天浜線紀行(3)桜木駅

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【停車駅】
掛川0632===掛川市役所前===西掛川===0639桜木
下り107列車・新所原行き(TH2107・単行)
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この朝一番列車に乗車し、三つ先の桜木駅に向かおう。定刻の6時32分、良い金属音がするタイフォンを鳴らし、ディーゼルエンジン音の唸りと共に掛川駅を発車。乗客は10名程度である。

東海道線と暫く並走した後、緩やかに右カーブをして離れて行く。直ぐに、掛川市役所前駅に到着すると、役所勤めと思われる数人の乗客が下車する。次の西掛川駅は、逆川を渡った対岸にあり、お互いの駅が見える至近距離にある。発車後は、掛川の市街地を見下ろしながら、単線非電化の長い盛り土の直線を軽快に走って行く。盛り土から地上に降り、国道1号線をアンダーパス。逆川支流のプレートガーダーの小さな鉄橋を渡り、左カーブを曲がると、桜木駅に到着する。

桜木駅は、遠江森(とおとうみもり)駅まで開通した昭和10年(1935年)4月に開業、起点の掛川駅から4.0km、所要時間は約7分、所在地は掛川市富部、標高22mの終日無人駅である。東西に広い構内には、2面2線の構内踏切付き千鳥式ホーム、貨物側線や木造駅舎等が残っている。下りホームの建て植え式駅名標は、第三セクター転換後に建て替えられた天浜線仕様になっている。この桜木の由来は、近隣に鎮座する雨桜神社と、この付近の字(あざな)の垂木から、一文字ずつ取ったという。その所以で、構内に桜が多く植えられ、名所になっている。


(天浜線仕様の建て植え式駅名標。やや横長タイプになっている。)

ここで、上り掛川行き204列車・TH2102と列車交換になる。駅の北側に市立中学校があり、上下列車から部活の朝練と思われる中学生も多く下車する。


(構内踏切と駅舎。駅中央部の改札前に構内踏切があるので、上り列車は踏切前で停車する。)

なお、開業当時は、遠江桜木駅と呼ばれる有人駅であった。昭和62年(1987年)の第三セクターの天竜浜名湖鉄道に転換した際、駅名変更をし、その後も暫く有人駅であったが、平成21年(2009年)11月に無人化された。


(掛川方からの桜木駅全景。)

まだ、朝陽が眩しく、1番線ホーム駅舎屋根下から掛川方を望む。逆川支流の家代川を渡った後、左カーブを曲がり、構内に進入する。駅舎横の東側には、貨物側線もそのまま残っている。


(掛川方。※早朝の完全逆光の為、ご容赦を願いたい。)

天竜二俣方は、ホームは長いが、半分は盛り土のままになっている。この桜木は、掛川周辺に広がっている盆地の北限に位置しており、田圃もあるが、住宅や工場が多い。駅の真南には、ヤマハ掛川工場があり、ピアノ製造の主力工場になっている。


(天竜二俣方。)

下り2番線ホームには、苔むした大きな4kmポストもあり、下りホーム外側の側線は、使われておらず、土や草に埋もれている。また、小さな屋根付きの構造物は、駅員や車掌氏の雨天時の集札所(乗客から切符を回収する)との事。


(下りホームの集札所。戦後の国鉄時代のものであろう。)

下り2番線ホームから見ると、駅舎東側には、貨物側線と貨物ホーム跡もあり、今は自転車置き場になっている。なお、貨物を一時保管するため、ホームの幅はかなり広い。国鉄二俣線の鉄道貨物廃止は、約40年前の昭和46年(1971年)11月になっている。


(貨物ホーム跡と貨物側線。)

2番線ホームから構内踏切を渡り、駅舎を覗いてみよう。改札前には、切り欠き階段の構内踏切があり、警報機だけが設置されている。開業当時の古いトタン庇付き木造切妻駅舎は、上りプラットホームと共に国登録有形文化財に指定されている。

駅舎内の配置は、西側の天竜二俣方から、改札と待合室、駅事務所、倉庫の順に並んでいる。なお、掛川駅から遠州森駅までの区間が、最初に開通したので、天浜線内でも最も古い駅舎のひとつになっている。

(2番線ホーム掛川方から駅舎全景。物置は増築されている。)

(ホーム側からの桜木駅正面。屋根上の突起は、待合室ストーブの煙突。)

◆国登録有形文化財リスト「天竜浜名湖鉄道桜木駅本屋と上りプラットホーム」◆

所在地 静岡県掛川市富部字西ノ谷251-5
登録日 平成23年(2011年)1月26日
登録番号 22-0174
年代 昭和10年(1935年)3月
構造形式 桜木駅本屋(木造平屋建、瓦葺一部鉄板葺、建築面積93㎡)
上りプラットホーム(コンクリート造、延長86m)
特記 原谷駅の4,000m南に位置する。桁行12m、梁間4.5m、木造平屋建、
南面に86m長のプラットホームを設ける。
切妻造スレート葺で、ホーム側に庇を架け、東面南寄りに物置を付属。
外壁を上部漆喰壁の下見板張とする簡易な意匠。
旧国鉄二俣線、現天竜浜名湖鉄道でも最も古い駅舎のひとつ。
出札口が待合室に飛び出しているのが特徴。

※文化庁公式HPより抜粋、編集。

駅事務室出入口横にある、掛川城主・山内一豊の通行手形の木製金箔押し文字看板が、この駅の名物になっている。観光振興の為、第三セクター鉄道転換後に設置された様である。

ちなみに、室町時代中期の15世紀中頃に、駿河今川家第8代当主・今川義忠(織田信長に討ち取られた義元の祖父)の命により、掛川城が築かれた。その後の安土桃山時代の天正18年(1590年)から10年間、山内氏が掛川城主になり、城の大工事をして、完成させたとされる。「道中手形」とあるのは、この先の遠州森付近も山内氏が代官として統治をしていた事や、線路に並走する県道40号線が秋葉街道の脇街道であった事に由来するらしい。


(名物の道中手形看板。)

改札口周辺は、一部に手が加えられているが、開業当時の雰囲気を良く残す。10畳程の広さの待合室があり、鉄道小荷物窓口や事務所側の壁は白板で閉鎖され、待合室に斜めに張り出した出札口が特徴になっている。


(改札口周辺。)

(待合室。天竜二俣方の窓下に木造の据え付けロングベンチがある。)

壁の掲示を見ると、「ぽっぽや桜木会」と名付けられた地元ボランティア会があり、駅文庫や花の手入れ等をしているとの事。到着時も、地元の中年女性が、丁寧に掃き掃除をしていた。


(駅出入口とぽっぽや桜木会の看板。)

駅前に出てみよう。出入口上の駅名標は小さく、「駅」の表示が無い。駅舎は小さいが、大型の二段窓、下方の下見板が大きく、上方に白漆喰が少しあり、窓面積がとても大きいのが特徴になっている。ちなみに、この駅で、一世を風靡した女優・仲間由紀恵主演のテレビドラマのロケをしたという。


(駅前からの桜木駅。)

忘れずに、出札口の小さな木製テーブルに置いてある駅スタンプを押しておこう。次の下り列車は7時1分発になる。先に、通勤通学客を大勢乗せた上り206列車・掛川行きがやって来た。


(満員の上り掛川行き列車が到着する。)

(つづく)


2020年4月29日 ブログから転載・文章修正・校正。

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