わ鐵線紀行(32)上州桐生めぐり4「桐生天満宮と群馬大学桐生キャンパス」

桐生のシンボルである桐生天満宮まで、やって来た。春の陽差しの明るい参道を歩いて行くと、広い境内には、電光観光案内板、石造りの太鼓橋、からくり水車等がある。平成になってから、境内は大整備されたそうで、大変綺麗になっている。


(社殿前の太鼓橋。太鼓橋は老朽化の為、通行止めになっている。)

北側の小森の場所に、大きな社殿【鳥居マーカー】が座している。社殿前に石の太鼓橋が架かり、その西側には、財福稲荷神社と南蛮灯籠【赤色マーカー】がある。

財福稲荷神社は、境内西側にあった石祠を此処に遷座し、古来の社号に戻したと言う。金運招来・江戸豪商由来の豪勢な小社で、是非、あやかりたい。元は、桐生に縁のある江戸豪商の屋敷稲荷であったそうで、幕末から明治の頃に、この桐生天満宮に遷座した。戦前までは、桐生周辺の商工業者の厚い信仰を集めていたとの事。


(末社の財福稲荷神社。祠も朱色に塗られている。)

隣の南蛮灯籠の建立年は不明であるが、彫刻は錆崩れており、かなり古そうである。鉄で出来ているらしく、雨除けの小屋根が付いている。戦前のものであれば、太平洋戦争中の金属供出があった為、現存するものは珍しい。


(南蛮灯籠。)

社殿は塀に囲まれており、小さな神門(桐生門)もある、立派な造りになっている。現在の社殿が建設された当時、門と塀の設置が計画されていたが、その時は叶わず、平成になってから新設された。また、大きな岩の上に建っているそうで、「岩の上の天神」とも、言われている。なお、現社殿は、江戸時代中期の寛政5年(1793年)竣工との事。極彩色の彫刻や壁画が豪華に施された権現造りの社殿は、江戸時代の北関東特有のもので、重厚さがある。


(桐生天満宮社殿。左の建物は、御守などの授与所。)

天満宮であるので、学問の神様である菅原道真公と、道真公の先祖とも言われる産業の神・天穂日命(あめのほひのみこと)を祀っており、織物の町であり、学校も多い桐生らしい神社と言える。また、徳川家康も戦勝祈願に訪れた事から、徳川家との結びつきも強く、関ヶ原の戦いの際の絹製の軍旗は、この桐生で織られたものであった。その戦いに勝った由縁から、桐生で織物市が開かれる様になり、織物産業発達のきっかけになっている。なお、毎月第一土曜日と日曜日には、古民具骨董市が参道で開催され、関東三大骨董市として、80店舗もの出店と5千人以上の人出で賑わう。

社殿西には、神道七福神総社・宝船神社【黄色マーカー】と神楽殿【緑マーカー】がある。宝船神社は、境内西側にあった7つの末社の石祠を、平成になってから合祀した神社である。神楽殿は、彫りの深い彫刻と極彩色に彩られており、渋く美しい。


(神道七福神総社・宝船神社と神楽殿。)

(神楽殿。色付きの彫刻装飾が施され、松の壁画がある。)

参拝を終えた後、天満宮の北隣にある、群馬大学桐生キャンパスに行ってみよう。大学敷地内に歴史的建造物があり、一般公開されている。先ずは、正門横の守衛所【青色マーカー】に寄り、見学をしたい旨を伝え、許可を貰う。


(群馬大学桐生キャンパス正門。)

守衛所の直ぐ北側の木々の中に、とても大きな建物が聳えている。群馬大学工学部同窓記念会館【茶色マーカー】である。大正5年(1916年)に創立された群馬高等染織学校の本館・講堂と正面玄関の一部で、元々は、大学敷地内の中央部にあったが、昭和47年(1972年)に移築された。現在、同窓記念会館として、この群馬大学のシンボルになっている。(※群馬大学より、写真掲載承諾済み。以下同。)


(群馬大学工学部同窓記念会館/旧桐生高等染織学校本館・講堂。)

淡いグリーン色に塗られた、教会風木造二階建ての瓦葺き屋根で、ハンマービームと言う独特な屋根スタイルになっている。二階建てであるが、四階建て相当の高さで、正面から見上げると、その威容に驚く。


(正面玄関付近。)

館内も公開されており、ゆっくりと見学ができる。天井の高い大きな玄関と、それに続く廊下を横断すると、大きな木扉の向こうに講堂がある。大型の縦型窓が壁一面に並んでいるので、館内は意外に明るい。キリスト教会のゴシック風の造りになっており、低い講演台に木造の長椅子が並び、建物の外側に沿って、二階席も設置されており、かなりの人数を収容できる。また、正面玄関の扉上部や講演台後ろの山形のモチーフが、この建物のアイデンティティーになっており、厳かさを印象付けている。

館内は、とても静かで、外の喧騒が遠く微かに聞こえる。暫く、椅子に腰掛けて、過ごす事にしよう。


(講堂。壇上はコンパクトで、球体状の電灯が所々にあるのが、目を引く。)
(聴衆側。二階席へは、外の廊下側から出入りする。)

同窓記念会館前には、当時の正門も保存されている。門灯付きの洒落たデザインは、東京大学本郷キャンパスの煉瓦塀に似ていると言う。煉瓦は国産品を使っており、日本煉瓦製造株式会社製(埼玉県深谷市)になる。


(同窓記念会館正門/旧桐生高等染織学校正門。)

実は、先程の正門横の守衛所【青色マーカー】も、小さいながら、国登録有形文化財であったりする。同窓記念会館と同時期に建てられた桐生高等染織学校の門衛所(守衛所)であった。デザインに共通性があるのと、本来の役目を、今も全うしているのが良い。


(群馬大学工学部守衛所/旧・桐生高等染織学校門衛所)

【群馬大学工学部同窓記念会館見学について】
国立大学敷地内の為、必ず、守衛所で見学許可を貰って下さい。
見学可能時間・平日の9時から17時まで。
見学料・無料(団体の場合は、事前申込みが必要)。
休校日の毎週土曜日・日曜日・祝日と学校行事日は、見学不可(平日のみ公開)。

◆国登録有形文化財リスト◆
「群馬大学工学部同窓記念会館(旧桐生高等染織学校本館・講堂)」、
「旧桐生高等染織学校正門」、
「群馬大学工学部守衛所(旧桐生高等染織学校門衛所)」

所在地 桐生市天神町1-5-1(群馬大学工学部大学敷地内)
登録日 平成10年12月11日
年代 大正5年(1916年)竣工
構造形式 [本館]木造二階建・瓦葺、建築面積592㎡。
[正門]煉瓦造・鉄製門扉附属、高さ3.7m、幅16.8m。
[守衛所]木造平屋建・瓦葺、建築面積18㎡。
特記 [本館]
織都桐生に繊維関係の高等教育機関として、大正5年(1916年)に、
染織と紡織の二科を専門とする桐生高等染織学校が設置された。
その後、桐生工業専門学校の時代を経て、
昭和24年には群馬大学工学部となる。
創立時に建てられた本館玄関の一部と講堂が残されており、
創立時は敷地の中央に建っていたが、
昭和47年の校舎新築時に現在の場所に移築復元された。
西洋木造建築の技法とデザインの習得がようやく完成した時期のもので、
特に、講堂内はハンマービームと呼ばれる独特な屋根構造をもち、
教会の様に厳粛でありながら、華やいだ空間を創す。
[正門]
旧桐生高等染織学校創立当時の正門であるが、
本館の移築に伴い現在地に移設保存された。
煉瓦造の門柱上部四面には、ゴシック風のポーチが設けられ、
その頂部に門灯を掲げている。
[守衛所]
旧桐生高等染織学校創立当時の門衛所である。
木造平屋建、瓦葺切妻屋根、下見板張で本館と同系列の造りで、
規模に応じた簡素化は図ってあるが、デザインに本館と共通性が見られる。

※桐生市公式ページの国指定文化財等データベースを参照・編集。

同窓記念会館の見学を終え、駅に戻りながら、本町通りの東側を見てみよう。

(つづく)


【参考資料】
桐生本町1・2丁目まち歩きマップ(平成19年・桐生市発行)

【謝意】
国立大学法人群馬大学工学部さま、写真掲載の許可を頂きまして、
ありがとうございます。厚く御礼申し上げます。

2017年11月26日 ブログから保存・文章校正

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