樽見線紀行(11)谷汲山華厳寺 後編

若葉に囲まれた最後の石段を登ると、本堂である「観音堂」に到着する。この「谷汲(たにぐみ)」の名は、近くの岩穴から油がコンコンと湧き出て、仏灯に困らなかった事が由来である。その由縁から、「谷汲さん」や「満願寺」とも呼ばれている。現在の宗派は、滋賀県大津の比叡山延暦寺を本山とする天台宗山門派になる。


(観音堂前の大石段を登る。)

寺の縁起は、平安時代初期の第五十代桓武天皇(かんむてんのう)の治世の頃、西暦798年(延暦17年)に、会津(現・福島県西部)の豪族であった大口大領(おおぐちだいりょう)と言う人物が、仏像製作を依頼していた京の佛師から受け取った十一面観音菩薩像を故郷に持ち帰る途中、この付近で観音像が急に重くなり、運べなくなってしまった。そこで、大口大領は、この地がこの仏の縁の地と考え、近くに庵を結んで、仏教修行をしていた豊然上人(ぶねんしょうにん)の協力を得て、ここに祀ったのが始まりと言われている。

この話を聞いた第六十代醍醐天皇は感心し、それ以降、京の天皇家の加護と信仰を受け、西暦917年(延喜17年)には、「谷汲山」の山号と「華厳寺」の扁額を賜った。平安時代中期には、第六十五代花山天皇(法王)が訪問し、西国霊場三十三所の最終の地「満願所」として定められて、現在に至っている。あの第七十七代後白河天皇も、法王の御跡を偲んで、千余人もの同行者を従えて参拝したと言う。


(奉納石碑と大燈籠。)

(扁額と大提灯。)

過去、何回かの兵火に見舞われて、本堂は焼失し、寺は一時没落したが、江戸時代に再興され、現在の本堂は明治12年(1879年)の再建になっている。

御本尊の十一面観世音菩薩や脇侍(きょうじ/本尊を守る仏等)は、完全な秘仏になっており、定期的な御開帳もなく、直接の拝観は出来ない。なお、戦乱の際、御本尊や脇侍は山中に逃れ、兵火に遭わずに済んだので、開基当時の仏像と言われている。


(華厳寺観音堂。)

なお、本堂内陣では、戒壇巡り(かいだんめぐり)が出来る。御本尊の真下に回廊があり、御本尊の指と鎖で結ばれた大きな錠前に触ると、御利益があると言われている。冥加料100円を納めて巡ってみたが、一寸先も見えない暗闇で、再チャレンジをして触れる事が出来た。

本堂の縁には、腰掛け部分があるので、一休みしよう。巡礼者は、僧侶から満願の御朱印を頂き、本堂入口横の柱の鯉の彫刻に触れると、精進落しが出来ると言われている。なお、提灯も、天皇家由縁の寺であるので、菊の御紋が入っている。

なお、この華厳寺では、他の寺院よりの多い三枚の御朱印を頂く事が出来る。この三枚は、「過去(満願堂)」、「現在(観音堂)」、「未来(笈摺堂/おいずるどう)」を現していると言われている。訪問時も、巡礼者の中年の夫婦が、嬉しそうに御朱印を頂いていた。また、先の花山法王の参拝時には、御詠歌も三首授かっている。

(過去)  万世の 願いをここに 納めおく 水は苔より 出る谷汲
(現在)  世を照らす 仏のしるし ありければ まだともしびも 消えぬなりけり
(未来)  今までは 親と頼みし 笈摺を 脱ぎて納むる 美濃の谷汲

また、本堂の横や裏手には、小さな仏様や地蔵様も祀ってある。満願成就の寺なので、巡礼を無事に終えた巡礼者が身につけていた笈摺(おいずる/巡礼服)、笠、千羽鶴等を納める「笈摺堂」や「満願堂」がある。背後の山中には、「奥の院」(片道徒歩40分程度)も祀られている。


(本堂縁側には、休憩や御朱印待ちのベンチがある。)

(精進落としの鯉の彫刻と菊御紋の提灯。)

道中安全の参拝を済ませて、時計を見ると、正午半前である。この門前の店で、昼食を摂ろう。


(大石段を降り、門前に戻る。)

仁王門前まで戻ると、門前食堂・富岡屋がある。店前の案内板によると、明治初期の創業で、大口大領の子孫の言い伝えがあり、今の姓も大口であると言う。作家の五木寛之氏も立ち寄ったらしい。ここに、入ってみよう。


(門前食堂の富岡屋。)

(富岡屋由来の案内板。)

中に入ると、座敷とテーブル席がある純和風の落ち着いた作りになっている。混んでおらず、店中央のテーブル席に腰掛ける。華厳寺門前名物「満願そば」(700円)を注文。他、炭焼きうなぎ丼・しいたけ丼・とうふ田楽も、お勧めになっている。

10分程待つと、「おまちどおさま」と出てきた。虹鱒(ニジマス)の甘露煮に、椎茸、筍やわらび等の地元の山の幸を添えた特製そばで、甘めの虹鱒と汁がとても美味しい。汁を飲み干すと、「満願成就」の文字が浮かび上がり、なかなか、縁起の良い趣向である。側面には、谷汲山参拝の御詠歌(ごえいか/巡礼者の仏を称える歌)が記されている。この満願そばは、梶原拓前岐阜県知事(任期1989-2005年)の命名によるらしい。


(谷汲山華厳寺名物の満願そば。税込み700円。)

(満願成就のありがたい焼印。特注品の丼である。)

お茶を貰って、一休みした後、出発しよう。帰りがけに店先を見ると、採れたての筍が、一山500円で売られている。とても安く、土産に買っていきたいが、列車で持ち帰るのは難しいので諦めた。


(掘りたて筍の店頭即売。)

【富岡屋】
不定休、10時から17時まで、駐車場なし(参道下の参拝者有料駐車場利用)。
岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積314(谷汲山華厳寺仁王門前)。
揖斐川町商工会谷汲支部公式HP・富岡屋

参道を下って、バスターミナルに向かっていると、えのきやと言う店先から、香ばしい香りがする。お婆ちゃんに、「お兄さん、食べていかない」と呼び止められ、味噌田楽を二本購入。山椒がまぶされ、とても香ばしく、甘くて美味しい。


(えのきやの味噌田楽。税込み50円。)

大正から三代続いた秘伝の味噌だれを使っているそうで、田楽定食が店の名物になっている。話を聞くと、連休最終日の昨日までは、連日大変な混雑であったそうで、今日はその反動で静からしい。昔、谷汲まで運行していた名古屋鉄道谷汲線の賑やかだった頃の話もして貰えた。丁寧にお礼を言い、バスターミナルに向かう。時刻表を見ると、今度の谷汲口駅行きのバスは、13時35分発である。

【えのきや】
不定休、9時から17時まで、駐車場なし(参道下の参拝者有料駐車場を利用)。
岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積302(谷汲山華厳寺参道)。
揖斐川町商工会谷汲支部公式HP・えのきや

(つづく)


谷汲山華厳寺公式HP
西国三十三所巡礼の旅HP
揖斐川町商工会谷汲支部公式HP


2017年7月28日 FC2ブログから保存・文章修正・校正
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