長鉄線紀行(3)深戸へ

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【停車駅】〓→長良川本流を渡る鉄橋、】【→トンネル
洲原714=】【=母野=】【=木尾=】【=八坂=〓=みなみ子宝温泉==725大矢
下り北濃行き(ナガラ300形(305)単行)
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この付近は、長良川が濃尾平野に出る直前の山地であるが、山は険しく、川はコブ状に大きく蛇行している。短いながらも、川岸まで張り出した山の尾根下を潜るトンネルも多くなって来る。

洲原駅から、山際に一度寄り、尾根裾下の短いトンネルを抜けると、難読駅名の母野「はんの」駅と木尾「こんの」駅に停車。どちらも、ホームと待合所のみの小さな無人駅である。以前、母野駅には、列車交換施設があった。南方には、東海北陸自動車道も交差している。


(母野駅を後にし、木立の中の緩い勾配を登って行く。最後部から、後方撮影。)

長良川に寄ったり、離れたりしながら、かなり速いスピードで快走する。しかし、線路の状態があまり良くない為、左右に激しく揺れ、立っているのも一苦労である。母野駅の先は、トンネル、支流のデッキガーター鉄橋、右大カーブと、畳み掛ける様に走り抜ける。また、この付近の長良川は、流れが速く、カヌーの練習や競技大会も開かれる名所になっている。


(母野駅から木尾駅間の大カーブ。道路用トラス鉄橋は支流のもの。最後部から、後方撮影。)


(国土地理院国土電子Web・母野から木尾間の大カーブ付近。)

八坂駅に到着すると、ホームに大きな案内板があり、「日本の真ん中の駅」と書いてある。位置では無く、全ての人が同じ体重を持つと仮定し、支える事が出来る日本の人口重心地であると言う。周辺は、200m四方程度の長良川西岸にある小さな平坦地になっており、田圃と小さな集落が広がっている。なお、平成18年(2006年)までは、半在駅(はんざい-)の駅名であった。語呂の悪さから、第三セクター化後に改称されたらしく、新駅名の由来になったと思われる八坂神社がある。


(八坂駅の日本の真ん中の駅の看板。)

周囲が開けた八坂駅を発車すると、直ぐに、第二長良川橋梁を渡る。長良川は水量が非常に多く、河原があまり広く無いのが特徴である。


(第二長良川橋梁を渡る。上流方を撮影。)

対岸に渡ると、山際前を大きく左にカーブし、みなみ子宝温泉駅に到着。ここは、江戸時代前期の有名な行脚僧・仏師であった円空の故郷でもある。駅の中に温泉が併設されており、何人かの乗降がある。なお、温泉施設は、朝10時からの営業になっている。


(みなみ子宝温泉駅手前の大カーブを曲がる。)

(みなみ子宝温泉駅は、最も新しい駅である。)

この駅は、駅の近くに温泉が湧いたのをきっかけに、平成14年(2002年)に温泉併設駅として開業した新駅になっており、「中部の駅百選」に選ばれている。長良川鉄道の利用客は、運転士から利用証明書を降車時に貰えば、入浴税50円(現在は、入浴料込み優待料金200円/通常は大人600円)のみで入浴できる特典がある。館内には、三色の色灯式信号機を使ったユニークな列車案内があり、名物になっている。
日本まん真ん中温泉・子宝の湯公式HP


(国土地理院国土電子Web・八坂駅・みなみ子宝温泉駅・大矢駅周辺。)

みなみ子宝温泉駅から発車後は、再び、長良川に寄り添いながら走る。この付近は、急な崖を削って開いた難所である為、川の崖っぷちを走るスリリングな区間になっている。ここまで来ると、山が近く、緑も多くなり、ローカル線らしい風景になっている。


(みなみ子宝温泉から大矢間の難所区間を走る。長良川との距離も近い。)

(31kmポスト手前付近では、長良川上流方が一瞬見える。)

難所区間の長良川から離れると、最も広く開けた農村地帯に入る。そのまま、直進をし、列車交換設備がある大矢駅に7時25分に到着。上り列車のナガラ300形(301)単行と列車交換になる。


(大矢駅に到着する。)

昭和2年(1927年)10月、洲原駅(すはら-)からこの大矢駅までの延伸開通時に開業。起点駅の美濃太田から31.8km地点、19駅目、所要時間約1時間、郡上市美並町大原、標高134mの終日無人駅である。なお、第三セクター転換前は、美濃下川駅の駅名であった。この付近でも、最も広い平坦地がある場所になっており、かつては、川湊の町として栄えた。下りホームには、古い大きな木造駅舎も残っている。時間があれば、帰りに寄ってみよう。


(大矢駅下りホームに面する駅舎。)

7時27分に先発する。朝日を浴びながら、大矢駅を後にする。国鉄時代の長い貨物列車に対応する為、駅構内の複線区間がとても長い。周りは、見事なまでの春の田園風景が広がっている。


(大矢駅を発車。最後部から、後方を撮影。)

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【停車駅】〓→長良川本流を渡る鉄橋、】【→トンネル
大矢727=】【=福野=】【=美並苅安=〓=赤池=〓=】【=738深戸
下り北濃行(ナガラ300形(305)単行)
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大矢駅を発車し、蛇行する長良川に寄り添いながら、北上して行く。先程よりもカーブも緩やかになり、上り勾配であるが、列車のスピードも速い。この先の郡上八幡までは、長良川本流を渡る鉄橋が4本と幾つかのトンネルがある。

一瞬、長良川が左窓に見えると、第6トンネルに突入し、下り勾配の先にある福野駅に停車。この付近は、長良川から離れて走る区間になっている。そして、福野駅先の右カーブ上り勾配の築堤を登る。左側に桜並木があり、開花の頃は、鉄道撮影の有名スポットになっている。


(福野駅先の桜並木がある上り勾配を登る。)

築堤を登り切った先の第7トンネルを抜けると、再び、長良川の近くに出る。国道と並走し、大きな町並みが見えてくると、役場や病院等があるこの付近の中心地の美並苅安駅(みのかりやす-)に停車。2-3人が下車をする。昭和3年(1928年)開業の古い木造駅舎が残っている。

国鉄時代は、二面二線の跨線橋付きの途中主要駅であったが、現在は、単式ホーム一線の業務委託駅になっている。また、第三セクター化前は、刈安駅の駅名であった。


(美並苅安駅の改札口。)

美並苅安駅を発車する。町中を抜けると、この付近の長良川は蛇行し、両岸の狭い平坦地に農村地帯が広がっている。この青々とした畑は麦畑らしい。そして、大きな右カーブと直線、ゆるい左カーブを過ぎた後に、第三長良川橋梁(長さ149m)が見えて来る。


(沿線の左右には、麦畑が広がっている。列車の速度は、とても速い。)

(第三長良川橋梁手前の盛土部を高速で登る。左右によく揺れ、撮影も難しい。)

この第三長良川橋梁は、開通当時の昭和3年(1928年)製である。景観調和の水色に塗られており、朱色や深緑色が基本色の国鉄鉄道橋の印象からは、珍しい塗色である。なお、朱色が多いのは、下地の防錆剤が鉛丹を含んでいる為に赤っぽくなり、上塗りも耐久性や費用の面から、朱色の塗料が適していた。

第三長良川橋梁を渡った先の赤池駅は、長良川が急蛇行した半島状の場所にあり、第三橋梁と第四橋梁に挟まれ、ホームからは両方の橋が見える。また、この辺りの河川敷は、典型的な長良川らしい景観が楽しめ、キャンプや水辺遊びに良いと言う。

赤池駅の向かいでは、白い土蔵がある古い旧家の前の畑を、のんびりと耕している姿が見える。日本的で長閑な風景に、ほっとする。


(赤池駅向かいの地元農家。)

赤池駅を発車。デッキガーター鉄橋の第四長良川橋梁を再び渡り、トンネルを抜け、川から離れた田園の中を快走する。山がかなり近くに見え、大きく左にカーブをしながら川に寄り、町中に入ると、深戸駅に到着する。


(深戸駅手前の38kmポスト付近。長良川に再び寄り、深戸の町並みが見える。)

国鉄の頃の深戸駅は、相対式ホームの列車交換が可能な駅であったが、現在は廃止されている。終日無人の駅事務室は改装されており、喫茶店がテナントで入っている(※)。昭和3年(1928年)の延伸開通時開業、起点駅の美濃太田から38.5km地点、23駅目、所要時間約1時間10分、郡上市美並町三戸、標高164mにある。この古い木造駅舎は、俳優の故・緒形拳主演の映画ロケにも、使われたと言う。


(深戸駅。中型の木造駅舎が残る。白い窓枠と青く塗られた柱が印象的である。)

(つづく)


2017年8月16日 ブログから保存・文章修正・校正
2017年8月17日 文章修正・音声自動読み上げ校正

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