上信線紀行(12)南蛇井駅

上信線一の秘境駅である千平駅を出発し、次の駅に向かおう。次は、13時41分発の高崎行き列車になる。駅で待っていると、四人もやって来たので、とても驚く。高崎に出かける感じの地元住人や、リュックを背負った年配の登山風夫婦もいる。

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千平1341======1344南蛇井
上り普通(普)36列車・高崎行き(150形第二編成2両編成)
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群馬サファリパーク広告ラッピングの150形第二編成がやって来た。本当は、ホワイトタイガー柄であるが、シマウマ電車と呼ばれているのも、面白い。千平駅を発車し、大きな岩の切り通しを抜けて、山際の真っ直ぐな長い勾配を下って行く。3分程走ると、難読駅・珍名駅で有名な南蛇井駅(なんじゃい-)に到着する。

この南蛇井駅は上野鉄道(こうずけ-)開業時の古い駅で、明治30年(1897年)12月開業、起点の高崎駅から28.2km地点、18駅目(開業当初は6駅目)、所在地は富岡市南蛇井、標高221m、曜日時間限定の業務委託有人駅で、1日の乗降客数は約250人になっている。


(ホームと吊り下げ式駅名標。後ろの車両は、保線用の土シーキモ57形。)

南蛇井は甘楽(かんら)最西端エリアの中規模町で、市立小学校や公民館もあり、大桁山(おおげたやま/標高836m)の山裾が、東に延びた先端付近にある。この付近の川谷は狭いながらも、平坦地が広がり、麻、絹、麦、米が昔から栽培されていた。

初めて聞くと、耳を疑う様な「なんじゃい」と言う地名の由来は、とても古いものである。平安時代中期に編纂された、百科辞典である和名抄(わみょうしょう)によると、甘楽十三郷のひとつとして、この付近は「邦射(なさ)郷」と呼ばれていた。それが、「なさい」、「なんさい」、「なんじゃい」に、転訛したと言われている。なお、水利が良かった土地らしいので、水や井戸を表す「い(=井)」が語尾に付いたとも、太古の昔に土着したアイヌ民族のアイヌ語由来の別説もある。既に奈良時代には、地名を冠した南蛇井氏と言う豪族もいたそうで、かつては、「南才」と漢字書きをしていた。

上信線最西端の主要途中駅でもあるこの駅は、高さ70cmの島式ホーム一面二線と、側線が東西に配され、末端区間の架線給電安定の為に小さな変電所も置かれている。現在、保線用車両の土シーキモ57形や電線等の保線用資材も置かれ、保線支区でもあるらしい。


(下仁田寄りから駅全景。左の黄色い建物は変電所で、高崎の本社から、遠隔操作される。)

ホームは近代化され、H型鉄骨柱のV型スレート屋根の旅客上屋になっており、国鉄後期の近代化ホームでもよく見られた、軒先曲げの屋根である。なお、スレート屋根とは、セメントと石綿(アスベスト※)を混ぜて固め、着色した屋根で、高耐久、手入れ不要、高遮音性、不燃性、重量も価格も瓦の半分であった為、よく使われていた。

高崎方は、駅舎へ連絡するスロープ、警報器・遮断機付きの構内踏切がある。左手向こうに、富岡アルプスと言われる神成山(かなりやま/標高321m)の九連峰が望め、旧下仁田街道沿いの山際に、宇芸神社(うげ-/旧漢字・宇藝)鎮座している。また、駅から360m先のカーブ付近で、上信越自動車道の高架橋と交差している。


(スレート屋根の旅客上屋と高崎方。旅客上屋は、昭和56年9月に設置された。)

反対側の下仁田方を見ると、真っ直ぐに長い勾配を上って行く。正面に見える椀伏せ山は、ご当地富士「下仁田富士」の四ツ又山(標高899m)である。また、砂利敷きホームの擁壁を見ると、明らかに古い組石造りで、高崎方に延長したスロープ跡も見られる事から、電化当時のホーム部分と思われる。

なお、大正13年(1924年)に全線電化した際、列車交換ができる途中駅のホームを全て島式ホームに改築したので、上野鉄道(こうずけ-)開業当時のものでは無い。当時の一般的であった対向式ホーム(※)を島式ホームに変え、貨物側線を外側に置いて、貨車入れ換え時の本線横断を少なくし、危険を減らす為である。また、遅い貨物列車を待避させ、旅客列車を先行して運行できるので、スピードアップにもなった。


(下仁田方。線路脇に架線梯子置き場もあり、現役で使われている。)

また、野山を走るデキ1形重連の貨物列車の壁画が、この駅の名物になっている。富岡商工会議所青年部が壁画事業として、平成8年(1996年)に描いたものである。なお、貨物側線は二本あったらしく、一番外側は剥がされて、変電所と資材置場になっている。貨物ホームの縁石も、住宅との境界に一部残る。


(駅舎向かいのデキの壁画。)

駅舎を見てみよう。構内南側に平屋の木造駅舎があり、開業当時のものであろう。ホーム側に出庇があり、手書きの柱駅名標・案内板や備品等も置かれている。


(ホームからの駅舎本屋。)

(木製の柱駅名標と駅長板。何度も再塗装されたらしく、ジーパンの様にくすんでいる。)

(改札口周辺。)

改札から駅舎の中に入ってみる。多少の改修はあるが、木造の出札口や手小荷物窓口跡、木枠格子窓、長ベンチ等が残っている。勿論、硬券切符の取扱もある。平日と第一・第三・第五土曜日は、5時52分から10時2分と14時13分から20時16分までが窓口営業時間で、休日と第二第四土曜日は終日無人になるので、それを目当ての場合は注意である。


(改札周辺。よく原形が残っており、有人駅であるので、手入れも行き届いている。)

(高崎方に長い木造ベンチが据え付けられ、出入口も木の引き戸である。)

(出札口と手小荷物窓口跡。出っ張った出札口は、改築された部分らしい。)

駅事務室の高所には、鉄道安全の大きな神棚と赤達磨が祀られ、ガラス越しに見える。待合室と隔てるガラスも、僅かに歪みのあるアンティークガラスで、貴重なものである。また、誰かが寄進したのであろう、デキ1形重連の貨物列車の絵も、なかなか良い味になっている。


(デキの絵画と神棚。)

駅前に出てみると、駅舎は下見横板付きの木造モルタル建築で、トタンに葺き替えられている。出入口に車寄せがあり、寺社に見られる向拝(こうはい/突き出した屋根)を組み合わせた様なデザインである。最近になって、コンクリート舗装された感じの駅前広場があるが、路線バスやタクシーの乗り入れは無く、駅の南側に市立小学校がある。


(屋根両端に下り棟があり、下見横板が、左の本屋外に飛び出している。)

駅舎西側にも、トタン屋根付きの自転車置き場と古い木造平屋が線路際に建っている。電線等の保線資材も置かれ、平屋の中の左側は、土間兼炊事場らしく、ベンチがたくさん置いてあり、20-30人は入れる大きな部屋である。右側は埃っぽく、ガラクタが無造作に置かれているが、どうやら座敷らしい。保線員や駅員の休憩食事場・宿直室として使われていたのであろう。


(休憩所兼宿舎らしい木造平屋。今は、使われていない様子である。)

暫く、駅前で見学と撮影をしていると、軽ワンボックスカーに乗った、初老の男性駅長氏が戻ってきた。「こんにちは」と挨拶をすると、駅舎の修理に使う工具を取りに行っていたとの事。東京から見学撮影に来た事を伝えると、この駅や上信電鉄の話をしてくれた。かなり事情に詳しく、年配のベテランであるので、上信電鉄のOBであろう。

駅長氏の話によると、線路際に、「幻の山野草」と呼ばれている日本翁草が群生し、春の開花シーズンになると、鑑賞の観光客やツアー客も大勢来るらしい。シーズン前であるが、暖冬である為か数株咲いているので、「観て行って」と、案内してくれた。日本翁草の開花は3月下旬から4月上旬になり、駅長氏が丁寧に植えて、増やしたらしい。

花が咲いた後、白い綿毛が髭(ひげ)の様に伸びるのが、花名の由来である。なお、分泌液に触ると、炎症を起こす有毒草なので、触れぬ様に注意である。駅から東に見える神成山(かんなりやま)でも、地元ボランティアが植栽を行っている。なお、標高差100m弱の神成山は、ハイキングコースも整備され、南蛇井と上信線を一望できる鉄道撮影地になっている。


(日本翁草。)

駅長氏と改札口で話していると、どこからか、猫がやって来た。そして、下り線レールにひょいと登り、キャットウォークを始める。こんな所も、長閑なローカル線風景である。猫電車の如く、滑る様に歩いて行った。


(レールのキャットウォーク。)

宇芸(うげ)の社を礼拝(らいはい)し
神農原(かのはら) 南蛇井 千平
早くも過ぎて大かわず
通らず通らば馬山村

上信電鐵鐡道唱歌より/北沢正太郎作詞・昭和5年・今朝清氏口伝。


(※対向式ホーム)
ふたつのホームが向かい合わせになっているホーム。
(※スレート屋根)
アスベスト問題から、近年はガラス繊維等に代替えしている。

【参考資料】
「富岡市文化財めぐり・Vol.25/南蛇井の名のおこり」(富岡市教育委員会発行・2008年)
「なんじゃいコクヤ・こくや通信/南蛇井駅珍名」
(佐藤商店公式HP/地元の米穀・酒販店)
「富岡市商工会議所青年部・活動紹介」(富岡市商工会議所青年部公式HP)
「上信電鉄百年史-グループ企業と共に-」(上信電鉄発行・1995年)
「ぐんまの鉄道-上信・上電・わ鐵のあゆみ-」(群馬県立歴史博物館発行・2004年)

日本翁草は、駅長氏の許可と引率で撮影。

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