別所線紀行(6)別所温泉駅

最後の途中駅で、木造レトロな待合所のある八木沢駅から、終点の別所温泉駅に向かおう。この最後の区間は、別所線で最も急勾配になっていて、駅間距離も1.5kmと最も長い。なお、ここまで乗車すると判るが、この別所線はトンネルは無く、渡河する鉄橋も少ない路線である。

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【停車駅】〓→主な鉄橋。
八木沢1057=〓=====1100別所温泉
下り普通・別所温泉行き(1000系1004編成・2両編成)
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八木沢駅に30分程滞在し、10時57分発の下り別所温泉行き列車に乗車する。乗客は10人程度で、やはり、大きなバックを抱えた温泉客が多い。実は、別所の温泉宿から、新幹線が到着する上田駅までの送迎を行っていたが、別所線存続の為に自粛している。また、上田市職員のマイカー通勤自粛による別所線利用促進や、沿線各町に割引優待付き自治体回数券(マイレールチケット)の年間割当て購入も行われており、かなり思い切った廃線対策であるが、効果が高いとの事。

湯川を小さな鉄橋で渡ると、緑の多い住宅地の中を抜け、左右に田畑が広がる直線の線路を走る。正面には、夫神岳(おがみだけ/標高1,250m)が見え、上り急勾配が続く。段々状の田園地帯を抜けて、左に大きくカーブをすると、高台に別所温泉駅が見えてくるが、別所線最急の40パーミル勾配が駅手前に長さ250mあり、まるで滑り台の様である。旧型電車時代は、時速20kmしか出せなかったそうで、今も苦しそうに登る。なお、この40パーミルは、国内鉄道本線上の急勾配トップ5に入る(※)。鉄道は勾配に弱く、20パーミル以上は急勾配となり、25パーミルが通常の上限で、35パーミルが最急勾配とされ、それ以上は特例である。


(最後の40パーミルの急勾配。※上田行き列車最後尾から撮影。)

この急勾配を登り切ると、線路は平坦となって、終点の別所温泉駅に到着する。温泉行き鉄道として、終着駅らしい雰囲気と大きな木造駅舎がある駅になっている。


(別所温泉駅。土手の手前で、線路は終わる。※上田行き列車最後尾から撮影。)

(別所温泉駅のホームに降り立つ。)

駅の開業は、上田温泉電軌開通時の大正10年(1921年)6月開業、起点の上田駅から14駅目、11.6km地点、所要時間約30分、所在地は上田市大字別所温泉、標高554mの時間限定業務委託駅である。乗車してきた八木沢駅から1.5kmしかないが、標高差53mも登って来ており、この区間の路線キロ相対平均勾配率は35.3パーミルと非常に高く、最後に一気に登る感じである。

この別所温泉は、夫神岳東麓の山谷最上部の古からの温泉郷である。日本最古・信州最古の温泉と言われ、伝説上では、日本武尊の東方征伐の際に見つかったとされる。平安時代の清少納言の枕草子の中にも、七久里温泉(ななくり-)として登場し、後世に渡り、当時の名立たる武将や著名人が、入湯した言い伝えが残っている名湯でもある。また、大きな寺院も建立されており、見処も多い。


(名物のガラス式駅名標。中塩田駅や八木沢駅にも、あったらしい。)

北東・南西の向きに配されたホームは、懐かしい頭端式ホーム二面二線であるが、向かいの線路は撤去され、駅舎側のホームのみが使われている。旧2番線ホームは、花木や大きな花壇が設置され、上田寄りに桜並木もある。


(向かいの旧2番線ホーム。花木や新緑が美しく、心休まる駅になっている。)

上田方は、滑り台の出発部の様な所から、一気に40パーミルの急勾配を下る。右側には、電車後部に増結した付随車(客車)や、貨車を入れ替えた緩勾配の側線跡がある。多客時は、客車(付随車/クハ・サハ)を増結する事も多かったそうで、架線電圧が直流1,500Vに昇圧した昭和61年(1986年)まで、適時増結されていた。


(上田方。ミラー後ろの駐車場の向こうに、側線跡がある。)

なお、別所線の貨物輸送は、玉川電気鉄道の譲渡電車を改造した、電動貨車(デワ1形)が1両あったが、電車後部に貨車を増結する客貨混合列車(通称・ミキスト)も、日常的に運行していた。当時、貨車の手ブレーキをかけながら、この急勾配を下った。

1960年代になると、丸子鉄道から転属した、米国ゼネラルエレクトリック製の凸型電気機関車EB4111や、国産凸型電気機関車ED25形(宇部電気鉄道デキ11形)が、上田-中塩田間の定期貨物列車を牽引した。昭和45年(1970年)に定期貨物列車は運行中止となり、昭和58年(1983年)に上田原-別所温泉間、その翌年に上田-上田原間の鉄道貨物が全廃されている。また、GE製EB4111は、銚子電気鉄道のドイツAEG製デハ3形に良く似ており、自分よりも大きな貨車を引く豆電機として、鉄道ファンに人気があった。

以前は、社員配置の直営駅であったが、地元観光協会に駅業務を委託しており、改札業務と窓口業務を時間限定で行っている。女性の観光駅長が在籍し、袴姿で改札に立つ姿がテレビや旅行雑誌に紹介され、名物になっている。


(統一されたレトロな案内板が、旅客上屋下に並ぶ。これも補修されたもの。)

(終端側の旅客上屋は、梁構造が良く判る。屋根裏も丁寧な板張りである。)

(名物の昭和風大型電光式歓迎板。)

(地元味噌醤油醸造会社の電光式広告。今は、廃業しているらしい。)

駅舎に入ってみよう。改札周辺は改築されており、木造の新しい改札口になっている。待合室は大変広く、歴史的温泉地に恥じない立派な大型駅舎である。基本的な内装デザインは、中塩田駅と同じ上田丸子電鉄時代のもので、明るくハイカラな駅舎になっている。

ローカル線派の鉄道ファンにとっては、補修されていないボロボロな駅舎の方が風情があると感じるが、今後の保存や観光客誘致、ローカル鉄道のイメージ向上を考えれば、開業当時のデザインを受け継ぐ、補修改装も必要と思う。


(待合室と出札口。ほぼ原形の通りに補修されている。自動券売機も設置されている。)

(中塩田駅と同じ大型窓は、窓枠も原形のままである。)

(駅出入口。中央のソファは、観光客用に補修時に据え付けられたのであろう。)

駅前広場には、自動車は乗り入れる事が出来ず、大階段を上がると道路に接続する。なお、開業当時の写真を見ると、今の様な立派な駅舎は無く、低床ホームと路面電車1両分の切妻造りの旅客上屋兼待合室がある、簡素な建物であった。

平成20年(2008年)秋に、補修再塗装がされており、外壁のモルタル部分がベージュ色であったが、本来のクリーム色に戻されている。その後、ホームの旅客上屋や外のトイレも、補修や改築を行っている。


(中塩田駅と同じデザインであるが、出入口の左右に、明かり採り窓がある。)

(上田丸子電鉄社章とガラス式駅名標が、とても誇らしく見える。)

なお、大正10年(1921年)の開業時は別所駅、後に信濃別所駅の駅名になり、昭和5年(1930年)に現在の別所温泉駅の駅名になったそうで、1日の乗車客数は300人程度との事。開業当時、年間を通じて営業していた湯宿は、たったの二軒しかなかったが、鉄道の開通により、急速に栄えた。現在は、大小20軒程の湯宿が営業している。

別所温泉観光の前に、線路撮影の為に起点の上田駅まで一度戻り、折り返して、1時間後にまた来よう。

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別所温泉駅1112======1142上田
上り普通・上田行き(1000系1004編成・2両編成)
※折り返し乗車。
上田1158======1227別所温泉
下り普通・別所温泉行き(1000系1004編成・2両編成)
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(つづく)


(※鉄道と勾配について)
鉄道におけるパーミル(‰)表示は、水平距離1,000m当りの高低差mを表す。鉄道はレールとの摩擦係数・転がり抵抗が非常に小さい為、自重100トンの電気機関車が、1,500トンの貨物を牽引できる程であるが、その反面、勾配(坂)に大変弱い。

勾配限界は、かつての蒸気機関車の登坂限界が25パーミルなので、25パーミルまでが一般的な上限である。度数換算では、約1.4度しか無い。(10m進んで、25cm差である。国鉄簡易線は33パーミルまで。約1.9度。)電車は勾配に強く、線路規格に関わらず、35パーミル(約2.0度)が上限である。なお、現在のJRの主要線は、昔、国鉄蒸気機関車が走っていた路線が多いので、電化路線であっても、25パーミルを超える勾配は少ない。古い地方民鉄ローカル線は、弱資本による建設費抑制や急峻な地形が多い事情等から、当時の国鉄線よりも急勾配が良く見られる傾向がある。

また、国内の鉄道急勾配ランキングを見ると・・・大井川鐵道井川線アプトいちしろ駅から長島ダム駅間の90‰(高低差90m・アプト式)が国内最急。箱根登山電車線の80‰(普通粘着式のみの最急)、京阪電気鉄道大津線の61‰、神戸電鉄有馬線・粟生線の50‰、南海電鉄高野線の高野下駅から極楽橋駅間の50‰、JR飯田線の赤木駅から沢渡駅間の40‰、富士急行電鉄線の40‰、別所線別所温泉駅手間の40‰。なお、廃止された信越本線横川駅から軽井沢間(碓氷峠/横軽間)は、66.7‰になっている(ケーブルカーやリニア式を除く)。

【参考資料】
RMライブラリー「上田丸子電鉄」上巻・下巻
(宮田道一、諸河久著・ネコパブリッシング刊・2006年)

2017年7月12日 FC2ブログから保存
2017年7月14日 文章修正・校正(濁点抑制と自動校正)

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