大洗鹿島線紀行(2)大洗へ

先ずは、大洗鹿島線の主要駅である大洗(おおあらい)駅に行ってみよう。この水戸から三つ先の駅になる。大洗鹿島線の路線キロは53.0kmあり、起点終点を含めて16の駅が設けられ、大洗駅と新鉾田(しんほこた)駅が沿線の主要駅になっている。茨城県内でも、人口が少ないエリアを縦走するので、駅間距離は比較的長い路線である。

+++++++++++++++++++++++++++
水戸0846===東水戸===常澄===0902大洗
下り1125D・大洗行(8000形2両編成・←8001+8003)
+++++++++++++++++++++++++++

この列車には、車掌が乗務しており、戸締めと運転士への連絡用発車ブザーを鳴らした後、8時46分に2両編成の大洗行き列車が定刻発車となる。ドッドッドッと、力強いディーゼルエンジン音と共に、軽快に加速して行く。この8000形のディーゼルエンジンは新型であるが、あの国鉄DMF13系の流れを組む鉄道用で、中低域がこもった音の昔の国鉄気動車風であるのが楽しい。なお、大洗鹿島線では、東京に近い鹿島神宮方ではなく、水戸方が上りになっているので、この列車は下り列車になる。

列車は水戸駅から日立方に東進し、しばらくは、複線の常磐線の南側を並走して行く。1.4kmほど走ると、単線の高架橋に上がり、千波湖(せんばこ)から流れ出る那珂川支流に架かる若草色の大きな三連トラス橋を渡りながら、南東に進路を変えて、常磐線とお別れになる。また、地方ローカル線であるが、踏切無し・ロングレールの高架スラブ軌道(※)の直線区間になり、この先の大洗までは、地形に左右されない鉄道建設公団時代の高規格高架線に変わる。

住宅と田畑、小森が混在する中を、車窓から見下ろしながら走る。高規格な上、線路は真っ直ぐなため、時速は90kmと亜幹線の電車並みの高速である。地方ローカル線のディーゼル普通列車としては、全国でも、トップスピードと思われる。ちなみに、国鉄簡易線の最高速度は時速65kmであり、速度面で見るならば、乙線規格並みである(※)。


(高架スラブ軌道を高速で走る。水戸〜東水戸間。※最後尾から水戸方を撮影。)

グイングインとブレーキが利き始めると、高速通過が可能な大型Y字スプリングポイントで、線路がふたつに分岐し、最初の停車駅である東水戸駅に到着。駅舎は高架下にあり、コンクリートのホームしかないので、やや殺風景な駅になっている。ここからは、人家は少なくなり、左右に広がる大水田の中を真っ直ぐに走り抜けて行く。車窓からは、農家の人達が総出で田植えをし、トラクターが走り回っているのが見える。この付近は、那珂川右岸の温暖で肥沃な低地帯が広がる、水戸の米どころになっていて、特別栽培米(ブランド米)「水戸っ穂風彩常澄」の生産にも、力を入れているとのこと。

なお、列車の左窓後方に巨大な白い塔は、対岸のひたちなか市にある、日立製作所水戸工場のエレベーター試験棟G1タワーである。高さは213.5m(塔の部分は203m)もあり、世界一の高さのエレベーター試験棟として、ひたちなか市の新しいまちのシンボルになっている。


(東水戸〜常澄間の田園風景。※最後尾から水戸方を撮影。)

(田植えに忙しい稲作農家と日立G1タワー。)

そのまま、直線を駆け抜けて行くと、東水戸道路をアンダーパスし、常澄(つねずみ)駅に停車。この先、線路は大きく右に90度近くカーブをして、南東から南に進路を変える。後方運転台からも、その巨大なカーブの高架線橋脚が、ドミノ倒しの様に並ぶのが見える。


(常澄〜大洗間の通称「常澄大カーブ」。※最後尾から水戸方を撮影。)

線路が直線になると、進行方向に大きな町並みが見え始め、那珂川最下流の支流である涸沼川(ひぬまがわ)を渡る。橋上で減速をすると、横幅が広がり、盛り土部に接続して、側線や留置車両が並んでいる大洗駅に到着。この列車は大洗止まりなので、乗客がどっと下車し、殆どの乗客は足早に改札口に向かっている。


(涸沼川を渡る。この県道橋が、大洗市街地への玄関道路になっている。)

乗客は階段を降り、ホームが静かになったので、見学と撮影をしてみよう。この大洗は、那珂湊(なかみなと)の対岸、那珂川河口の南にある人口約1.7万人の古い港町である。昔から、大洗・那珂湊・平磯は、「三浜(さんぴん)」と呼ばれ、漁業で大変栄えたという。現在も、地場産業である漁業を中心に、温暖な気候を活かしたマリンレジャーも盛んで、北海道苫小牧行きのカーフェリーも就航しており、町の名を聞いたことがある人も多いと思う。


(駅名標。6000形を模した、オリジナルプランターも可愛い。)

港から離れた内陸部に駅があるため、街の中心部や大洗港へは、車で数分から10分程度らしい。南北に配された二面三線の単式・島式ホームに、幾つかの側線を配しており、
鹿島臨海鉄道の本社と車両区(車庫と車両整備工場)も置かれている。駅の開業は、大洗鹿島線開通時の昭和60年(1985年)3月14日、起点の水戸駅からは11.6km地点、3駅目、所要時間約15分、所在地は茨城県東茨城郡大洗町桜道、標高13mの終日社員配置駅である。なお、この大洗鹿島線も、平成元年(1989年)から貨物列車が走っていたが、平成8年(1996年)に廃止となっており、今は旅客専用線になっている。


(大洗駅ホーム。開業時に導入された6000形気動車が、到着する。)

(高架下の連絡通路には、開業や周年記念ヘッドマークが展示されていた。)

階段を降り、薄く暗い幅広の連絡通路を通ると、改札口に接続している。やや殺風景な国鉄末期風デザインであるのは、公団建設らしく、改札の横には小さな構内売店もある。反対側の奥の方には、大洗駅インフォメーションセンター(観光案内所)兼グッズショップがあり、若い男性達が集まっていて、賑やかである。


(改札口。国鉄風の六角形金属改札ボックスも残る。)

(待合所と大洗駅インフォメーションセンター。スペースは結構広い。)

インフォメーションセンターの前には、踏切警報機と連動制御盤が展示されている。連動制御盤とは、駅や信号所内の分岐器(ポイント)と信号機が錯誤しないように制御する保安装置で、分岐器を鎖錠(向きを固定)し、信号機の現示と一致させ、それらの誤操作による鉄道事故を防ぐものである。これは、平成22年(2010年)3月末まで、鹿島臨海線の知手(しって)駅で、使われていたものである。また、自由にデモ操作できるのも、珍しいと思う。近年は、コンピューターで電子制御化されている。


(旧・知手停車場連動制御盤。大きなものは、たんすサイズのものもある。)

駅前に出てみよう。黒潮の流れに近い大洗は、とても温暖な土地柄で、本当にムワッと暑く感じる。ホームは盛り土の一段高い場所にあるので、その手前に、二階建ての駅舎が建てられている。駅前には、大きなロータリーも設けられており、町中心部や大洗港への路線バスも発着している。


(大洗駅外観。外壁は、レンガ風にリニューアルされている。)

(イルカのオブジェが、港の街であることを実感させる。)

東京から離れた地方ローカル線としては、とても若い人達が多いと感じる。この大洗町は、某アニメーションの設定舞台となり、若い男性ファンの訪問が増えているとのこと。いわゆる、聖地巡礼であり、昔の映画でもあったので、同じ動機であろう。過疎化や観光衰退に悩む大洗町では、町おこしや観光に積極的に活用している。ふと、周りを見ると、「萌え」と日本語がプリントされたTシャツを着た、どこかの国の金髪外国人の若い男性二人連れも、熱心にカメラに収めている。


(駅名標と某アニメーションの顔出し歓迎看板。)

きっかけは色々あるが、この大洗鹿島線に乗って、来町する人が大幅に増えたそうなので、経営の厳しい鹿島臨海鉄道にとっては、とても良いことである。

(つづく)


(※スラブ軌道)
バラスト(砕石)で枕木とレールを固定せず、コンクリートパネルに固定する省力化軌道。狂いが少なく、メンテナンスが容易であるが、走行反響音が大きい。新幹線などでも採用されている。
(※線路規格)
国鉄の線路規格として、レールの重さや勾配、枕木数などによって等級があった。特甲線(大幹線)、甲線(幹線)、乙線(亜幹線)、丙線(地方線)、簡易線(ローカル線)。

【参考資料】
週間歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄 No.15 鹿島臨海鉄道ほか
(朝日新聞出版・2013年)

2017年7月15日 FC2ブログから保存・文章修正(濁点抑制)・校正

© 2017 hmd all rights reserved.
文章や画像の転載・複製・引用・リンク・二次利用(リライトを含む)や商業利用等は固くお断り致します。