わ鐵線紀行(20)大間々駅 その1

貴船神社に御礼の参拝を済ませ、長閑な田園風景の下り坂を歩いて行く。貴船橋を再び渡り、徒歩15分程で、上神梅駅(かみかんばい-)に戻って来た。

次は、沿線で最も重要な駅である大間々駅(おおまま-)に向かおう。時刻は13時を過ぎた所である。下り列車を少し待つ。待合室内には、鉄道ファンが訪れた際に記入する駅ノートが置かれている。この駅を訪問した感想やメッセージを書き込むコミュニケーションノートである。


(上神梅駅の駅ノート。)

基本的に単独行動の鉄道旅行派(乗り鉄)の鉄道ファンにとって、同好者との数少ない接点でもある。なお、駅ノートの管理人がおり、バックナンバーも作られている。地元の鉄道ファンと思われるが、管理人がいるのは珍しい。

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【乗車経路】★→登録有形文化財駅、◎→列車交換可能駅
上神梅★1346======1354大間々★◎
上り720D列車・桐生行(わ89形315「わたらせIII号」単行)
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空は良く晴れ上がり、気持ちの良い春の昼下がりになっている。13時46分発の上り桐生行き720D列車・わ89形315「わたらせIII号」単行に乗車し、難所の「七曲り(ななまがり)」と三つの文化財トンネルを抜ける。車内は数人の乗客がおり、子供達が楽しそうに前面展望を眺めている。


(上神梅駅に上り桐生行き720D列車が到着する。)

上神梅から大間々までは、三番目に長い5.1kmの駅間距離がある。エンジンを殆ど吹かさずに、抑速ブレーキをグワングワンと言わせ、長いジャンボ滑り台を降りる様に下る。上り坂は気動車の力強い走りが楽しめるが、下り坂も重量感のある独特な軽快さが楽しい。


(小さな紫色の花が咲く、大間々駅の手前付近。※当列車の最後尾から、間藤方を撮影。)

そして、渡良瀬川の険しい崖上区間から、住宅と木々の緑が混在する中に入ると、徐々に住宅も多くなり、視界が急に開け、大間々駅上り2番線に到着する。


(定刻に大間々駅に到着する。)

5分間停車し、先着している下り間藤行き721D列車・わ89形313「わたらせII号」単行と列車交換をする。下り列車が先発となり、汽笛を一声鳴らし、上り列車も発車して行く。


(下り列車721Dと列車交換となり、先発して行く。)

大間々は、渡良瀬川が関東平野に出る扇状地にある。古くから、日光方面への回廊の玄関口として、また、江戸時代以降は、銅街道(あかがね-)の宿場(継場)と生糸の集散地として栄えた。現在は、近隣の中心地の桐生と同じ経済圏を形成している。


(国土地理院国土電子Web・大間々駅付近。)

大間々駅は、足尾鐡道が下新田駅(しもしんでん-)から大間々駅まで、先行開通した明治44年(1911年)4月に開業し、わたらせ渓谷鐡道最古の駅のひとつになっている。開業当時は、桐生駅(両毛鉄道として、明治21年開業)、相老駅(あいおい-)、大間々駅の三駅のみであった。起点の桐生駅から7.3km地点、4駅目、所要時間約13分、みどり市大間々町大間々、標高183mの社員配置有人駅になっている。

この駅は途中駅であるが、本社、車両区(車庫)や検修区(車両工場)があり、起点の桐生駅以上に重要な駅になっている。


(上り2番線の建て植え式駅名標。)

先ずは、改札係氏に1日フリーきっぷを見せ、見学と撮影の許可を取ろう。快諾を貰い、安全とマナーを守って見学する。

南北に二面二線を配し、島式ホームを向かいにした擬似千鳥式ホームになっている。1番線は駅舎本屋に接する単式ホーム、2番線は島式ホームの駅舎側を使用しているが、外側の3番線は使われておらず、島式ホームに接している側線扱いである。元・3番線の東側には、側線が多数ある車両区と検修区が置かれている。

上り2番線ホームの全長は、駅舎のある下り1番線ホームよりも30m程長く、北側にずれた千鳥配置になっている事から、現在の跨線橋付近に構内踏切があったはずである。


(上り2番線ホーム北端間藤方からの駅全景。後発の720D列車が、桐生に向けて発車する。)

上り2番線ホーム北端から間藤方を望むと、ホーム外側に側線が何本も並び、遠くには、赤城の山々も見える。上り・下り本線共に側線が分岐しており、向こうの踏切手前にある本線ポイントを使い、転線を行なう為、踏切が作動する。なお、下り本線からは、2本の側線が分岐し、一番外側にトロッコ列車が留置されている。


(間藤方と赤城の山々。)

この上り2番線ホームの跨線橋付近は、現在運行されている軽快気動車の乗降口の高さに嵩上げされているが、間藤方は、開業当時の高さの低い客車ホームのままになっている。長さは107mあり、国の登録有形文化財に指定されている。また、客車ホーム部には、視覚が不自由な人用の黄色いパネルが無く、この間隔が空いた白線タイルと縁石もとても懐かしい。


(昔ながらの白線ホーム。明治末期に造られたホームである。)

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐵道大間々駅上り線プラットホーム」

所在地 群馬県みどり市大間々町大間々1360-1 他
登録日 平成21年(2009年)11月2日
登録番号 10-0302
年代 明治44年(1911年)竣工/昭和55年(1980年)改修
構造形式 石造、延長107m。
特記 駅舎本屋向かいの東側に位置する。
割石による間知石練積の擁壁とする延長107mの構造物。
客車の停車部分のホームを嵩上げするが、
基本的には、建造当初の擁壁を留める。
下り線プラットホームと共に、明治末期の開業時の面影を残す。

(文化庁公式ページの国指定文化財等データベースを参照・編集。)

北側の側線には、わ89形314「あかがねIII号」が留置されている。貫通幌が伸びており、朝ラッシュ対応の二両編成の連結開放後、側線に転線したと思われる。

わたらせ渓谷鐵道の気動車は、単行運転が出来る両運転台になっており、季節や乗客数に応じた増解結をし、経済的に運行している。大間々駅では、本線ホームでの連結や開放仕業を行なっており、都市部の通勤路線では、見られなくなった鉄道風景を間近に見る事が出来る。


(転線されたわ89形314「あかがねIII号」。)

向こうにも、幌製の小さな車庫があり、紅白塗色のDE10形ディーゼル機関車が留置されている。わたらせ渓谷鐡道の車両では、唯一の国鉄色車両になっている。


(国鉄色のDE10形。)

桐生方の元・3番線側には、車両区(車庫)と検修区(車両検査修理工場)が置かれている。複雑に配された側線は、二本にまとまり、近代的な検修庫に入って行く。検修庫前には、給油所と軽油タンク、自動洗車機のある洗浄線が、コンパクトにまとまっている。


(わたらせ渓谷鐵道車両検修区。)

検修庫前には、三両の気動車が休んでいるのが見える。給油機の横に、わ89形311「たかつど号」、その後ろに、わ89形302「わたらせ号」、本線寄りには、唯一の現役レールバスであるわ89形101「こうしん号」が留置されている。

レールバスである「こうしん号」は、他の車両よりも一回り小さく、屋根が低いのが特徴である。わたらせ渓谷鐡道の普通列車用気動車の中では、マスコット的な車両になっている。


(わ89形302「わたらせ号」と、わ89形101「こうしん号」。)

跨線橋の階段下には、さり気なく、「砂」と書かれたドラム缶がある。車輪がスリップ(空転)した際、レールの上に撒く滑り止め用の砂を撒く。長い勾配が続くわたらせ渓谷鐵道では、特に必需品になっている。なお、台車にある砂箱に予め補充をし、必要に応じ、運転士が運転台から操作する。


(砂を入れたドラム缶。)

国鉄風鉄骨製跨線橋からの桐生方は、片開きポイントで線路がまとまり、踏切を通過すると、左に大きくカーブをし、進路を南から東に変える。また、下り1番線ホーム南側には、増設部分があり、ホームに埋められている出発信号機も面白い。


(跨線橋上から桐生方と下り増設ホーム。)

この跨線橋上からの間藤方も、わたらせ渓谷鐵道の撮影の定番になっている。左側の下り1番線ホームには、大きな木造旅客上屋が残っているが、上り2番線ホームの旅客上屋は、戦後に建て直されたらしく、大型波形平トタン屋根の旅客上屋とプレハブの待合室が設置されている。


(跨線橋上からの間藤方。)

このまま、跨線橋を降り、今度は、下り1番線ホームと駅舎本屋を見てみよう。

(つづく)


2017年8月12日 ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月12日 文章修正・音声自動読み上げ校正

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