わ鐡線紀行(36)車窓風景編 原向駅から終点・間藤駅へ。

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【停車駅】◎→列車交換可能駅、★→登録文化財駅、〓→主な鉄橋
原向0804==〓==〓=〓=通洞★=〓==足尾◎★==〓==0815間藤
下り711D列車・間藤行き(わ89-101「こうしん号」単行)
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県境の笠松トンネルを抜けて、そのまま、渡良瀬川沿いの長い上り勾配を登って行くと、対岸の山際に家々が国道が見えて来て、栃木県側の最初の停車駅である原向駅(はらむかい-)に到着する。盛土の古い単式客車ホームと新しく建て直された待合所がある、山際の小さな駅である。駅周辺にも、平屋建ての民家が集まっていて、小集落を形成している。


(原向駅と原向集落。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

また、この「こうしん号」の愛称の由来になっている庚申山(こうしんさん/標高1,892m)の登山口や、足尾温泉(庚申の湯)の最寄り駅になっている。庚申山は、日光を開山したと言われる高僧の勝道上人(しょうどうじょうにん)が開山し、江戸時代までは、庚申信仰の霊山として、登山参拝が多かった。今も、奇岩や怪石が多い山として、登山愛好家に良く知られた山になっている。
マピオン電子地図3D風(栃木県庚申山・1/75,000)

この駅での乗降は無く、原向駅を直ぐに発車。駅並びの住宅を見送り、再び、人気の無い山際の木立の中を、真っ直ぐに走る。18パーミルの勾配を登りながら、大きく左にカーブをすると、二連ワーレントラス鉄橋の第二渡良瀬川橋梁を渡る。なお、意外にも、渡良瀬川本流を渡る鉄橋は少ない。桐生〜下新田間(但し、JRの鉄橋)、神戸〜沢入間と、この原向〜通洞間の三カ所のみである。


(美しい青トラスの第二渡良瀬川橋梁。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

新しく見える鉄橋であるが、明治44年(1911年)・東京石川播磨造船所の製造で、翌年12月の足尾鐡道開通時から使われており、現役の国産鉄道用鉄橋としては、最古級である。なお、足尾鐡道では、鉄橋長が100尺(約30m)以上の鉄橋に、ワーレントラスを用いた。

当時、国内での鉄橋設計や高品質鋼材生産は、まだまだ未熟であり、イギリスやアメリカ製等の輸入鉄橋を多く使っていた。その中で、国内で製造された鉄橋として、大変貴重になっている。なお、アメリカ・カーネギー社(現・USスチール社)から、鋼材を輸入し、当時の著名なアメリカ人橋梁技師である、セオドア・クーパー氏が設計している。

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐵道第二渡良瀬川橋梁」

所在地 栃木県日光市足尾町遠下・小ナギ
登録日 平成21年(2009年)11月2日
年代 大正元年(1912年) ※製造は明治44年(1911年)。
構造形式 鋼製2連ワーレントラス橋、橋長95m、橋台及び橋脚付1基。
特記 渡良瀬川に架かる橋長95m、単線仕様の鋼製2連橋梁。
桁は下弦材にアイバーを用い、部材接合にピン結合を使用した
150ftのクーパー型ワーレントラス鉄橋であり、
国産である事が明らかなクーパー型として貴重である。

(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

渡良瀬川左岸から右岸に渡ると、川から離れ、少し広くなった川岸の平坦地の上り勾配が続く。車窓も変わり、住宅や工場がポツポツと点在する荒れ地や雑木林の中を走る感じである。地形も穏やかになっているので、線路のカーブも緩やかになり、直線が多くなってくる。

暫くすると、荒れ地の木立の中から、大きな盛土部に出る。視界が開けた谷間に、建物が沢山見えて来て、足尾の町中心部に近づいている様である。ここまでは、木々が鬱蒼と茂る山中ばかりなので、大きな町に着いたと実感が湧く。


(鉱山住宅群を見ながら、急坂を登る。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

緑色や銅色(あかがねいろ)のトタン屋根の鉱山住宅と町並みを見下ろしながら、20パーミル前後の上り急勾配を、けたたましいエンジン音を響かせて登る。

国登録有形文化財の有越沢鉄橋を渡ると、通洞選鉱所(つうどう-)が左窓下に見える。もう、選鉱は行なっていないが、公害防止の浄水処理等を今も行なっている。なお、日中の下り列車の運転士によっては、観光案内と徐行運転をしてくれる。


(通洞選鉱所。※同列車の側窓から、撮影。)

そして、右にカーブしながら、急勾配を上り切って、踏切を通過すると、主要駅である通洞駅(つうどう-)に到着。ホームは単式であるが、立派な大型木造駅舎があり、国の登録有形文化財になっている。

次の駅が、国鉄足尾線や町名を冠した足尾駅であるが、通洞駅周辺の方が栄えており、実質的な町の玄関駅になっている。町名を冠した駅よりも、別名の隣駅の方が主要になっているのは、珍しいだろう。


(通洞駅を発車する。列車交換設備は無い。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

乗客ふたりが下車をすると、遂に自分ひとりになり、通洞駅を定刻に発車する。直ぐに渋川橋梁を渡ると、西側の山際の高台から町を見下ろす区間を走る。川谷も広くなっており、長い盆地状の低地を埋める様に、家々が建て混んでいるのが判る。


(高台の線路からの足尾の町並み。※共に同列車の最後尾から、後方桐生方を撮影。)

通洞駅から900m、約2分で足尾駅に到着。列車交換設備と平屋建ての大きな木造駅舎、広大な引込線がある、大きな駅になっている。既に使われなくなった鉄道関連施設も多いが、開業当時の雰囲気が残り、鉄道ファン的に非常に興味深いので、帰りに寄ってみよう。


(足尾駅を発車する。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

遂に、最後の区間になり、終点の間藤駅(まとう-)に向かって、ラストスパートになる。自分と運転士ふたりだけを乗せた列車は、直ぐには速度を上げず、左カーブのスプリングポイントを時速20kmの低速で越えると、緑の多い住宅地の中を道路に沿って、ゆっくりと走る。この時間になると、陽も大分上がって、明るく車内に差し込んでくる。


(足尾駅間藤方のスプリングポイント。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

(足尾〜間藤間の車内の様子。)

徐々にエンジン音が高鳴り、最後の坂を登る速度も増して行く。幾つかの緩やかなカーブを曲がると、第一松木川橋梁を渡る。下流側を見ると、歩行者用の青い小トラス鉄橋も架けられている。


(第一松木川橋梁を渡る。※同列車最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

松木川は、渡良瀬川の支流のひとつであるが、元々は、渡良瀬川本流であった。足尾駅付近で、三つの川が合流し、渡良瀬川の大きな流れになっている。この第一松木川橋梁も大変古く、大正3年(1914年)に架橋され、国の登録有形文化財になっている。

◆国登録有形文化財リスト◆
「わたらせ渓谷鐵道第一松木川橋梁」

所在地 栃木県日光市足尾町字田元
登録日 平成21年(2009年)11月2日
年代 大正3年(1914年)
構造形式 鋼製3連桁橋、橋長56m、橋台及び橋脚付。
特記 渡良瀬川とほぼ並行して足尾・桐生間に建設された旧足尾鐵道の施設。
渡良瀬川上流に架かる橋長56m、単線仕様の鋼製3連桁橋で、
桁はプレートガーダーとする。

(文化庁文化遺産データベースを参照・編集。)

第一松木川橋梁を渡ると、川谷が狭くなり、県道を左に並走しながら、山際の高台を真っ直ぐに走る。雪を頂く日光連山が正面に見えて来て、緩く右カーブすると思いきや、突然の様に間藤駅に到着する。

定刻の8時15分。終点の間藤駅に到着し、わたらせ渓谷鐵道44.1kmの完乗となる。なお、途中下車をしないで、通しで乗車した場合は、桐生駅から約1時間30分かかる。


(県道と並走する。※同列車の最後尾から、後方の桐生方を撮影。)

(終点の間藤駅に到着し、折り返しの準備をする、わ89形101「こうしん号」。)

ホームに降り立つと、高く切り立った崖下にある間藤駅は、ひんやりとした湿気感がある。渓谷線最奥の雰囲気が、十分に感じられた。

(つづく)


運転士の運転の妨げになる為、全て、最後尾から後方風景を撮影しています。
進行方向の間藤方の写真は、上り桐生行き列車の最後尾から撮影しています。

2018年1月28日 ブログから保存

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