いずっぱこ紀行(1)修善寺へ

先日は、埼玉県中西部の秩父鉄道へ行ったが、今度は南行きになる。今冬の第二弾のぶらり乗り鉄の旅は、静岡県東部・伊豆半島中央部の伊豆箱根鉄道駿豆(すんず)線である。

伊豆や箱根の名が付く鉄道と言うと、箱根登山鉄道、伊豆急行、伊豆箱根鉄道があって、若干ややこしいが、箱根登山鉄道は、箱根湯本(本来は小田原起点)から箱根山を登って、強羅(ごうら)へ、伊豆急行は、伊豆半島東海岸のJR伊東線終着駅の伊東から下田へ延び、伊豆箱根鉄道は、箱根ではなく、伊豆半島中央部を三島から南下して修善寺(しゅぜんじ)まで結んでおり、各鉄道共に観光鉄道としての役割が大きくなっている。

冬晴れの下、日曜日の朝6時。いつもの上野駅中央改札口に出る。今回は行き当たりばったりではなく、行き先は決まっているので、東海道本線三島駅までの往復乗車券を予め購入しておく。JR東日本管内の上野から熱海までは、グリーン車でゆったり行こう。

東北本線の宇都宮からやって来る上野東京ライン直通6時20分発の熱海行きに乗車。グリーン車の混み具合は、20%ほどで空いている。東京から早々と町を抜け去る車窓を眺めながら、おにぎりセットと緑茶の簡単な朝食を済ませる。横浜、茅ヶ崎、小田原と東海道をひた走り、左窓に相模湾が雄大に見え始めると、そろそろ熱海に到着する。

上野・東京から約2時間、約100km程度西に来ただけであるが、明らかに日差しや気温が暖かいと感じる。熱海駅からJR東海の313系電車沼津行きに乗り換えとなり、今回は向かいのホームで楽であった。熱海駅は下り静岡方面の乗り換え客も多く、階段を降りて違うホームに行く場合が多いので、いつも向かい側の乗り換えになるように改善して欲しい。

関東と東海を短絡する丹那(たんな)トンネルを抜け、二駅目の伊豆箱根鉄道起点の三島駅に8時36分に到着。余所者にとっては、寿司や魚市場で有名な隣駅の沼津のほうが有名であるが、三島駅の方が圧倒的に乗降客が多い。

この三島は、伊豆半島の付け根の内陸部にある旧東海道の宿場町で、三嶋大社の門前町になっている。また、西約6kmの臨海部に沼津があり、大きな連接都市(コナーベーション)を形成している。当初、東海道本線の敷設に反対したために中心部に駅ができず、町が一時衰退してしまったが、丹那トンネルが開通した昭和9年(1934年)に現在の三島駅が開業して、活気を取り戻し、現在は東海道新幹線の停車駅にもなっている。なお、丹那トンネルが開通する以前は、御殿場線が東海道本線であったため、同線の下土狩(しもとがり)駅が初代三島駅であった。

新幹線停車駅としてはコンパクトな作りで、新幹線ホームも含めて、昔ながらの地上駅になっている。島式ホーム二面四線の1-4番線は東海道本線、一段高い北側の5・6番線は新幹線ホームで、別に、伊豆箱根鉄道駿豆線の専用ホーム7・8・9番線が沼津寄りの南側にある。

一度、メインの南口改札口を出てみよう。駅前には、大きなロータリーが整備され、水路のオブジェがある洒落た造りになっている。この三島も富士山の伏流水が湧き出る水の町で、水にまつわる名所も多い。なお、現在の駅舎は二代目で、この独特なハの字屋根は三嶋大社を模している。ちなみに、初代駅舎も同様の屋根デザインであった。


(JR三島駅南口。駅周辺も、商店や飲食店が多く、活気を感じる。)

この南口の40m西寄りに、今日訪問する伊豆箱根鉄道の駅舎があり、こちらも木をイメージする洒落たもので、暖かな風土のためか、間口も大きい開放的な造りになっている。


(伊豆箱根鉄道三島駅。)

(改札口横の駅蕎麦屋も気になる。鉄道会社の直営店らしい。)

有人出札口の中年女性駅員にフリーきっぷがあるか尋ねると、「旅助け(たびだすけ)」と言う切符(大人1,020円)があるそうなので、発券をお願いする。ポケット時刻表と沿線の観光ガイドも頂いた。地元古刹の三嶋大社の三嶋駒(絵馬)を模した変形切符は、携行にやや不便な大きさであるが、面白い。


(1日フリーきっぷの「旅助け(たびだすけ)」とオリジナルのポケット時刻表。)

今日も日帰りなので、先日同様に乗り鉄と代表的な観光地訪問のスタイルで行こう。毎時約4本の列車を運行しているので、ダイヤには、あまり気にしなくても良さそうである。なお、駿豆線は土日祝日用のダイヤがなく、JRからの直通列車以外は、平日と同一になっている。

先に、この伊豆箱根鉄道について、簡単に触れておく。地元では、「いずっぱこ」と言う可愛らしい愛称で親しまれている路線キロ19.8km・全13駅の単線電化ローカル線で、この三島から南下し、温泉観光地の修善寺まで、約35分で結んでいる西武鉄道グループの民営鉄道である。なお、鉄道会社の愛称は、真面目な鉄道業界は正式社名の略称が多いが、このゆるさは、近江鉄道の「ガチャコン電車(略して、ガチャ/走行音が由来)」といい勝負であろう。もっとも、近江鉄道は、公式オリジナルキャラクターと着ぐるみがある位、気合いが入っている。

開業当初の東海道本線は、三島中心部への鉄道敷設をせず、町は衰退の一途であった。明治26年(1893年)、東京の実業家が、沼津を起点に大温泉地の伊豆長岡を経由して、大仁(おおひと)までの豆相(ずそう※)鉄道を計画したのが始まりになっている。そこで、盛んな鉄道誘致運動が起き、沼津から三島に起点を変更させ、明治31年(1898年)に、三島町(現・三島田町)から南条(現・伊豆長岡)まで、静岡県内初の民営鉄道として開業した。しかし、営業成績が芳しくなく、明治40年(1907年)に伊豆鉄道に譲渡された。

一方、沼津から三島間に、県内初の電気鉄道の駿豆電気鉄道が開業し、明治44年(1911年)に伊豆鉄道を買収した。後に、電鉄事業を進めていた富士水力電気に吸収合併されるが、大正5年(1916年)に駿豆鉄道を設立し、翌年に鉄道部門が分割譲渡された。後の大正13年(1924年)に、現在の終点の修善寺まで延伸電化開業して、現在に至っている。

伊豆箱根鉄道駿豆線と多数の地名が入る社名であるのは、こういった複雑な歴史によるためで、箱根の名も、大正12年(1923年)に、西武グループ創業者堤康次郎の箱根土地(後のコクド)傘下に入った経歴による。一時は、箱根山の道路開発やバス路線展開なども行い、小田急グループの箱根登山鉄道と激しく対立し、西武と小田急の代理戦争のようであったという。

自動改札機が設置された改札口を通ると、昔ながらの二面三線の頭端式ホーム(※)になっている。JRの線路側の島式8・9番線ホームが主に使われているようで、一番南側の単式ホーム7番線は閑散としており、年末年始などの多客時に使われているらしい。また、JR側とも、自動改札機の連絡改札口が設けられている。


(伊豆箱根鉄道駿豆線ホーム。)

時刻は9時前。先ずは、終点の修善寺まで、通しで乗車してみよう。修善寺は伊豆半島中央部の温泉観光地として有名で、この駿豆線を利用して、約35分の旅である。なお、東京から日帰りができるので、JR東日本の踊り子号も、修善寺までの直通運転をしている。今日の天気は、午後15時位まで快晴、その後は曇りで、気温もそこそこ上がる予報になっている。

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【駿豆線下り停車駅】◎印は途中主要駅。
三島=三島広小路=三島田町=三島二日町=大場◎=伊豆仁田=原木=韮山=伊豆長岡◎
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JR寄りの9番線ホームに急ごう。快適な転換クロスシート車の7500系電車3両編成が待っている。平成3年(1991年)に新製された、伊豆箱根鉄道オリジナルの車両で、20kmの短距離路線でありながら、転換クロスシート車の新車導入は珍しいと言える。

9時丁度に発車。基本的には、三島からずっと南下する鉄道で、終点の修善寺に向かって、狩野川沿い平坦部の緩やかな上り勾配が続く路線である。伊豆半島は意外に山がちな地形で、海岸まで山が迫っている場所が多いが、この中央部は地溝帯のように平坦部が広がっており、南北に町が連なっている。

直ぐに、下り勾配のものすごい左大カーブを曲がり、東海道本線と別れてしまう。この急カーブは、初代三島駅であった御殿場線下土狩駅から線路を付け替えた名残である。暫くは、線路の両側に家々が迫った、三島市街地の中をゆっくり走る。二駅先の三島田町駅まではカーブが多く、車両は結構左右に揺れる。


(元々、快速やJRへの直通運転用に造られた。なお、直通運転は実現していない。)

駅間2分程度で、三島広小路、三島田町、三島二日市と、三島を冠する市街地駅が続く。駿豆線には、古い木造駅舎の駅はないが、静岡らしい開放感のある昭和な駅舎が残っている。なお、全13駅中、無人駅は原木(ばらき)と牧之郷(まきのこう)のみで、殆どの駅が有人駅になっており、駅員が操作するブーと言う客扱い終了ブザーも一部の駅に残り、懐かしい昭和時代のローカル線のままになっている。また、殆どの駅に列車交換設備があるのも、この駿豆線の特徴になっている。

再び急カーブをこなして、最初の豆相鉄道の起点であった三島田町駅に到着。ここから線路は直線基調になり、速度も少し上がって、軽快に走る。

横浜ゴムと森永製菓の大きな工場際の三島二日町駅を過ぎると、左右の車窓に田畑やビニールハウスもチラホラと見られるようになり、特産のイチゴ栽培のハウスらしい。丁度、今がシーズンで、観光客向けのイチゴ狩りも人気がある。大場(だいば)川を渡り、緩やかな右カーブを抜けて、再び住宅が多くなってくると、途中主要駅の大場(だいば)駅に到着する。この大場駅の三島方の引き込み線先には、伊豆箱根鉄道の本社と車両検修区(車庫兼検査修理工場)が置かれており、駿豆線の鉄道拠点になっている。

大場駅を発車すると、直線番長な区間が続き、やや難読な駅名が続く。伊豆仁田(いずにった)、無人駅の原木(ばらき)、韮山(にらやま)と経て行く。伊豆仁田を発車し、近代的な鉄筋コンクリート橋梁の狩野川支流の来光川橋梁のアップダウンを越えると、住宅は多いが、田畑も広がる区間となり、ローカル線色が出て来る。また、この付近から伊豆長岡までの区間は、左に東伊豆の山脈、右窓後方に富士山が眺められるビュースポットになっている。

左窓を見ると、箱根山から南の天城山まで連なる玄岳(標高798m)などの峰々が、車窓の横一杯に屏風のようにシルエットになっており、標高800m程の伊豆半島を東西に分ける難所である。なお、宇佐美・多賀火山群と言われる火山由来の山々で、今は丹那山地と言われている。太古の昔、フィリピンプレート乗って北上してきた伊豆半島(当時は、巨大な火山島)が、本州に激突し、その火山が潰れて浸食された跡である。

右窓の後方(三島方)には、富士山が見える。同じ鈴岡県内でも、岳南電車が走る富士市付近と違って、裾野があまり見えないので尖った印象があり、あの富嶽三十六景の赤富士の形のイメージに近い。


(富士山。)

原木駅付近からは、この平坦部を北流する狩野川を遡るように南下し、ユネスコ世界遺産に登録された反射炉のある韮山に停車。見学の最寄り駅は、次の伊豆長岡駅のほうが近く、運転士からその車内案内もある。


(韮山駅。雪がめったに降らないので、開放的な造りの駅舎が多い。)

そして、駿豆線の途中主要駅で、初開通時の終着地、沿線一の温泉地の伊豆長岡駅に到着。結構な下車客があり、上り三島方面のホームを見ると、待ち合いの人達も多い。伊豆長岡温泉は、1,000年以上の歴史があると言わる伊豆屈指の古湯で、30本もの源泉を擁す大温泉地になっている。かつては、政治家や著名人の別荘なども多かったそうで、今も、手頃な温泉地として人気が高い。なお、温泉の中心街は、駅からバス・タクシーで10分位の場所にある。

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【駿豆線下り停車駅】◎印は途中主要駅。
伊豆長岡◎=田京=大仁◎=牧之郷=修善寺(終点)
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やや少なくなった乗客を乗せ、伊豆長岡駅を発車する。この先、狩野川の最も近い場所を走るが、線路が一段低く、国道とフェンスがあるので川面はよく見えない。

国道と別れて、田京駅を過ぎ、大仁(おおひと)駅手前に差し掛かると、右窓に大絶壁と三こぶの急峻な山が見えて来る。この大仁のシンボルになっている城山(じょうやま)と葛城山(かつらぎやま/標高452m)である。下の国道沿いの店の大看板と比べると、その巨大がよくわかり、今にも落ちてきそうで怖い。


(三こぶの山。左端が城山、ロープウェイのある右端が葛城山。)

城山は、南北朝時代から戦国時代まで、伊豆金山城が置かれていたことに由来する。この付近の展望地として、有名な葛城山の静浦山地東端の火山岩頸(がんけい)と呼ばれる地形で、伊豆半島の土台にあたる海底火山の名残である。
火山の火道内にあったマグマが急速に固まり、浸食によって地表に出てきたもので、標高342mもあり、ロッククライミングの名所になっている。


(城山。火山岩頸は、「火山の根」とも言う。)

そして、明治32年(1899年)から大正13年(1924年)まで、終着駅であった大仁(おおひと)駅に到着。現在は使われていないが、この大仁駅の1番線は、ここが終点であった名残である。この付近まで来ると、山も大分近い。ここも特急踊り子号が停車する温泉町で、駅前には足湯も設置されている。

この先の終点修善寺までは、カーブが再び多くなる。場所によっては、フランジ音もキンキンと響く。大仁付近で南から東へ90度転換し、狩野川とともにぐるりと東側を廻る。最後の無人途中駅の牧之郷を経て、直線の線路が大きく右にカーブをすると、終点の修善寺駅に到着する。


(修善寺駅に到着する。ホームの北端からは、富士山も見える。)

丁度、隣のホームには、9時46分発のJR特急踊り子号が発車待ちしている。毎日二往復の12時35分発と15時39分発があり、日曜日のみ9時46分発、指定日(多客期の土日祝)のみに14時18分発がある。駿豆線内では、大仁、伊豆長岡、大場、三島田町のみに停車し、線内であれば、特急券無しで自由席を利用できる(指定席とJR区間の自由席は、特急券が必要)。

(つづく)


(※豆相鉄道)
小田原から熱海間の鉄道敷設を計画したが、難工事が予想されるため、沼津から伊豆長岡、大仁までの路線に計画を変更した。同時期の小田原から熱海までの人車鉄道の豆相人車鉄道(後の熱海鉄道)とは別会社。
(※頭端式ホーム)
櫛形の行き止まりのあるホームで、ホーム端(改札口側)が連結されている。民鉄線終着駅やJR上野駅地上ホームなどで見られる。

【参考資料】
いずっぱこ沿線旅ノすすめ -駿豆線・大雄山線-(伊豆箱根鉄道発行)
週刊歴史でめぐる鉄道全路線「公営鉄道私鉄09」伊豆箱根鉄道ほか
(朝日新聞出版刊・2013年)

2017年7月11日 FC2ブログから保存
2017年7月20日 文章修正・校正

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