久留里線紀行(14)亀山湖散策

ホーム周辺の撮影をしていた鉄道ファン達は、折り返しの発車時刻が近づくと、次々に14時23分発の上り木更津行き列車に乗車して行く。

2両編成の上り列車は定刻に発車。しかし、数メートル走ったかと思うと、けたたましいエンジン音が落ちて、急停車をしてしまった。若い運転士氏が右側の運転室窓から顔を出し、こちらを見ている。どうやら、自分の姿がホーム上の後方安全確認用ミラーにちらっと見えたので、乗り遅れの乗客と思ったらしい。大きく手を振って、「大丈夫です」と伝えると、再び発車して、急勾配を下って行く。まさか、3時間後の列車に乗るとは、思わなかったのだろう。少しばかり、迷惑を掛けてしまった。


(再び発車した折り返しの上り木更津行き列車が、急勾配を下って行く。)

上り列車が行ってしまった駅には、他に誰一人もおらず、しんと静まり返って、本来の行き止まりのローカル終着駅の雰囲気に変わった。こんな独占も心地良い。時間も十分にあるので、駅から800m離れている千葉県最大の亀山湖周辺を散策してみよう。まだ、午後の14時半なので、陽もかなり高く、汗ばむ陽気である。


(駅前駐車スペースにある大きな観光案内板。亀山湖周辺は、ハイキングコースやキャンプ場なども多い。)

駅前には、5軒連なる小さな商店街【赤色マーカー】があるが、たばこ兼荒物屋と酒屋のみ営業している。駅舎正面の一等地にある二軒は廃業し、大きな観光地案内看板も剥げ落ちている。亀山ダムが昭和56年(1981年)に出来てからの新しい観光地であるが、相当な草臥れ具合である。なかなか、人工的な山中の観光立地は難しいと言えよう。

駅出入口正面の魚源商店は、土産店兼観光案内所であったらしい。今は、夕方から営業する小さな居酒屋が一角に入る。その右隣には、大きな歓迎板を掲げる沖津屋支店がある。業種は不明であるが、駅から約5km先の七曲川温泉に同名の温泉宿があり、その出店兼送迎案内所であったかもしれない。


(廃業した魚源商店と沖津屋商店。)

(魚源商店向かいのタバコ屋兼荒物屋。店名は不明である。店を覗いて、挨拶をすると、おばあちゃんがのんびりと店番をしていた。)

また、魚津商店の裏手にも、旅館らしい朽ち果てた大きな建物がある。坂上の山際には、駅前の集落を見下ろす様に熊野神社が鎮座し、その左手に十一面観世音を御本尊とする小さな観音堂もある。


(魚源商店裏の旅館。こちらもだいぶ前に廃業したらしい大きな旅館である。)

(地鎮の熊野神社。土手に昭和61年に改築されたと記された記念碑がある。)

(観音堂。縁起は不明であるが、明治政府による、熊野神社の神仏分離かもしれない。)

亀山湖へ向かおう。この駅前通りを、駅から右手に歩いて行く。今も営業している亀田屋酒店の中年夫婦が、店先でのんびりと過ごしているので、挨拶を交わす。


(駅前通りを進む。右のプレハブ建物は、夜間滞泊などの乗務員宿泊休憩所である。)

この先の右に曲がった場所に、ホームから見えた車止めがある。線路の左右には、桜並木があるので、駅に停車した列車とコラボレーションするお立ち台(※)にもなってる。この5月の時期は、線路の若草と小さな黄色い花が沢山咲いており、これも良い感じである。


(久留里線終端の車止めと若草の線路。)

(車止めからの桜トンネル。※上り列車の折り返し発車前に撮影。)

案内板に従って、畑が混在する疎らな集落の中を南に歩いて行くと、肉屋、米屋や釣具店もあるが、ここも相当前に全て廃業している様子である。途中、案内放送をスピーカーで流しながら、マイクロバス改造の移動販売車がのんびりと巡回していた。商店が殆ど無くなったこの地区を支えているらしく、地元の年配住民も買いに来ている。


(移動巡回車と集落。久留里駅前の久留里市場の業者らしい。)

(廃業した鈴木精肉店。昭和な廃れた雰囲気が好きな人には堪らないだろう。)

この先の小さな丘の雑木林を越え、450m・5分程歩くと、国道465号線の上総亀山駅入口交差点に到着。直ぐ先に、国道の藤林大橋が架かり、亀山湖の湖面が見える。

この亀山湖は、小櫃川河口の上流50kmにある亀山ダムによって誕生したダム湖(人造湖)である。湖岸には、親水公園の他、25もの橋を巡るサイクリングコースやハイキングコースが整備され、ボート遊びも楽しめる。特に、釣りの名所としても知られ、船釣りを楽しんでいる釣り人が大勢見える。自然破壊とよく揶揄されるダム湖としては、周辺の自然との調和が美しく、春はスプリングフィスティバル、夏は5,000発を打ち上げる花火大会、秋は関東エリアで一番遅い紅葉の名所としても有名で、オータムフィスティバルやハイキング大会も開催され、紅葉シーズン中は約10万人もの観光客で賑わう。また、湖畔には、亀山温泉と呼ばれる温泉も湧き、大きな温泉ホテルもある。


(藤林大橋からの亀山湖【カメラマーカー】。小櫃川上流方で、源流は石尊山の麓になる。)

(藤林大橋の南に架かる大きなローゼ橋・川俣大橋【橋マーカー】。老朽化の為、大型車は通行止になっている。)

川谷がそのまま湖になっており、幅はあまりない。亀山ダム【青色マーカー】の本体が、何処にあるのか判らない為、観光案内板を確認して、ダム本体まで行ってみよう。ダムに沈んだ集落名から名付けた赤いローゼ橋の川俣大橋を渡って、ダム方向に歩く。

徒歩約15分で、ダムと親水公園のあるエリアに到着。この亀山ダムは、昭和56年(1981年)3月に完成した千葉県が管理する多目的ダムで、洪水防止や水道水確保を目的としており、発電は行っていない。ダムは高さ34.5m、長さ156.0mと、特に大きなダムではないが、東京ドームの約12杯分の貯水量がある千葉県下最大の湖を造っている。


(重力式コンクリートダムの亀山ダム。放流管二基、ラジアルゲート四門を装備する。)

(ダム本体右岸の親水公園【黄色マーカー】。山中であるが、気持ち良さそうに日光浴をしている家族連れもいた。)

親水公園周辺は展望が少し開けており、湖面がよく見える。遠く対岸には、水上鳥居が建立している。川谷がそのままダム湖になっているので、残念ながら、湖全体は見渡せない。なお、この親水公園の南端には、貸しボート店と桟橋あり、結構繁盛しているらしい。


(親水公園からの亀山湖。公園には、東屋やベンチも設置されている。)

(対岸にある水上鳥居【鳥居マーカー】。亀山水天宮のもの。※光学ズーム撮影。換算112mm相当。)

大分、体が火照ってきたので、ダム横にある観光案内所「亀山やすらぎ館」【カップマーカー】のレストランで休憩しよう。中は冷房が良く効いて心地良い。とても広々としているが、客は自分ともうひとりだけである。ゴールデンウィーク真っ只であるが、かつては観光客で賑わった観光レストランであったのだろう。ダムを模した「ダムカレー」が名物との事。

置いてあった観光マップを貰い、アイスコーヒーを飲みながら、それを見ていると、三石山(みついしやま/標高282m)と呼ばれるピークと古刹があるらしい。山頂に三つの巨大奇岩があり、その下に張り付く様に建てられた観音寺は三石観音として知られ、南北朝時代と戦国時代の間の室町時代・応永27年(1420年)の創基の古寺になっている。古くから、航海安全と縁結びに御利益があるとされ、漁業関係者の参拝が多いらしい。地図を見ると、相当な山道らしく、中年の女性ウェイトレスに観音寺に行く路線バスはあるかと尋ねた所、今は無いとの事。ここから車で20分程度らしく、バスがあれば行ってみたいと思ったのだが、残念である。
君津市公式HP観光スポット「三石山観音寺」

アイスコーヒーをお代わりし、十分に涼めた。今の時刻は、16時30分前である。少し早いが、上総亀山駅に戻る事にしよう。


(藤林踏切脇からの上総亀山駅全景。※光学ズーム撮影。換算112mm相当。)

(つづく)


(※お立ち台)
鉄道撮影の名所の通称。「お立ち台通信」という鉄道撮影専門誌もある。

【参考資料】
現地観光案内板・解説板
第42回上総地区文化祭特別展「JR久留里線開業100周年 1912-2012の軌跡(改訂版)」
(君津市上総公民館・2012年)
平成16年度企画展「地方鉄道久留里線の軌跡」(君津市立久留里城址資料館・2004年)
房総ローカル線歴史紀行(伊藤大仁・崙書房・1990年)

2018年3月18日 ブログから転載。

© 2018 hmd all rights reserved.
文章や画像の転載・複製・引用・リンク・二次利用(リライトを含む)や商業利用等は固くお断り致します。