この久留里は小櫃川(おびつがわ)が北流する右岸、800m四方の狭い平坦地に発達した町で、黒田氏三万石の城下町として栄え、現在も小櫃川上中流域の中心地になっている。町のシンボルの久留里城の他、古刹や名所も多く、自然豊かな里山に囲まれた散策にも良い土地柄である。このまま、駅から観光に出かけてみよう。
□
時刻は正午を過ぎた。青空が広がり、風も無い爽やかな天気で、気温も大分上がり暑い。散策前に昼の腹ごしらえをするとする。駅前を見渡すと、飲食店は少ないが、怪しいバラックの様な路地の奥に話題の店があるそうなので、行ってみよう。みゆき通り商店街【カメラマーカー】の出入口の立て看板には、店を紹介する新聞記事やメニューが貼られている。
(みゆき通り商店街。如何にも、怪しい感じである。)
(やっているのかわからない居酒屋のシャッターが並ぶ。かつては、おもちゃ屋、洋品店、おやき屋なども並び、大繁盛していたらしい。)
狭く薄暗い屋根付き路地を不安げに歩く。やっているのか、やっていないのか、判らない様な居酒屋が並んでいるが、奥の方からガヤガヤと賑やかな声が次第に大きくなってくる。某有名テレビ番組でも紹介された中華食堂の喜楽飯店(きらくはんてん)【食事マーカー】である。
いわゆる、汚いけど旨い「きたなシュラン」の店である。かなり繁盛している様子で、約30畳の広い店内はほぼ満席。三人の中高年の給仕係が忙しそうに動き回っている。暖簾の間から覗いてみると、「丁度、ひとり分の席はあるよ」との事なので、待たされずに厨房近くのテーブルに着席できた。しかし、このテーブルにも、色々な雑貨が崩れる様に置かれていて、酷く煩雑である。
(中華食堂の喜楽飯店。)
壁の上方には、メニューがずらりと貼り出されており、お勧めと書かれている喜楽特製めん(税込み680円)と、チャーハン(税込み600円)を注文。10分程待っていると、「お待ちどお」と出て来た。昔懐かしい甘口の醤油ラーメンには、一般的なチャーシューではなく、大きな豚肉スライスが二枚乗っている。細目の麺はやや柔らかく、卵入りらしい。昭和気分に戻る様な、優しい味がするラーメンである。
(「喜楽特製ラーメン」税込み680円。なお、普通のラーメンは450円と安い。)
続いて、チャーハンもやって来た。卵と肉そばろ入りのオースドックスなものであるが、良い塩加減で美味い。パラっとしすぎず、しっとりしすぎず、絶妙な感じがする。なお、挽肉やチャーシューの細切れ肉を使わず、丁寧にも、チャーハン専用肉を作っているとの事。
(「チャーハン」税込み600円。スープ付き。)
この喜楽飯店は、千葉の有名中華料理店であった京華飯店(現在は廃業)で修行した大将が、今から約40年前の昭和51年(1976年)に開業した。豚ガラと野菜を三時間煮込んだ自家製スープ等、昭和の手作りの中華味を守る。今では、昭和の懐かしい味が味わえると評判になり、町外からの常連客も多く、この店目当てに久留里に来る観光客もいるらしい。一品料理から定食セットまでメニューは幅広く、どれも旨いと評判だが、県立青葉高校の学生達が昔食べに来ていた「肉かけ丼」(税込み670円)も名物との事。次回は、それを食べてみたい。
【喜楽飯店(きらくはんてん)】
定休日水曜日、営業時間11時から19時(ラストオーダー18時半)、
駐車場三台あり(駅前理容店横/混雑時は、上総地域交流センター駐車場を一時利用可)。
君津市久留里市場170(久留里駅近く、上総地域交流センター向かいのみゆき通り商店街アーケード内)。
※サービス定食もあり。
※昼は非常に混むので、外で待つ場合がある。ピークの昼以降は空いている。
□
しっかりと腹ごしらえが出来、喜楽飯店を出る。北並びの部屋を覗くと、年配の地元男性達が数人集まり、何かを作っている。「遠慮無く、見ていって下さい」と声を掛けて頂いたので、お邪魔してみよう。カウンターの見学ノートに記帳をし、何の集まりか尋ねると、久留里伝統のブランド工芸品である黒文字楊枝「雨城楊枝」の技術伝承会の集まりとの事。シュッシュッと小刀を当て、丁寧に削っている。
(雨城楊枝の製作風景。※撮影許可承諾済。)
茶会等の和菓子を食べるのに添えられている高級デザイン楊枝である。松竹梅や刀等を模し、江戸時代の久留里下級藩士の内職として、奨励されていた。なお、黒文字とはクスノキ科の香木クロモジの事で、久留里は良質なクロモジが豊富に採れ、大正時代の頃は町の主要産業のひとつであった。200軒もの楊枝工場があったそうだが、今は、県立青葉高校前の森家の1軒のみが残っている。手造りの高級工芸品であるが、手頃な土産用1種500円のミニパックも販売しており、新築や開店祝い等の額縁飾り楊枝(2万5,000円から4万円)の縁起物もある。
(観光センターに展示してある久留里伝統黒文字楊枝「雨城楊枝」。※撮影許可承諾済。)
□
黒文字楊枝製作の見学の御礼をして、早速、出発しよう。駅の隣にある上総地域交流センター(上総公民館)のビル前には、大きな駐車場があり、ひっきりなしに車が出入りしている。この駐車場の一角の無料の水汲み広場【水道マーカー】を目当てにやって来ているらしい。ポリタンクを何個も車に積んでくる人達も多く、途切れなく賑わっている。
この久留里は名水の里にもなっており、川水や湧水ではなく、上総掘りと呼ばれる深井戸掘削技術で掘られた自噴井戸水が名水となっている。自然の幾重もの地層で濾過され、地下水脈を通ってきた水は水質が大変良く、「生きた水の里久留里」の触れ込みで、観光客誘致を行っている。なお、幾つも名水井戸が町内にあり、何処でも無料で水を貰う事が出来るので、散策途中に立ち寄ってみよう。早速、木更津駅で買った緑茶の空ペットボトルに、水を詰めておく。
(上総地域交流センターの名水処「水汲み広場」。)
センター横には、元・農協倉庫の立派な石造りの大蔵【インフォメーションマーカー】がある。玄関先で雑談をしている地元中年男性2〜3人に、挨拶をして中に入ると、観光案内所があり、散策マップや観光名所を教えて貰おう。「駅から離れているけど、この新緑の季節は、久留里城が最もお勧めだよ」と案内係の初老男性氏が言う。模擬天守閣と郷土資料館があり、町と里山を見下ろす大展望台もあるとの事。路線バスは無い為、登城には徒歩40分位かかるそうだが、道は舗装されており、普通の靴でも歩き易いらしい。
(久留里観光交流センターが入る大きな石蔵。内部は、木柱を組んで耐震補強をしてある。)
(外に設置してある、町の大きな観光案内板。)
また、この観光案内所の奥には、久留里線博物館と名付けられた鉄道展示室がある。有料になっている為、大人100円を支払い、衝立に仕切られた出入口を入ると、とても驚いた。久留里線や内房線由縁の駅名標、鉄道用品や昔の写真が展示され、手作りながら見応えがある。個人的には、演出過剰な大手某鉄道博物館よりは、こういう展示の方が好ましく感じる。これらは、地元の鉄道用品コレクターであった故・瀬戸内健二氏が君津市に寄進し、そのコレクションの一部を展示しているとの事。
(久留里線博物館。駅名標等の看板類から蒸気機関車の煙室扉まで雑多に展示している。)
(ホーロー製柱駅名標と鉄道用品類。久留里線由来のものもあるが、他の地方のものもある。)
(久留里線の歴史も詳しく解説している。壁面中央のかつての久留里線の写真も貴重。)
久留里線の年表、当時の写真や切り抜き新聞記事の展示も多く、歴史や当時の雰囲気も良く判る。その中でも、県営軽便鉄道時代のコッペル蒸気機関車の入線記念写真(君津市所蔵)は、県営軽便鉄道時代の代表的な写真であり、目を引く(※)。
【上総観光交流センター(観光案内所)と久留里線博物館】
定休日・月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)、9時から17時まで。無料駐車場あり。
観光案内は無料、博物館入場料は大人100円。久留里市場195-4(久留里地域交流センター横)。
□
観光案内所【インフォメーションマーカー】の初老男性氏に見送られ、出発しよう。勧められた久留里城に先に行き、その後、町中散策と古刹を巡ってみたい。町中にも、明治や大正時代の古い商家が幾つか残っているらしい。
駅前ロータリーから、真っ直ぐに100m歩くと、久留里街道の交差点になっている。この交差点には、久留里城の模型を乗せた商店街歓迎門【門マーカー】があり、中々の出来栄えである。車で訪れた人達も、初めて見ると驚くだろう。
(久留里商店街の名物歓迎門。)
この付近は、久留里市場と呼ばれる町一番賑やかな商店街になっており、昭和の雰囲気が濃く残っている。今日は祝日の為、シャッターが降りているが、今でも営業している店が多い。
(久留里商店街南方向の街並み。)
その中でも、古い石蔵造りの木村屋金物店【赤色マーカー】が目を引く。江戸時代後期の寛永年間(1848〜1854年)創業の老舗として、農機具等の金物、砂利やセメント等の建材、ガソリンスタンドの石油販売を今も行なっている。なんと、明治元年(1868年)竣工の文化財級建物らしい。
(木村屋金物店。丁度、喜楽飯店のみゆき通りを抜けた向かいにある。)
木村屋金物店前を過ぎると、町の重心地点にある久留里交差点に出る。千葉銀行の支店や東京方面と鴨川を結ぶ高速バス停も近くにある。周辺には、セブン-イレブン、和菓子屋、鮮魚店、パン屋、洋品店、呉服屋、生花店や靴屋等も集まっており、地方ローカル線の主要町としては、廃業店が少なく、元気な印象がある。
セブン-イレブンの左隣には、国登録有形文化財に指定された河内屋【黄色マーカー】が並ぶ。昭和8年(1933年)築の木造平屋一部二階建ての瓦葺きの重厚な建築で、金物、ガラス、猟具や農機具等の販売をしていた商家であった。街道側の店舗部分には、昔の銭湯に見られる格天井(ごうてんじょ)が残っているそうで、久留里が最も盛んな頃の雰囲気を残しているという。現在、NPO法人のギャラリーになっているが、イベント開催時のみの開館らしい。
(国登録有形文化財の旧・河内屋。家主が補修費用を出した。)
また、旧河内屋向かいには、商人宿(あきんどやど※)・割烹旅館の旧・大島屋【青色マーカー】が復元されている。千葉県松戸の歴史的建築物活用ネットワーク運営団体「まちづクリエーション」が建物を大規模に再整備をし、日替わりでテナントが出店している。丁度、鯛焼き屋が出店していた。
(交差点角の割烹旅館の旧・大島屋。)
セブン-イレブン【B地点】に立ち寄った後、この久留里街道を南の方に歩いて行こう。
(つづく)
(※)前話の久留里線の車両変遷の文中にて、画像紹介済み。
(※)軒先で商売が出来る宿。売上を宿代に当てながら、各地で行商をした。
【参考資料】
現地観光歴史案内板
久留里・井戸マップ(上総ロータリークラブ・発行年不明/現地観光案内所で入手)
久留里伝統黒文字楊枝観光客向けパンフレット
(君津市久留里観光交流センター・発行年不明/現地観光案内所で入手)
久留里線博物館見学者向けパンフレット(君津市副次核推進対策協議会・2015年/現地観光案内所で入手)
2018年1月21日 ブログから転載
2024年8月24日 文章校正・修正
© 2018 hmd all rights reserved.
記事や画像の転載・複製・引用・リンク・二次利用(リライトを含む)や商業利用等は固くお断り致します。