。
犬吠埼ブライトン会犬吠埼灯台霧笛・MP3(※音量注意・自動再生31秒間。)

明治43年(1910年)から運用され、夏期の海霧が多い犬吠埼周辺では、重要な施設であった。屋根上の巨大ラッパから発せられる霧笛は、鉄道用ブレーキと同じ圧縮空気を利用しており、現在は、船舶レーダーやGPS航法装置の普及により、その役目を終えている。


(引退した霧笛舎。)

また、近くには、明治10年(1877年)、青森県下北半島太平洋側の尻屋埼灯台に設置された、日本最初の霧信号所の洋式霧鐘が展示されている。重さは1.7tもある。
グーグルマップ・尻屋岬(青森県下北郡)


(日本最初の霧信号所で使われた洋式霧鐘。)

灯台北側の資料館に入ってみよう。灯台の知識や歴史展示等の見応えのあるのもので、大ホール中央には、高さ2.6m・内径1.8mもある、初代フランス製八面閃光レンズが展示されている。現在の犬吠埼灯台には、国産の四面閃光レンズを載せている。


(初代フランス製八面閃光レンズ。)

ホール入口側から見ると、閃光レンズの中に巨大な電球が見える。しかし、家庭用白熱球位の大きさと光量の電球なので、とても驚く。


(レンズの中の電球。)

日本で使われている閃光レンズは、焦点距離により六等級に区分され、犬吠埼灯台で使われているものは、国内で五ヶ所のみで使われている一等級レンズになる。このヒダ状に重なって見えるのは、フレネル式閃光レンズの外観的特徴である。光の出方は変えず、レンズの厚さを薄くする事が出来、重量も軽くする事が出来る。なお、この巨大な閃光レンズを水銀の水槽に浮かべて、回転させる。電球は固定したままで、回転しているレンズの正面が合うと、閃光する仕組みになっている。

このレンズを見た当時の漁師達は、明かりで魚が獲れなくなると大変心配した。しかし、翌年は稀に見る鰹の大漁となり、灯台のおかげと喜んだエピソードがある。

(つづく)


【参考資料】
現地観光案内板
犬吠埼灯台見学者向けパンフレット(社団法人燈光会発行)

2017年7月15日 FC2ブログから保存・文章修正(濁点抑制)・校正

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