別所線紀行(5)八木沢駅

見応えのある中塩田駅から、四駅先の八木沢駅に向かおう。この別所線の途中駅で、もうひとつ古い木造建築物が残っている駅である。


(中塩田駅旅客上屋下のブリキ製乗車口案内板。)

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【停車駅】
中塩田1019==塩田町==中野==舞田==1026八木沢
下り普通・別所温泉行き(1000系1003編成・2両編成)
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10時19分発の下り別所温泉行きに乗車。2両編成の乗客は10人位で、温泉行きと思われる中年女性客も数人乗車し、とても楽しそうである。暫くは、塩田町の住宅地の中をゆっくり走る。

隣駅の塩田町中心部にある塩田町駅と、町西端の中野駅を過ぎると、塩田平の大田園地帯に入る。左窓には、塩田の霊峰・独鈷山(とっこさん/標高1,266m)の山々が屏風の様に聳え立ち、右窓には、田園と遠くの山際に家々が散在し、別所線一の車窓になっている。


(右窓の田園風景。低山の向こう側が、青木村のある川谷になっている。)

無人単式ホーム駅で、昔は、乗降客の居ない場合に通過していた舞田駅に停車し、長い勾配を真っ直ぐに登ってくると、中塩田駅から約7分で、八木沢駅に到着する。八木沢は、西方の夫神岳(おがみだけ/標高1,250m)から、東に伸びた山裾南側にある集落で、谷の入口にあり、この奥に別所温泉郷がある。

この八木沢駅は、上田温泉電軌開通時の大正10年(1921年)6月開業、起点の上田駅から13駅目、10.1km地点、所要時間約25分、所在地は上田市大字八木沢字表田中、標高501mの終日無人駅である。中塩田駅からは、約30mも上がってきており、山際の雰囲気を感じる駅である。また、大変レトロな造りの木造待合所と周辺の素晴らしい景色から、映画ロケやプロモーション撮影もよく行われる駅となっている。

駅は東西に配された単式ホームは、日当たりが良く、とても開放的な雰囲気である。別所温泉方に旧ホームの古い擁壁が残っており、上田方は近代的なコンクリートパネルのホームになっているが、待合所前から上田方も、古枕木を使った木擁壁の盛り土ホームであった。また、この駅も、平成25年(2013年)7月に、補修再塗装されている。

ホーム南には、大水田が広がり、用水路を勢い良く流れる水音が響く。また、下之郷駅から終点の別所駅までは列車交換設備が無く、この駅に設置する計画があるが、そのままになっている。


(別所温泉寄りから、八木沢駅全景。この駅にも、花壇が整備されている。)

下之郷にある西丸子線と同じタイプの独特な屋根の木造待合所があり、上田丸子電鉄時代のものである。おそらく、これが原形であろう。また、小さい駅ながらも、かつては、駅員が配置された有人駅であった。


(ホームに隣接する木造待合所。屋根下に何かあるのか、とても気になる。)

別所温泉方は、小さな踏切と湯川を小鉄橋で渡ると、ここから山谷に入り、急勾配が始まる。また、ホームの幅は結構狭く、国鉄風の建て植え式駅名標がある。


(別所温泉方とホーム。駅名標は、老朽化の為に交換されているとの事。)

上田方は、700m東にある舞田駅から、12.8パーミルの長い勾配を真っ直ぐに登って来る。安全の為、駅の手前に差し掛かると、6.7パーミルの緩勾配になる。また、背後に見える山々は、浅間連峰の烏帽子岳(標高2,066m/左手のふたつ突起付近)と、三方ケ峰(標高2,040m/中央のなだらかに盛り上がった部分)で、その右手の後ろに浅間山がある。


(上田方。)

この駅の一番の景観は、ホームから見える独鈷山(とっこさん/標高1,266m)の大パノラマであり、この素晴らしい眺めを見る為だけでも、この駅に降り立つ価値があると思う。独鈷山の麓には、塩田北条氏の居城であった塩田城址や鎌倉時代からの古寺が沢山あり、この山の南南西15kmに美ヶ原高原がある。

かの弘法大師空海が、煩悩を打ち砕くと言われるの独鈷(とっこ※)を、この山頂に埋めたことが、山名の由来になっている。また、古くから山岳信仰の山、修験道の山として崇められ、この塩田平のシンボルになっている。また、岩肌や奇岩が多く、登山愛好家からは、「信州の妙義山」とも言われている。


(深緑が映える独鈷山。幾つもの峰が、横に連なる険しい岩山である。)

この八木沢駅は、線路と湯川と呼ばれる小さな川が交差する付近に設置されている。道路側から駅舎右側の自動販売機付近に、小さな便所があったが、以前より閉鎖されており、補修時に取り壊されたらしい。


(道路側からの待合所外観。)

(この赤ポストは、昔は無かったらしい。)

駅前側から、待合所に入ってみよう。なお、ホームに上がる為の階段が、待合所内にあるのも珍しい。


(出入口と内階段。)

小さな内階段を上がると、打ち放しのコンクリート床以外、全て若草色一色である。奥の方に据え付けのL字ロングベンチがあり、出札口や駅事務室のスペースは見当たらない。なお、1970年代頃まで、待合所の上田方に、隣接した駅舎と構内売店があった。その後、1980年代頃に無人駅化し、取り壊されたらしく、今は自転車置き場になっている。階段下の壁をよく見ると、駅舎本屋との通用扉と思われる木戸が残っている。


(待合所内。)

(駅時刻表。)

八木沢集落には、別所温泉郷の山地を源流とする産川支流の湯川が流れており、この湯川沿いに旧集落が発達し、北の山際に新興住宅地も出来ている。また、駅の西に、山田池と言う塩田平最大級の溜池がある。塩田平は、年間降水量が900mmと国内平均の半分程度と大変少なく、溜池も多い事から、古来より水を大切にし、住人の水質保全意識が大変高いとの事。

この山田池の歴史は古く、築年は不詳で、江戸時代初期の慶安3年(1650年)にふたつ並んでいた池をまとめたとの事。貯水量は約26万トン、長さ50m×幅15m×深さ1.5mのプール換算で、約231杯分もある。あまりにも大きいので、決壊による災害を心配し、30cm(当時の1尺分)堤防を低くして、貯水量を下げた言い伝えがある。なお、農業用水の他、鯉の養殖や薬草の栽培にも使われていたそうで、池の名は、工事の総監督が、伊勢(現・三重県)の山田から来ていた事に由来する。
グーグルマップ空撮写真(塩田平・山田池)


(駅近くの八木沢公民館付近。小さな火の見櫓も残っている。)

獨鈷山の絶景と湯川の小さな鉄橋を見ていると、先程の電車が、折り返して来た。駅に1分程停車し、直ぐに発車。長い勾配をするすると下って行く。


(湯川の小鉄橋を渡る上り上田行き1000系1003編成自然と友達2号。)

(舞田駅までの12.8パーミルの勾配を下る。光学ズーム撮影。112mm相当。)

今度の下り別所温泉行きは、10時57分発である。独鈷山の素晴らしい景色を堪能しながら、ベンチに腰掛けて、待つ事にしよう。

(つづく)


(※独鈷/とっこ)両端が尖った金属製密教仏具。

【参考資料】
RMライブラリー「上田丸子電鉄」上巻・下巻
(宮田道一、諸河久著・ネコパブリッシング刊・2006年)
長野県公式HP「塩田平のため池の歴史」

2017年7月12日 FC2ブログから保存
2017年7月14日 文章修正・校正(濁点抑制と自動校正)

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