岳南線紀行(5)岳南江尾駅

吉原駅から約20分で、終点の岳南江尾駅(がくなんえのお-)に到着する。この駅は、昭和28年(1953年)1月延伸時開業、吉原駅から9.2km地点、所在地は富士市江尾にあり、かつては、広大な低湿地であった為に海抜は2.8mしかない。地勢的には、富士山の南東に連なる山塊状火山である、愛鷹山(あしたか-)の南西麓にある。山際を東西に結ぶ根方街道(ねかた-/現・県道22号線)沿いに、町が発達しているので、駅は最南端の町外れにある。

ここまで乗車したのは、撮影派鉄道ファンと思われる若い男性一人と、比奈駅から乗車した地元の若い男性だけである。列車は、9分後には折り返すので、少し足早に見学しよう。

終端側は、線路が少し伸びているが、新興住宅に行く手を阻まれている。根方鉄道構想では、このまま内陸部を東進して、沼津までの10数kmを延伸する計画であったが、国に鉄道敷設免許も申請する事も無く、立ち消えになってしまった。ジヤトコ駅前から身延線入山瀬駅を結ぶ、岳南西部線の着工が見送られた為、そのメリットもあまり望めないとの判断であろう。昔は、電気機関車の機回し線を兼ねた終端線路が、沼津方にもう少し延びていた。


(大きな砂利の第一種車止めと、南側の2番線に洗浄線が設けられている。)

ホームは島式一面二線で、終端側に構内踏切があり、木造の駅舎と接続している。この駅にも、小型のきのこ型旅客上屋があり、新しく塗装し直してある。実は、ホーム白線や旅客上屋鉄柱に、反射性塗料ブライトコートを使っており、夜景撮影が綺麗に映る工夫をしている。

なお、この特徴的なきのこ形旅客上屋は、古い木造旅客上屋の建て替えである。1970年代頃までは、このきのこ型に似た妻面の木造旅客上屋が、吉原寄りに並んで建っていたらしい。


(普段は、南側の2番線を発着に使っている。)

(ホーム夜景。※再取材時撮影。ストロボ無し、手持ち撮影。)

ホーム端から吉原方を望むと、直ぐに、東海道新幹線の長大陸橋と交差する。江尾橋梁と言われるこの陸橋は、東海道新幹線でもベストテンの長さに入る。新幹線は時速200km以上の高速で通過する為、時折、轟音を立てて一瞬に通過して行く上、周辺の宅地化による防音壁があるので、新幹線の車両上部しか見えない。

また、吉原方にある踏切は、昔ながらの電鈴が残っている。吉原寄りのホーム上には、地元ボランティアが手入れをしている小さな花壇が並び、季節になると綺麗に咲き誇るとの事。


(吉原方と新幹線高架橋。)

駅舎に行ってみよう。中型の木造モルタル駅舎で、南側に傾斜した片勾配屋根であるのが、珍しい。構内踏切を交差する二本の線路跡があり、駅北西にある化学工場の貨物側線跡らしい。また、古紙リサイクル工場が構内にあり、専用の貨物側線も隣接していた。現在も、工場は構内で操業しており、古紙を圧縮梱包して、地元製紙メーカーに納入している。なお、須津駅以東の鉄道貨物輸送は、昭和59年(1984年)に先行廃止されている。


(ホームからの駅舎。)

駅前に出ると、小さな広場になっている。木造モルタルの駅舎は北に向かって建ち、「駅」は、旧漢字を使っている。駅の北側は住宅や工場が多く建っているが、南側は区画整理された大水田が広がっており、その2.2km先には、東海道本線の東田子の浦駅がある。

平成24年(2012年)の鉄道貨物廃止後、岳南線の利用促進策として、この岳南江尾駅からJR東田子の浦駅間の連絡シャトルバスが、平日の朝夕のみ四ヶ月間試験運行された。定期券の利用客、または、運転士から乗継券を貰うと、実質的に運賃が無料(運賃は100円)となる、大盤振る舞いであったが、予想よりも利用率が悪く、中止になったらしい。


(駅前からの駅舎。)

待合室は開放的な造りで、やや狭い。無人化して久しいらしく、地元高校生達の駐輪場と化し、出札口や鉄道手小荷物窓口は板で閉鎖されて、広報板になっている。改札上には、発車時刻案内板があり、中の機械が抜けた状態で残っている。なお、駅前商店は無いが、新幹線高架橋を潜った先にイオン系スーパーのマックスバリュがあり、店内にトイレや休憩所もあるので、軽食や休憩も可能である。

なお、富士岡より東側は、昔は人家が疎らであったそうで、この周辺の宅地化は新しいらしい。岳南線沿いの山際の根方街道と線路の間に住宅地が建ち並んでいる事から、岳南線が周辺の宅地化に影響を与えているのが判る。


(改札口周辺と壊れた発車時刻案内板。)

(手書きの注意書き。)

また、この駅には、アイちゃんと言う名前の黒猫の駅猫がいる。時々、この駅にやって来る人々を待っている様に、改札で佇んでいるらしい。再取材時に、駅近くの道路で会えた。良く懐くので、近所の飼い猫かもしれない。


(駅猫のアイちゃん。推定3-5歳位の雌猫と思われる。)

また、年に1度、鉄道ファンや地元住民の親睦を兼ねて、鉄道フェア「岳南電車まつり」を、この岳南江尾駅で開催している。引退した電気機関車の展示、飲食ブース、ミニトレイン、オリジナルグッズ販売等で、大変賑わうとの事。

ここで、岳南電車の旅客用車両を簡単に紹介したいと思う。現在、両運転単行の7000形3両と、2両編成の8000形1編成の4編成5両が運行されている。8000形は朝夕のラッシュ時用として運行され、それ以外の時間帯には、この岳南江尾駅に留置されている。早朝や日中の乗客は少ないので、単行運転ができる経済的な7000形を運行している。

◆岳南電車7000形(7001、7002、7003)◆

平成8年(1996年)導入車。昭和48年(1973年)東急車輌製造。通称「新赤がえる」。1M仕様の元・京王帝都電鉄3000系デハ3100形中間電動車を、両運転台化改造してある。大掛かりな改造の為、京王グループの京王重機整備が行った。空気ばね式台車なので、地方中小ローカル線の車両としては、乗り心地が大変良い。

18.5mステンレス車体(運転台は鋼製とFPR製カバー)、自重37.0t、定員125人、
中空軸平行カルダン駆動、抵抗制御(界磁チョッパ制御付)、空気ばね式台車、
ワンマン運転対応。


(岳南富士岡駅に到着する上り吉原行き列車7002。)

(京王5000系の運転台を移植した。懐かしい若草色の昭和の運転台である。)

◆岳南電車8000形(モハ8001+クハ8101)◆

平成14年(2002年)導入車両。岳南江尾方モハ8001は昭和47年、吉原方クハ8101は昭和42年の東急車輌製造。元・京王帝都電鉄3000系中間電動車デハを、京王重機整備が片運転台化改造した。「がくちゃんかぐや富士」号の愛称と、イラスト付きヘッドマークが塗装されている。なお、月に1回運行される夜景電車は、この編成の後尾車両を消灯して、実施されている。

正面デザインは7000形と共通であるが、緑色に塗装し、主幹制御器はワンハンドルである。パンタグラフ設置とMユニット搭載は、岳南江尾方のモハ8001になっており、吉原方は電装解除(モーター等を取り外して、付随車化)されている。吉原方の運転席屋根上には、パンタグラフの台座が残る。

18.5mステンレス車体(運転台は鋼製とFPR製)、自重32.0t(8101)、定員132人(8101)、
中空軸平行カルダン駆動、抵抗制御(界磁チョッパ制御付)、空気ばね式台車、
ワンマン運転対応。


(神谷駅西方の盛り土部を下って来る岳南8000系。※再取材時撮影。)

(京王6000系の運転台を移植したので、主幹制御器はワンハンドル仕様になる。)

また、岳南電車(岳南鉄道)において、日本の電車史にエポックメーキングな車両があった。旧型木造電車の足回りを再利用し、車体を載せ替えた鋼製化電車であるモハ1100形を、昭和34年から37年に5両製造し、その最終車番の1105は、日本初のステンレス車体を採用した。当時としては、大変画期的な車両であり、鉄道用車体の非鋼製化の先駆けであった。後に、同じ県内の大井川鐵道に譲渡され、引退後は、千頭駅(せんず-)に長年留置されていた。
ウィキペディア公開ファイル・岳南モハ1105

(つづく)


【参考資料】
アイラブ岳鉄(鈴木達也著・静岡新聞社刊・2001年)

2017年7月13日 文章修正・校正

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